表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第1章 【軟禁生活と日常】
43/111

第42話 『初めてのドライブ』

「よし行こう! すぐ行こう!」

「その前に、殿下」

「どうしたんだ?」

「舞踏会と同じく変装して頂きます」


ドライブと聞いて目を輝かせるボク。

そんなボクに変装しろと教育係は言う。

きっとボクの身を守る為だろう。

納得して、その提案を受け入れた。

しかし、これだけは聞いておく。


「またドレスを着るのか?」

「いえ、浴衣姿で結構でございます」

「そうか。ならいい」

「では、御髪とお目を失礼します」


ドレスを着ずに済んでホッとするボク。

教育係が薄桃色のウィッグを被せる。

そして鳶色のカラコンを付けてくれた。

これで変装は完璧だ。


「お目に違和感はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」

「それでは参りましょうか」


ボクに手を差し出す教育係。

その手をしっかり握って、歩き出す。

そして、部屋を出る間際に奴は囁いた。


「殿下」

「ん?」

「その浴衣、大変お似合いです」


こういうところが、抜け目ない。

出発前からボクはご機嫌になった。


教育係の手を引いて玄関まで急ぐ。

奴は微笑みながらついてくる。

そして、玄関の扉を開ける。


そこに、それはあった。


「あちらでございます」

「すごい! 本物だっ!!」


夜の帳が下りた玄関先のロータリー。

そこに一台のクルマが停まっていた。


それは真紅のスポーツカー。

全体的に丸みを帯び、流線型。

雑誌に掲載されていた、憧れのクルマ。


それに目を輝かせるボク。

しかし、教育係は至って冷静だった。


「当然、本物です。偽物では困りますから」


いや、それはそうだけどさぁ。

奴の至極もっともな発言にげんなり。

それでも気を取り直してクルマを眺める。


一目で車種がわかるフロントマスク。

そして、テールデザインがとても美しい。

思わず感嘆のため息が漏れる。


「やっぱりカッコいいなぁ……」

「お気に召したようでなによりです」


そんなボクを見て奴も嬉しそう。

スマートキーを操作して鍵を開けた。


「どうぞ乗ってみて下さい」

「いいのっ!?」

「ええ、その為に買ったのですから」


ウェルカムランプがチカチカ点灯。

奴がドアを開いてボクを促す。

それに従って、ボクは運転席へ。


「うわああ! すごいすごい!!」


ステアリングを握って大はしゃぎ。

すると奴は何やらリモコンを操作。

両側の窓ガラスが少し下がる。

その直後に機械の作動音。


そして……屋根が開いた。


「や、屋根が開いたっ!?」

「ええ、オープンカーですから」


さらりと当然のように言う教育係。

ボクも雑誌を読んで知ってたけどさ。

それでも感動するべきだろうここは。


極めてドライな教育係。

そんな奴は鍵をボクに手渡す。

それは開閉リモコンとは別物。

エンジンをかける為のキーだ。


そして、とても魅力的な提案をした。


「殿下、エンジンをかけてみますか?」

「い、いいの……?」

「はい、よろしいですよ」


ニコニコ微笑む教育係。

ボクは生唾を飲んで手を伸ばす。

同時にクラッチも踏んでおく。

鍵穴にキーを挿し込み、セルを回す。


カカカンッ! グォンッ……。


エンジンが、かかった。


「ちょっと空ぶかしをしてみますか?」

「だ、大丈夫なのか……?」

「ええ、既に暖気は済んでますから」


奴がここまで乗って来たのだろう。

だから、水温は充分だった。

ボクは恐る恐るアクセルを踏み込む。


ブォン! ブォン!


レスポンス良く、エンジンが応答する。

その振動はボクの背中に伝わる。

エンジンが車体中央に搭載されている。

それこそが、ミッドシップの証だった。


「……教育係」

「はい、如何でしたか?」

「ボクは今……とても幸せだ」

「ならば私も、とても幸せでございます」


感動に打ちひしがれるボク。

そんなボクを見て奴はニコニコ。

嬉しすぎておしっこが漏れそうだ。

もちろん、漏らさないけども。


「では、ひとっ走りしますか」

「じゃあ、ボクは降りるから……」

「もちろん、殿下の運転で」


突拍子もないことを言い出した教育係。

ボクは唖然として口をポカン。

すぐに我に返って、事態を飲み込む。


ボクがこのクルマを運転する?

いやいやいや!むりむりむり!

だってボク免許持ってないし!


「敷地内ならば無免許でも平気です」


動転するボクに教育係の駄目押し。

しかし、そういう問題ではない。

フロアから伸びるそれに目を向ける。

アルミ製のそれはもちろんシフトノブ。

このクルマはマニュアルだった。


「きょ、教育係が運転してっ!」

「おや、そうですか。かしこまりました」


慌ててそう告げると奴はにやり。

ぺろっと赤い舌を覗かせる。

どうやらボクは揶揄われたらしい。


「それでは助手席にどうぞ」

「わ、わかった」


運転席を奴に譲り、助手席に座る。

そして互いにシートベルトを締める。

ボクはドキドキ、奴はニコニコ。


教育係がクラッチを踏み、ギアを1速へ。


「それでは、いきますよ?」

「よ、よきにはからえ……」

「くふっ。かしこまりました」


奴がアクセルを踏み込む。

それと同時にクラッチを静かに繋ぐ。

クルマは、ゆっくりと動き出した。


「う、動いたっ!?」

「動かなかったら故障ですから」


そんなチグハグな会話を交わす。

教育係との初ドライブがスタートした。


「殿下、寒くはありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」


屋根を開けている為、外気に晒される。

けれど、そこまで風は入らない。

両窓を閉めていれば、中は快適だ。


「……良い排気音だな」


なによりこの排気音が素晴らしい。

マフラーから吐き出される控えめな音。

そのエキゾーストノートが、心地良い。


そのまま敷地に沿ってクルマは進む。

1速から2速。2速から3速。

ギクシャクすることは皆無。

奴のシフトチェンジはスムーズだ。


優しくシフトノブを扱う仕草。

丁寧なクラッチミート。

奴はMT車の運転がとても上手だった。


4速まで入れて、そのまま走る。


このまま、ずっと走っていたい。

つい、そんなことを思ってしまう。


ちらりと奴の横顔を伺う。

すると教育係がこちらを見た。

ボクは慌てて顔を俯かせる。

奴は小首を傾げて、前に向き直る。


恐らく、敷地内を一周するのだろう。

そう思っていたら、奴は進路変更した。

敷地の裏手にある小高い山。

そこに向かって、走っていく。


そのまま、山の中へと続く道に入った。

その道は舗装路で綺麗に整備されている。

なんの為の道路なのだろう?

ボクは気になって、奴に尋ねた。


「この道路は何なんだ?」

「殿下のお妃候補を移送する道路です」


奴の答えに驚く。

呼んだらすぐ来るボクの妃候補達。

どうやらこの道からやって来るらしい。


「なら、彼女達の家に通じてるのか?」

「厳密に言えば、違います」

「では、どこに通じてるんだ?」

「それは山頂に着いてのお楽しみです」


どこに通じてるか尋ねるボク。

奴はお楽しみと言ってはぐらかす。

ボクは素直にその言葉に従うことにした。


せっかくのドライブだ。

道中、楽しもうではないか。


「教育係」

「はい、なんでしょう?」

「もう少し飛ばしていいぞ」

「では、遠慮なく」


ボクがおねだりすると奴は了承した。

そしてアクセルを踏み込む。

その瞬間、背中を蹴飛ばされる感覚。

後輪駆動車の加速感が伝わる。


「きゃほーいっ!」


思わず歓声を上げるボク。

すると奴はにやりと笑い、コーナーへ。

その間際、アクセルを煽りシフトダウン。

ヒールアンドトゥだ。


次の瞬間に身を襲う横G。

それをもろともせずにコーナーを抜ける。

そしてアクセルを踏み込み、立ち上がる。


奴は得意げにほくそ笑んでいる。

少し顎を下げて、次のコーナーを睨む。

ブレーキングで荷重をフロントへ。


次から次に、コーナーをクリア。


運転が上手いなんてものじゃない。

教育係の技術はプロドライバー並みだ。

その証拠に、隣に乗っていても怖くない。


ボクは思わず、ポツリと呟く。


「教育係……かっこいい」

「くふっ。お褒めに預かり光栄です」


ボクはもう、うっとりしていた。

だから、そのことに気づかなかった。

ボクのそのうっかりを、奴が指摘する。


「殿下」

「なんだ?」

「浴衣がはだけて、下着が丸見えです」

「ふあっ!?」


奴に言われて気づいた。

自分のあられもない姿に。

興奮してはしゃいだせいだろう。

浴衣がはだけて、パンツが丸見えだった。


慌てて隠すが、時既に遅し。

奴にしっかり目撃されてしまった。

よりにもよって……メイドの下着を。


「殿下」

「な、なんだ……?」


先程よりも冷たい声音の教育係。

ボクは恐る恐る尋ね返す。

すると、奴は淡々と問いただしてきた。


「それはメイドの下着ですね?」

「は、はい。……そうです」

「どうして殿下が彼女の下着を?」

「く、くれるって言うから……」


ボクは質問に正直に答えた。

目撃された以上、言い訳は無意味だ。

それに正直に話せば許してくれるかも。


そんなボクの目論見は……甘かった。


「殿下っ!!」

「ひぅっ!?」

「留守中に何をやってるんですか!?」


めちゃくちゃ怒られた。

しゅんとして、ボクは説教を受ける。


「この前、私の浮気を疑いましたよね?」

「は、はい……」

「それなのに何をやってるんですか!?」

「うぐっ……」

「ちょっとは反省して下さいっ!!」


ぐうの根も出ないボク。

しかし、奴の言い分はもっともだ。

だから、謝ろうと思った。


しかし、ちょっと引っかかる。

教育係のこれまでの暴挙を思い返す。


銀髪メイドのスカートを捲ったり。

黒髪ロングの着物の帯を解いたり。

オレっ娘のズボンを下ろしたり。

三つ編み眼鏡を搾乳しようとしたり。


あれっ? こいつの方が酷くないか?

メイドにパンツを貰って何が悪い。

ボクはそう思って、奴に言い返した。


「お前の方が酷いことをしている癖に」

「私は構わないのです」

「何故だ?」

「殿下を正しい方向へ導く為ですから」

「そんなの横暴だっ!!」


ボクの反論も何処吹く風。

奴はしれっと暴論を吐いた。

我慢ならず突っかかるボク。

それに対して、奴はこう言い放つ。


「良い機会です。授業をしましょう」

「このタイミングで、授業だと?」

「ええ、大事なことをお教え致します」


奴は運転しながら『授業』を始めた。

ボクは仕方なく耳を傾ける。

大事なこととやらが、気になった。


「いいですか、殿下」

「なんだ?」

「姿が見えないと人は不安になります」

「むっ?」

「それが……『嫉妬』でございます」


先程とは一転して、優しげに諭される。

その教育係の言葉が、胸に染み渡る。

ボクのモヤモヤの答えがそこにあった。


この日ボクは、『嫉妬』とは何か知った。


「そうか……なるほどな」

「ご納得して頂けましたか?」

「ああ、よくわかった」


姿が見えないから不安。

それが今のボクにはよくわかる。


そして過去の教育係の暴挙。

その際ボクは奴の傍にいた。

だから、不安も軽減された。


では、見えないところでされたら?

それはきっと……とても嫌だ。

ボクは、自分の罪深さを理解した。


「教育係」

「はい、なんですか?」

「メイドにパンツ貰って……ごめん」

「くふっ。素直でよろしい」


心から謝ったら、許してくれた。

教育係はたまにこうして優しい。

ボクは心底、反省した。


そんなボクに、奴は駄目押しをする。


「私の目は誤魔化せませんからね?」


姿が見えても見えなくても関係ない。

ボクは奴の顔色を伺う必要があるようだ。


「さあ、そろそろ山頂ですよ」


そんなこんなで山頂についた。

クルマを路肩に停めて、降りる。

すると、山の向こうの景色が見えた。


「ずいぶん大きな時計塔だな」

「ええ、王立学園の時計塔です」


眼下にそびえる大きな時計塔。

それはどうやら学校の時計らしい。

ボクの国の王立学園。

その建屋が周りに配置されていた。


「学校、か」

「ええ、学校でございます」

「こんなに近くにあるとは思わなかった」

「お妃候補達もあそこに通っています」

「そうなのか?」

「はい。皆、学園の寮で暮らしています」


教育係の言葉に驚くボク。

離宮のすぐ裏手に学校があった。

しかもその寮に妃候補が暮らしている。


だが、そう考えると腑に落ちた。

召喚に応じてすぐに来られる訳。

この道を通れば、屋敷まですぐ行ける。


ボクは納得して、学園を眺める。


すると、奴が突然おかしなことを言う。


「近々、殿下も通うことになります」

「えっ?」


言ってる意味がわからず、困惑する。

ボクが、あの学園に、通う?

なんだそれは、何の冗談だ。


だってボクは軟禁状態だ。

だから学校に通ったことはない。

そして許可が下りる筈もない。


そう言おうとするボクに奴は説明した。


「この前の舞踏会のことです」

「舞踏会?」

「ええ、そこで殿下は勇気を示しました」


舞踏会でボクが示した勇気?

何のことかわからず、首を傾げる。

そんなボクに教育係が説明を続ける。


「殿下は黒髪ロングを助けました」

「あ、ああ、そうだが……」

「それを見た陛下は決断しました」

「父上が?……何を?」

「殿下を外の世界に出すことを」


父上の決断。とても、大きな決断。

それは、ボクの軟禁状態の終わり。

どうやら、ボクは外に出られるらしい。


突然のことに、実感がわかない。

そんなボクに、教育係が補足する。


「黒髪ロングの父の態度が決め手でした」

「黒髪ロングの父……?」

「ええ、彼は殿下に平伏しました」

「それが、どうしたんだ?」

「それで、陛下はご安心なされました」


要領を得ない、教育係の解説。

恐らく、わざとだろう。

記憶がないボクを気遣ったのだ。

ボクは、それに甘えることにした。


それ以上追求することなく、頷く。


「……そうか」

「はい。それで、殿下……」

「なんだ?」

「学園の入学の件、かまいませんか?」


教育係の問いかけ。

ボクとしてはもちろん構わない。

しかし、少しばかり気になった。


幽閉されたボクに教育を施す、教育係。


ボクが学園に通うことになったら……


そうなったら、不要になるのでは?


教育係がどうなるのかが、気になった。


「教育係」

「はい、如何しましたか?」

「お前は……どうするのだ?」


声が震える。聞くのが怖かった。

そんなボクに目を見開く教育係。

暫しの沈黙の後、奴はボクの頭を撫でた。


「私はこの先も殿下のお傍にいますよ」

「……そうか。なら、いい」


優しく諭す、教育係の言葉。

ボクは安心して、ちょっぴり泣いた。

そんなボクの頭を愛おしそうに撫でる。


ひとしきり撫でて、教育係は促す。


「さあ殿下、そろそろ帰りましょう」

「ああ、安全運転で頼む」

「はいっ! お任せ下さいっ!」


そうしてボクらは再びクルマに乗る。

そのまま、山道を下っていく。


帰りの車内で、ボクは奴を観察する。

奴の運転する姿が、格好良い。

シフトノブに置いた手が魅力的だ。


なんとかあの手に触れられないか。

そう思って、見計らっていた。

その間に、山を下り終えてしまう。


結局、奴の手に触れなかった。

またいつか乗せてくれるだろうか?

そんなことをぼんやり考えるボク。


屋敷の玄関先のロータリーに着いた。


仕方なく、クルマから降りようとした。


そんなボクの手が、奴に掴まれる。


「殿下」

「ど、どうしたんだ?」

「これから毎日ドライブしましょう」

「そ、それは本当かっ!?」


思いがけない教育係の提案。

ボクは迷わずそれに飛びつく。

しかし、それは、奴の罠だった。


「ええ、ですが条件があります」

「じょ、条件……だと?」


意地悪な笑みを浮かべる教育係。

ボクは冷や汗を流して生唾をごくり。

どうせロクでもない条件だろう。


そんなボクの予想を軽々奴は超えた。


「ドライブの終わりにキスをします」

「へっ?」

「ほら、早く目を閉じて下さい」


まるで燃料代だとでも言わんばかり。

問答無用で目を閉じろと言う。

文句を言ったところで無意味だろう。

それに……そこまで酷い条件じゃない。


そう思えるくらい、良いムードだった。


ボクは観念して、目を閉じる。


車内に響く、衣擦れの音。


教育係の息遣いが酷く生々しい。


奴の気配がどんどん近づいて……


ちゅっと、口づけを落とされた。


何故か……おでこに。


「ええっ!?」


堪らず悲鳴を上げるボク。

なんだよおでこって!?

期待したボクが馬鹿みたいじゃないか!


そんなボクを見てほくそ笑む教育係。

ボクは堪らず奴に抗議した。


「な、なんでおでこなんだよっ!?」

「おや? ご不満でしたか?」

「不満に決まってるだろ!?」


そんなボクの不満を奴は嘲笑う。


「殿下にはまだ早すぎますので」


ぺろりと赤い舌を出して戯ける教育係。


ボクの教育係は焦らすのがとても上手だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ