第40話 『ケーキと酒とやきもちと』
「銀髪メイド」
「はい、如何しましたか?」
「教育係はまだ帰らんのか?」
「まだお帰りになられていません」
その日、教育係は外出していた。
舞踏会が終わってから頻度が増えた。
行く前に奴に何処に行くのか尋ねた。
すると、決まって買い物だと言う。
その割には、何かを買った様子はない。
ただ、お土産にヘヤゴム等をくれた。
この前はヘヤピンを貰った。
朝付けて貰ったそれをボクは弄る。
黒い、シンプルなヘヤピン。
小さな黒い薔薇があしらわれている。
それを弄りつつ、ボクはため息を吐く。
教育係の居ない時間が、退屈だった。
そんなボクを見かねてメイドが提案する。
「そうだ殿下!ジェンガをしましょう!」
「やめておく」
「ど、どうしてですか?楽しいですよ?」
「お前がすぐ倒しそうだから」
「ぎゃふんっ!」
メイドの提案を即座に却下。
ドジっ子メイドとやる遊びではない。
すぐ崩れるジェンガに緊張感は皆無だ。
それに後片付けが面倒臭かった。
だからボクは雑誌を読む。
奴から貰ったよれよれの雑誌。
あれから何冊か買って貰った。
だけど、やっぱりこれは特別だ。
そんな特別な雑誌を眺める。
そしてヘヤピンをイジイジ。
ボクの気持ちはモヤモヤしていた。
その時、部屋をノックする音が響いた。
「帰って来られたのでしょうか?」
「奴ならノックはしないだろう」
「では、お客様でしょうか?」
冷静に教育係ではないと分析する。
それにメイドは納得して小首を傾げる。
珍しくボクの部屋に来客が来たようだ。
「入れ」
短く、入室の許可を出す。
それを受けて、部屋の扉が開く。
来客は、意外な人物だった。
「し、失礼しますぅ」
おずおず頭を下げる三つ編み眼鏡。
何やら大きな包みを手に下げている。
若干びくつきながら、部屋に入ってきた。
「三つ編み眼鏡か。どうしたんだ?」
「あ、あの……殿下に、贈り物を……」
「ボクに贈り物?」
「は、はい。お誕生日プレゼントです」
なんと。プレゼントを持って来たのか。
オレっ娘に続き、三つ編み眼鏡まで。
プレゼントと聞いて目を輝かせるボク。
手招きして三つ編み眼鏡を呼び寄せる。
「苦しゅうない。近う寄れ」
「は、はいっ!」
慌ててこちらに駆け寄る三つ編み眼鏡。
なんだが忠誠心の強い子犬のようだ。
ボクは彼女が手に下げた包みを指差す。
「それがプレゼントか?」
「はいっ!もし良ければお納め下さい」
「では、ありがたく受け取ろう」
包みを受け取るとずっしり重い。
それを机に置いて、送り主に尋ねる。
「開けてみても構わないか?」
「はいっ!ぜひ、ご覧下さいっ!」
促されて、ボクは慎重に包みを開く。
綺麗な包装紙を破かぬよう、慎重に。
中には大きな白い箱。
その箱を開くと、甘い香りが広がった。
「おお!ケーキか!」
「はいっ!苺ケーキでございますぅ!」
中に入っていたのは大きなケーキ。
ふんだんに苺が乗せられている。
ワンホールまるごと入っていた。
ボクは見たまま感想を述べる。
「とても美味しそうだ」
「じ、実は私が作りました……」
「お前が?」
「殿下のお口に合えば良いのですが……」
三つ編み眼鏡の手作りケーキ。
見た目の完成度は申し分ない。
意外な特技を持っているようだ。
「では、頂くとしよう」
「あ、有難き幸せっ!」
「よい。お前も席に座れ」
「わ、わかりましたっ!」
平伏する三つ編み眼鏡。
それを手で制して、席に座らせる。
やり取りを聞いたメイドが皿を出す。
そして、余計なことを口にした。
「お飲み物はシャンパンにしますか?」
得意げにシャンパンを掲げるメイド。
こらこらこら!何やってんだこいつ!
前回の酒乱騒動が脳裏をよぎる。
駄目だ。なんとかして止めないと。
焦るボクをよそに歓声が上がった。
「わあっ!いいんですか?」
「はい!お祝いにはシャンパンです!」
「それじゃあ、頂きますぅ!」
終わった。
止める前に、終わってしまった。
もう、ボクには止められない。
だって、ほら、見てくれ。
三つ編み眼鏡のあの嬉しそうな顔。
しかもお祝いがボクの誕生日。
水を差すことは……出来なかった。
「ほ、ほどほどにしておけよ……?」
どうにか絞り出した注意勧告。
しかし……世界は無常だった。
「ほどほどなんてとんでもありません!」
「そうですね。お祝いですから」
「パーッといきましょう!!」
頭がパーの銀髪メイドが火に油を注ぐ。
三つ編み眼鏡も飲む気満々。
記憶がないからってやりたい放題だ。
画して、宴が始まった。
「乾杯」
「か、乾杯ですぅ」
チンッと、グラスを鳴らす。
彼女はシャンパン、ボクはジュースだ。
三つ編み眼鏡がぐいっとひと飲み。
すぐにぽわっと恍惚な表情。
どうやら美味しいシャンパンらしい。
もう、どうにでもなれ。
ちなみにメイドは退室した。
去り際に何故か親指を立てて。
あとは2人で楽しんで、みたいな。
若干誇らしそうだったのがむかつく。
そんな馬鹿メイドはさておき。
とりあえず、ケーキを食べよう。
そう思ったら三つ編み眼鏡が口を開く。
「あ、あの……」
「ん?」
「や、やっぱりなんでもありませぇん!」
何かを言いかけてやめた三つ編み眼鏡。
そのまま杯をぐいっとあおる。
言いたかったことを飲み込むように。
そんな彼女に首を傾げるボク。
まあ、無理に問いただす必要はない。
とりあえず、ケーキを一口。
「美味いっ!」
思わず叫んでしまった。
それほどまでに美味いケーキだった。
甘すぎない生クリーム。
しっとりと焼けたスポンジ。
三つ編み眼鏡はパティシエになれる。
「お、お口に合って良かったですぅ」
むしゃむしゃケーキを食べるボク。
それを見て三つ編み眼鏡が頬を染める。
そして照れ隠しに、また杯をあおる。
この時の彼女は正常だった。
この辺で止めておけば良かった。
でもボクはそれどころではなかった。
苺ケーキの上に置かれた大きな苺。
それをボクは口に運び、ほうばる。
甘酸っぱい味わいが口いっぱいに広がる。
苺の甘酸っぱさで、ボクは思い出す。
そう言えば今日、アレを穿いていると。
それはもちろん、例のいちごパンツだ。
今日奴が不在だと聞いてボクは穿いた。
教育係の存在を近くに置きたかった。
だから、いちごパンツを穿いていた。
その事を思い出すと、胸がきゅんとした。
なんだか、股間が妙に熱い。
無性に教育係に逢いたかった。
無意識のうちに、内股でモジモジ。
苺の甘酸っぱさで、脳がやられていた。
だから、異変に気づかなかった。
「殿下ぁ!殿下ぁ〜!」
「えっ?」
どれだけの時間トリップしてたのか。
気がつくと、三つ編み眼鏡が居ない。
そこには……酒乱娘が座っていた。
「あはっ!やっと気づいてくれた〜!」
ボクが反応を示してご満悦な酒乱娘。
彼女はこの前みたく、ベタベタ触る。
優しく、そして、いやらしく。
つんつん、ボクのどんぴしゃを突つく。
「殿下ったら、何考えてたの〜?」
「べ、別に……なにも……」
教育係のことを考えていた。
なんて、言える筈もなく。
ボクはモジモジ言葉を濁す。
すると酒乱娘がまたどんぴしゃを突いた。
「教育係さんのことでしょ? 」
図星を疲れてびくつくボク。
そんなボクを見てヘラヘラ笑う酒乱娘。
その後、不意に真面目な顔をする。
そして、ボクにこう告げた。
「あのね、殿下」
「な、なんだ?」
「私、見ちゃったの」
「な、何を……?」
「教育係さんが、女の子と居るところ」
え?
頭が真っ白になる。
教育係が?
女の子と?
ボクは何がなんだかわからない。
そんなボクに酒乱娘は説明した。
「この前、王宮で舞踏会があったの」
「えっ?」
舞踏会というワードで我に返る。
舞踏会? 舞踏会だと?
それならボクも一緒だった。
奴から片時も離れてなかった。
だから、何かの間違いだと思った。
しかし、酒乱娘は予想の斜め上をいく。
「そこでね、教育係さんはね……」
一拍溜めて、シャンパンをあおる。
そして、驚くべきことを、口にした。
「赤いドレスの子と一緒にいたのっ!」
それは間違いなくボクだ!!
なんのことはない。
ただの酒乱娘の感違いだった。
赤いドレスの子がボクだと気づいてなかった。
ほっと胸を撫で下ろすボク。
そこでふと、魔が差した。
周りから見てボクらはどう映ったか。
ちょっとばかし、興味が惹かれた。
だから、何気無しに尋ねた。
「その2人はどんな感じだった?」
「えっとね〜仲良さそうだったよ!」
「具体的に、どんな風に?」
「おてて繋いで〜幸せそうだった!」
「そ、そうか……」
やばい。顔から火が出そうだ。
途轍もなく、恥ずかしい。
だけど、同じくらい……嬉しい。
だめだ、にやける。
思わず、顔を俯けるボク。
それを見て、酒乱娘はまた感違いした。
「大丈夫だよ殿下ぁ!」
「うわっ!何をするっ!?」
「私が傍にいてあげるからぁ!!」
「うっぷ。ふがっ。むがっ」
突然ボクを抱きしめた酒乱娘。
その大きな胸で窒息しそうになるボク。
なんとか空気を吸おうとジタバタ。
すると、冷たい何かが顔に触れた。
「うぅ……殿下ぁ……寂しいよね……」
酒乱娘が、泣いていた。
きっとボクが可哀想になったのだろう。
教育係が他の女と舞踏会に居て。
酒乱娘の目には、ボクは哀れに見えた。
だから、こうして、泣いてくれる。
三つ編み眼鏡は酒を飲んでも、優しい。
いや、でも感違いだけどね?
しかし、それを弁明することは不可能。
何せ今ボクは口を塞がれている。
酸素が……酸素が欲しい。
なんとか身を捩って、ボクは叫んだ。
奴に……届くように。
「ボクを助けろっ!教育係ッ!!」
その瞬間、バーン!と部屋の扉が開いた。
「殿下ぁぁぁああああああ!?!!」
丁度良く帰宅した奴が駆け寄ってくる。
「ふぇ? きゃんっ!? きゅう……」
瞬く間に距離を詰め、手刀を一閃。
一瞬で酒乱娘の意識を刈り取った。
解放されたボクはけほけほ咳き込む。
「殿下、ご無事ですかっ!?」
「だ、大丈夫だ」
「くっ! よくも殿下をっ!!」
忌々しげに酒乱娘を睨む教育係。
そしておもむろに何かを取り出す。
それはいつぞやの……搾乳機。
血走った目をした奴を慌てて止める。
「待て待て待てっ!」
「殿下! 止めないで下さい!!」
「わ、悪気があった訳じゃないんだ!」
「巨乳は悪です!こんな物があるから!」
「とにかく落ち着けっ!!」
荒れ狂う教育係をなんとか宥める。
ボクは奴の背中にぎゅっと抱きついた。
しばらくすると、奴の怒りは収まった。
その時、部屋の扉が恐る恐る開いた。
「あの……どうかなさいましたか?」
「ああ、三つ編み眼鏡を運んでくれ」
「か、かしこまりました」
丁度良く銀髪メイドが様子を見に来た。
騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。
これ幸いとばかりにメイドに運搬を任せる。
一撃で意識を刈り取られた三つ編み眼鏡。
彼女はメイドに運ばれて退室した。
というか、このメイドが元凶だった。
しかし、それはひとまず置いておく。
「教育係」
「はい、殿下」
「落ち着いたか?」
「ええ、なんとか」
抱きしめたまま、尋ねる。
どうやら落ち着いたようだ。
しかし、ここまで取り乱すとは。
奴の巨乳への凄まじい恨みが伺える。
だが、それはひとまずいい。
先に聞きたいことがあった。
「教育係」
「はい、どうしましたか?」
「今まで……どこに行ってたんだ?」
これが、ボクの聞きたいこと。
さっき変なことを言われたからだろう。
ボクは少し、不安定な気持ちだった。
教育係を抱きしめる手が震える。
そんなボクの手を、奴は優しく撫でた。
「買い物に行って来ました」
「……買い物、か」
「ええ、ようやく決まりました」
いつもの返答。
そしてようやく決まったと言う。
買い物をするのに、どれだけ悩むのだ。
思わずそんな文句が溢れそうになる。
でも、そんなことは言っては駄目。
頭ではそうわかっている。
だから、飲み込もうとした。
だけど、無意識に、口が滑った。
「浮気……してないだろうな?」
「はい?」
うわ! どーしよう!?
なんかすごいことを口走ってしまった。
浮気ってなんだ?浮き輪の仲間か?
とにかく!やばいやばいやばい!
こんなことを聞くつもりはなかった!
さ、最低だ。
ボクって、とても嫌な奴だ。
自分で聞いて、自分で自己嫌悪。
不安定すぎるにも程がある。
そんなボクを見て、奴は笑った。
「くふっ」
「わ、笑うなっ!?」
「すみません。あまりに可愛らしくて」
嫌なボクを、奴は可愛いという。
こいつは本当に変わった奴だ。
きっとこいつのような奴は他に居ない。
だって、可愛いって言われて……嬉しい。
さっきまであんな嫌な気持ちだったのに。
奴の一言で、ボクの気持ちは一変する。
ボクの教育係は、不思議な奴だった。
「それで、先ほどの質問ですが……」
「もう、いい」
「はい?」
「もう、答えなくて、いい」
「何故ですか?」
「ボクはお前を……信じてる、から」
モヤモヤとイライラから解放された。
だから、さっきの問いかけは無しだ。
そう言うボクに、何故か奴は不満げ。
「勝手に納得しないで下さい」
「勝手に納得したのだから仕方ない」
「殿下は自分勝手です」
「自分勝手に留守にしたのは誰だ?」
いつもの調子のいつもの問いかけ。
奴の背中に額をぐりぐり擦り付ける。
今日くらいは甘えてもいいだろう。
そう思っていると、奴は振り向いた。
「殿下、よく聞いて下さい」
「聞こう」
「私は殿下一筋です」
がっちり肩を掴んで宣言する教育係。
奴の漆黒の瞳がボクを射抜いて離さない。
顔に血が集まるのがわかった。
とても、とても……恥ずかしい。
だけど、ボクは奴から目を離せない。
それだけ真剣な、奴の言葉。
ボクはこう言い返すことしか出来ない。
「よ、よきにはからえ……」
「はいっ!」
苦し紛れの照れ隠し。
ボクはモジモジ、奴はニコニコ。
そして止めの一言が添えられる。
「殿下はわりとやきもち妬きですね」
ボクの教育係は自分の事は棚に上げる奴だ。




