第41話 『浴衣と胸とサプライズ』
「銀髪メイド」
「はい、なんでしょう?」
「今日も奴は遅いな」
「そうでございますね」
その日も教育係は留守だった。
この前ボク一筋だと言った癖に。
今日も今日とて暇を持て余すボク。
奴から貰ったヘヤピンを弄る。
そして、よれよれの雑誌を読み耽る。
もちろん、紙面の中身は頭に入らない。
上の空でパラパラページをめくる。
何故こうもモヤモヤするのだろう。
奴はこんなボクを可愛いと評した。
けれどボクはこんな自分が嫌だった。
どうしても想像してしまう。
奴が他の女と仲良くしているところを。
この前信じると言ったばかりなのに。
でもさーやっぱ不安じゃん?
教育係ってば、ボク一筋の癖にさー。
一筋って言った癖に。
一筋って言った癖に。
一筋って言った癖に。
あーもう! 何なんだあいつは!?
そして、ボクは何なんだ。
思わず頭を掻き毟るボク。
そんなボクを見かねてメイドが提案する。
「殿下、トランプタワーなどは……」
「やらない」
「ど、どうしてですか?」
「お前がすぐ倒しそうだから」
「そ、そんなぁっ!?」
メイドの提案を即座に却下。
完成しないトランプタワーなど無意味だ。
ドジっ子メイドとやる遊びではない。
でも、ちょっと八つ当たりだったかも。
とりあえず、メイドに謝ろう。
「少々、言いすぎた……ごめん」
「も、もっと罵って下さいっ!!」
……やっぱり駄目だ、こいつは。
最初は物静かで儚げな印象だったのに。
どこで間違えたらこうなるんだ?
これも教育係の悪影響だろうか。
首を傾げるボクに、メイドが尋ねた。
「あ、そう言えば、殿下」
「なんだ?」
「私もプレゼントを贈りたいのですが」
「プレゼント?」
「はい! お誕生日プレゼントです!」
おお!
メイドもプレゼントをくれるらしい。
しかし、何か用意している様子はない。
銀髪メイドは手ぶらだった。
そんな彼女が何をくれるのだろう?
「何をくれるんだ?」
「えへへ。今穿いてる下着をあげます!」
なんと!
ボクはこのメイドを見誤っていたようだ。
これほど有能なメイドは見たことがない。
「そうか。有難く、頂こう」
「じゃあ、パパッと脱いじゃいますね!」
そう言ってスカートをたくし上げる。
ボクは一応顔を背ける。
有能なメイドの邪魔をしてはいけない。
素数を数えて期待を膨らませるボク。
すると、大きな音と共に悲鳴が響いた。
「きゃあっ!」
「ど、どうしたっ!?」
「いてて……こ、転んじゃいました」
見ると、すっ転んだ銀髪メイドの姿。
片足にパンツをかけてなんとも無様。
ボクは目を逸らしつつ苦言を呈する。
「はしたないぞ」
「……それ、めっちゃゾクゾクします」
もう、何なんだこのメイドは。
ボクの苦言でどうして興奮するのだ。
だけど、有能なメイドは健気だった。
「それでは、殿下。お納め下さいませ」
「ああ、確かに受け取った」
手渡されるメイドの下着。
仄かに彼女の体温が残っている。
この感覚は何度経験しても慣れない。
身体の奥がポカポカする。
しかも、その下着は純白だった。
やはり有能なメイドと言わざるを得ない。
ポケットに仕舞ってボクは礼を述べる。
「ありがとう。大切にする」
「えへへ。喜んで貰えて嬉しいです!」
ボクの感謝の言葉にメイドはニッコリ。
その笑顔を見てると、全てを許せる。
この前のシャンパン事件も水に流そう。
何か褒美をあげたい。
ボクは考える。そしてふと思い出した。
教育係が前に禁断症状の話をしていた。
もしかしたら、今のボクはそれかも。
奴に触って貰えないから不安定なのかも。
では、メイドに触って貰ったらどうか?
しかし、それが褒美になるかわからない。
だけど、試してみる価値はある。
「銀髪メイド」
「はい、どうしましたか?」
「お前はボクの尻を触りたいか?」
あれっ? なんだ、これ。
なんかめちゃくちゃ馬鹿みたいだ。
冷静になると、恥ずかしい。
どんだけ尻に自信あるんだボクは。
そう思って、前言撤回しようとした。
しかし……メイドは、乗り気だった。
「よ、よろしいのですか?」
「えっ?」
「お許しを貰えるなら、是非っ!」
なんだかとっても嬉しそう。
両手をわきわきさせているメイド。
まあ、喜んでくれるならいっか。
「優しく、だぞ?」
「はいっ! かしこまりました!」
椅子から立ち上がり机に手をつくボク。
背後からメイドが尻を手を伸ばす。
彼女がボクの尻を触る、その間際。
トントンと、ノックの音が響いた。
「客のようだな」
「そのようですね」
「メイド、尻を触るのは後だ」
「ええっ!? お預けですかぁ!?」
ぶーぶー文句を言うメイド。
完全に職務怠慢である。
それを無視してボクは入室の許可を出す。
「入れ」
それを受けて静かに扉が開かれる。
来訪者はまたしても意外な人物だった。
「失礼致します」
楚々と深々とお辞儀する黒髪ロング。
いつぞやの藍色の浴衣姿。
そして、何やら紙袋を手に提げている。
それで、ボクはピンときた。
如何に鈍いボクでも流石に気づく。
彼女もまた、贈り物を持って来たのだと。
「お前も贈り物を持って来たのか?」
「はい。お誕生日プレゼントです」
黒髪ロングもプレゼントを持って来た。
ボクはどうやら本当に恵まれている。
こんなに贈り物を貰ったのは初めてだ。
ボクは手招いて、彼女を呼び寄せる。
「苦しゅうない、近う寄れ」
「はいっ! ですが、その前に……」
「どうした?」
「舞踏会で助けて下さったお礼を……」
真剣な表情の黒髪ロング。
それを見て、ボクは人払いをする。
「メイド」
「はい、如何しましたか?」
「少し、席を外してくれ」
「放置プレイですね!わかりました!」
おかしなことを言って退室するメイド。
だが、それはひとまず置いておこう。
黒髪ロングが口を開く前に、釘を刺す。
「黒髪ロング」
「はい」
「ボクは何も知らない。覚えていない」
「はい」
「だから、お前も何も言うな」
「はい、殿下の御心のままに」
正直言えば、気になることは気になる。
あの悪夢の事件と黒髪ロングの関係。
知りたくないと言えば、嘘になる。
でも、今日は駄目だ。
だって今日はあいつがいない。
教育係が傍に居ないと、聞けない。
そんな臆病なボク。
黒髪ロングは何も言わず、頭を下げた。
深々と、申し訳なさそうに。
それを手で制して、ボクは告げる。
「お前はボクの大事な妃候補だ」
「はい」
「だから、助けた。当然だろう?」
そう言って笑いかけると彼女も微笑んだ。
とりあえず、これでいい。
いずれ、全てを知る機会も来るだろう。
「殿下、これだけは言わせて下さい」
「なんだ?」
「私も、父も、殿下に感謝しています」
「……そうか」
あの白髪混じりの青髪の男は父親らしい。
それを聞くと、こめかみが疼く。
だからボクは話題を逸らすことにした。
「それよりも黒髪ロング」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろプレゼントを貰いたい」
「はいっ! 是非ともお納め下さいっ!」
黒髪ロングは嬉々として紙袋を差し出す。
それを両手で大事に受け取るボク。
そして、送り主に尋ねる。
「開けてみてもかまわないか?」
「どうぞ、ご覧下さいませ!」
了承を得て、紙袋を覗き込む。
すると中には、綺麗な浴衣が入っていた。
「浴衣か」
「はい、お気に召したら良いのですが」
「ふむ。どれどれ……」
その場で浴衣を広げてみる。
黒地に赤い紅葉があしらわれている。
とても、ボク好みの浴衣だった。
「ありがとう。気に入った」
「勿体無きお言葉でございます」
ぺこりと頭を下げる黒髪ロング。
ボクはしげしげと浴衣を眺める。
そこでふと、気になった。
「どうしていつも黒と赤なんだ?」
「殿下と教育係様は仲がよろしいので」
「そうか、それでか」
これは互いの髪色を示しているらしい。
あいつと仲良しと言われて頬が緩む。
そんなボクを見て目を細める黒髪ロング。
その視線に気づいて、慌てて話を変えた。
「そう言えば、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「舞踏会でどうしてボクだとわかった?」
あの日のボクは変装していた。
父上でさえ、一目見てわからなかった。
それなのにどうしてわかったのか。
黒髪ロングはすぐにボクだと気づいた。
それが、不思議だった。
「黒髪ロングと呼んで下さいました」
「むっ?」
「私のことをそう呼ぶのは殿下だけです」
そう言って、くすりと笑う黒髪ロング。
なるほど。蓋を開けてみれば簡単だ。
つい、いつもの調子で呼んでいた。
だから、すぐに気づいたのだろう。
「それに傍に教育係様が居りましたゆえ」
余計な補足をして再びくすりと笑う。
なかなか鋭い洞察力を持っている。
三つ編み眼鏡にも見習って貰いたい。
しかし、言われっぱなしは癪だ。
照れ隠しに、ボクは反論する。
「ボクは奴の付属品ではない」
「ですが、べったりでしたよね?」
「……意地悪」
「ふふっ。申し訳ありません」
べったりと言われて根を上げるボク。
黒髪ロングはくすくす笑っている。
ボクはもう、恥ずかしいやら嬉しいやら。
「大変お似合いに見えましたよ?」
そんなボクに黒髪ロングが止めの一撃。
お似合いって。お似合いかー。
そうかー。そう見えたのかー。
なんて思いながら、満悦なボク。
堪らず咳払いをして、話題を打ち切った。
「ごほん。それはともかく」
「はい、如何しましたか?」
まだくすくすと笑う黒髪ロング。
そんな彼女の視線を浴衣で塞ぐ。
「浴衣を着てみようと思う」
「お着付けを手伝いましょうか?」
「いや、結構だ」
「では、部屋の外で待っています」
楚々とお辞儀をして退室する黒髪ロング。
彼女の意地悪から逃れてほっとする。
そして、ボクは浴衣を着てみた。
ついでにメイドの下着も穿いてみた。
マナーには反しているが、構わない。
せっかくの贈り物なのだから。
着替え終え、扉の向こうに声をかける。
「入っていいぞ」
「はい、失礼します」
「どうだろうか?」
「とても、お似合いですよ」
黒髪ロングは褒めてくれた。
果たして奴はどう思うだろうか?
やっぱり教育係の感想が気になるボク。
そんなボクに、黒髪ロングが歩み寄る。
「少し、お直し致しますね」
「ああ、ありがとう」
テキパキ着付けを直す黒髪ロング。
ボクはされるがまま、身を任せる。
直しながら彼女は周囲をキョロキョロ。
何か気になることでもあるのだろうか?
「どうしたんだ?」
「教育係様の姿が見えないと思いまして」
「奴なら留守だ」
「そうでしたか」
「何か奴に用事があったのか?」
「父が教育係様にもくれぐれも宜しくと」
教育係にくれぐれもよろしく?
どうして黒髪ロングの父親が?
気になる事案ではある。
しかし、もっと気になることがあった。
ボクの視線は彼女の胸元に向かう。
「時に黒髪ロングよ」
「はい、なんでしょう?」
「お前は今日もノーブラなのか?」
「ふぇっ!?」
指摘すると、びっくりした様子。
どうやら図星だったらしい。
先ほど意地悪された仕返しが出来た。
ほくそ笑むボクに、彼女は牙を向いた。
「そんなに気になるのでしたら……」
「えっ?」
「どうぞよくご覧なさいなっ!!」
じとっとした目でボクを睨んだ彼女。
そしておもむろに、胸元を開いた。
ガバッと、肩口まで見えるように。
ボクは泡を食って慌てふためく。
「おいっ! 何をしてるんだっ!?」
「私は殿下の妃候補ですからっ!!」
「意味がわからないぞっ!?」
根拠不明の大義名分を掲げる黒髪ロング。
いけないと思いつつも、目を惹かれる。
彼女の白い肌。そして鎖骨。
その下の、最高に丁度いい谷間。
ギリギリまで晒し出された彼女の胸。
それを見て、ボクは思わずポツリと呟く。
「……いいなぁ」
「はい?」
ボクの羨望の眼差しと漏れ出たため息。
それを受けて、首を傾げる黒髪ロング。
そんな彼女に心中を吐露する。
「それ、ボクも欲しい」
「えっ?」
「そのお胸、ちょうだい?」
「で、殿下……?」
それが、ボクの本心だった。
黒髪ロングの最高に丁度いい胸。
それさえあれば、奴だって。
教育係だってボクを放って置かないのに。
「それちょうだい。ね?ちょうだい?」
「こ、これはあげられる物ではなくて」
「ずるいずるいずるいっ!!」
ボクの駄々に黒髪ロングはたじたじ。
だけど、本当にずるいと思う。
ボクはこんなにぺったんこなのに。
そんなボクに、黒髪ロングは提案する。
「あげることは出来ませんが……」
「ん?」
「好きに触って頂いて構いませんよ」
慈愛に満ちた黒髪ロングの進言。
ボクに好きに触っていいと言う。
しかし、今のボクには焼け石に水だ。
だって考えてもみろ。
今の状況はあまりに腹立たしい。
胸の大きい人が小さい人に触らせる。
それに何の意味がある?
現実を突きつけようってのか?
ボクは憤慨して、突っかかった。
「ふんっ!同情するなら胸をよこせ!」
「ええっ!?」
突如キレられた黒髪ロングはおろおろ。
ボクは腕を組んでつんとそっぽを向く。
困り果てた彼女は、おずおずと口を開く。
「で、でしたら……吸ってみますか?」
「は?」
「わ、私の胸を……吸って下さい」
ええっ!?
これにはさすがのボクもドン引き。
黒髪ロングはどうしてしまったのか。
赤面して両手で顔を覆う彼女。
そんな黒髪ロングにボクは尋ねる。
「吸うって、母乳を?」
「ぼ、母乳は、さすがに……」
「じゃあ何の意味があるんだ?」
「殿下の栄養になればと……」
支離滅裂な黒髪ロング。
しかし……栄養、か。
意味は全くわからない。
だけど、試してみる価値はある。
「わかった。吸ってみよう」
「は、はいっ!どうぞ、よしなに……」
訳も分からず谷間に顔を近づける。
顔を覆いながら、待ち望む黒髪ロング。
あと僅かで唇が触れる。
その間際。
バーン!と、勢いよく部屋の扉が開く。
「そこまでです!!」
「きゃあああああああああっ!?!!」
現れたのは教育係。
憤怒の形相で接敵する。
悲鳴を上げて逃げ回る黒髪ロング。
瞬く間に距離を詰める教育係。
そして、とうとう、捕まった。
「この痴女め!また殿下を誑かして!」
「きゃあ!きゃあー!?」
「よくもそんな格好を!恥を知れ!!」
「ご、ごめんなさぁぁああああいっ!」
教育係に叱られた黒髪ロング。
着衣の乱れを直しながら退室した。
その一部始終を呆然と眺めるボク。
すると教育係の矛先がこちらを向いた。
「殿下も殿下です!!」
「ひぅっ!?」
「そんなに大きな胸がお好きですか!?」
教育係に怒鳴られて涙が滲む。
すると、奴はうっと怯んだ。
ボクはもう我慢出来ず、奴に飛びつく。
言いたいことが、山ほどあった。
「だって!お前が帰って来ないから!」
「で、殿下……?」
「だから、胸さえあればって!!」
「えっ?」
「だから!ボクはお前の為に……!!」
言いたいことがありすぎる。
結局、口から出たのはそんな言い訳。
奴にしがみついてポロポロ涙を零す。
教育係は全てを察して、頭を撫でる。
「私の為に胸を大きくしようと?」
「そ、そうだっ!」
「だから黒髪ロングの胸を吸おうと?」
「え、栄養になるって、言われたから」
先ほどとは一転、優しく尋ねる教育係。
ボクはそれに素直に答える。
すると、奴は肩を竦めて、笑った。
「くふっ」
「わ、笑うなっ!」
「すみません。あまりに愛らしくて」
この前と似たような会話。
だけど、今回は愛らしいと言う。
こんなボクを、愛らしいと言う。
本当に、教育係は、変わった奴だった。
しばらく、奴はボクの頭を撫でる。
すると、気持ちが落ち着いてきた。
それを見計らって、教育係が口を開く。
「殿下、これだけは言っておきます」
「な、なんだ?」
「胸を吸っても、大きくはなりません」
奴が語る、衝撃的な真実。
ボクは堪らず、尋ね返す。
「そ、そうなのか?」
「ええ、何なら私の胸を吸いますか?」
「いや、やめておく」
「は?」
「お前の胸を吸ったら抉れそうで怖い」
「あ?」
ひぇっ。久しぶりに怖い顔された。
大袈裟にびくつくボク。
それを見て、奴はくすくす笑う。
ボクも何だかおかしくて、くすくす笑う。
ひとしきり笑い合ったボクら。
そして奴は真面目な顔をして頭を下げた。
「寂しい思いをさせて申し訳ありません」
心からの謝罪の言葉。
そう言われたら、ボクは許すしかない。
イライラもモヤモヤも解消された。
ボクの教育係は、謝るのが上手い奴だ。
「もう、平気だ。気にするな」
「お許し頂き、感謝致します」
「それで、買い物は済んだのか?」
「ええ、今日取りに行って来ました」
そう言って、何かを差し出す教育係。
怪訝に思いながらも、それを受け取る。
それはさほど大きくない、黒い物体。
表面にはボタンと……エンブレム。
それを見て、ボクは気づいた。
「これはもしや、キーか?」
「ええ、おクルマの鍵でございます」
それはクルマのスマートキー。
しかも、このエンブレム。
見覚えがあるどころの話ではなかった。
「まさか、あの雑誌の……?」
「ええ、見つけるのに苦労しました」
そう言ってにやりと笑う教育係。
心臓がドキドキする。
こいつはボクをドキドキさせる天才だ。
「……買ったのか?」
「ええ、買っちゃいました」
てへっと舌を出す教育係。
何なんだこいつは。何なんだボクは。
胸がドキドキして、鬱陶しい。
「さあ、殿下。ドライブの時間です」
ボクの教育係はクルマを買ったらしい。




