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殿下の教育係  作者: 戦乃作為
第1章 【軟禁生活と日常】
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第33話 『メイドの大失敗』

「お茶のお代わりは如何ですか?」

「ああ、貰おう」


その日、ボクは読書に耽っていた。

銀髪メイドが甲斐甲斐しく世話をする。

読んでいるのは先日貰った雑誌。

教育係から貰った『宝物』である。


ボクは何度も繰り返しそれを読む。

13才のプレゼントを破らないように。

大切に、大切に、ページをめくる。


わからないことはその都度尋ねる。

それに背後に控える教育係が答える。

それを聞いてボクは見識を広めた。


そしてクルマの写真をしげしげ眺めた。


もちろん、記事にも目を通した。

試乗レビューを読み、胸を躍らせた。

何度繰り返し読んでも、飽きない。

今もまたクルマの記事に目を通していた。


特集された高性能なスポーツカー。

目を閉じて、それに想像を巡らせる。


やや硬めなシートの質感。

手狭な車内の雰囲気。

ステアリングの手触り。

メーターの見え方。


フットペダルの踏み心地も確認する。

すると、助手席側のドアが開く。


スラリと長い足が車内に進入。

そのまま身をかがめて乗り込んでくる。

漆黒の黒髪に同じく黒い眼差し。

教育係が助手席に腰を下ろす。

奴の蠱惑的な眼差しで心が高鳴る。


高揚した気分でキーに手を伸ばす。

そして、それを捻ろうとして……


「ああああああああっ!?!!」


銀髪メイドの悲鳴で我に返った。


「なんだっ!?何があった!!」


慌てて状況を確認する。

するとメイドは青い顔で指を指す。

それを追って視線を向ける。


するとそこには……紅茶塗れの雑誌が。


「も、ももも申し訳ありませんっ!!」


メイドの謝罪はボクの耳には届かない。


頭が真っ白になっていた。


教育係から貰った雑誌。


ボクの13才の誕生日プレゼント。


奴から貰った、大切な『宝物』。


それに熱い紅茶がぶちまけられた。


メイドにも紅茶の飛沫がかかっている。


ボクは無意識に大きな声を出した。


「銀髪メイドっ!!」

「ご、ごごごめんなさぁーいっ!!」


泣きながら謝罪する銀髪メイド。

だが今はそんなことはどうでもいい。

今は最優先でするべきことがあった。


「……銀髪メイド」

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」


ポロポロ涙を零して頭を下げるメイド。

きっと彼女は知っているのだ。

あの雑誌がボクの『宝物』だと。

それを汚してしまったことを謝っている。


しかし、それは今はいい。


「ちょっと手を見せてみろ」

「ぐすっ……で、殿下……?」


ボクはしくしく泣くメイドの手を取る。

手のひら、指先、手の甲。

それらを注意深く確認して、安心した。


「よかった。火傷はないようだな」


メイドの手に火傷はなかった。

それなら、いい。

それだけが、気がかりだった。


「で、殿下……殿下ぁっ!」

「大声を出してすまなかったな」

「ごめんなざい!ごめんなざぁいっ!」


つい、慌てて大声を出してしまった。

銀髪メイドはびっくりしたのだろう。

しかし、何もここまで泣くなんて。


確かに、あれはボクの宝物だった。

だけど、メイドの方が遥かに大事だ。

ボクは、誰かが傷つくのが嫌だった。


「お前は少しドジが過ぎる」

「うぅ……も、申じ訳ありまぜんっ!」

「怪我をしないように気をつけろ」

「はいっ!わがりまじだっ!!」


涙やら鼻水塗れのメイドの鼻声。

仕方なく、ボクは彼女をあやす。

頭を撫でてやるとぴーぴー泣いた。

一体どうしたら泣きやんでくれるのか。


途方に暮れていると教育係が動いた。


「ご立派になられましたね、殿下」


これまで推移を見守っていた奴の賞賛。

なんだか気恥ずかしくて、頬をかく。

面と向かって褒められるのは、照れる。


「ほら、いつまで泣いているのですか」

「ぐすっ……ご、ごめんなさいっ」

「貴女も殿下の成長をしかと見ましたね?」

「は、はいっ!殿下はお優じいでずっ!」


教育係はボクに代わってメイドを宥める。

とりあえず、これで一件落着だろう。


無残に紅茶塗れとなった雑誌を見やる。

なんとかならないものか。

思案に耽るボクの耳に、それは届いた。


「近々、王宮に上がります」

「は、はあ……」

「貴女も付いて来なさい」

「わ、わわ私もですかっ!?」

「殿下のご成長を報告するのです」

「わ、わかりましたっ!!」


教育係が王宮に上がる?

つまり、ボクのことを報告するのか。

そう言われると、落ち着かなくなる。

奴の目にボクがどう映っているのか。

それが無性に気になっていた。


「それはそうと、殿下」

「な、なんだ?」


突然の問いかけに思わず慌てた。

ギョッとして教育係を見やる。

すると奴は優しい微笑みを浮かべる。


とても、慈愛のこもった眼差し。


それに射抜かれ、ドキドキ鼓動が早まる。


そんなボクに、奴はこんな提案をした。


「雑誌を乾かしましょう」

「えっ?」


言ってる意味がわからず困惑するボク。

それを尻目に教育係はメイドに命じる。


「ドライヤーを持って来なさい」

「は、はいっ!ただいまっ!!」


すぐにメイドがドライヤーを持って来た。


温風を当てて、乾かす。

破かないよう、一枚一枚丁寧に。


ボクも手伝い、なんとか乾かし終えた。


「よれよれになってしまったな」

「うぅ……ごめんなさい、私のせいで」


乾いた雑誌はよれよれだった。

しかし、読めないことはない。

だから、気にするなと言おうとした。


それに先んじて、教育係が知恵を授ける。


「冷凍庫に一晩入れて置きなさい」

「れ、冷凍庫でございますか?」

「ええ、少しはマシになるでしょう」


半信半疑のメイドは首を傾げる。

同じく半信半疑のボクも首を傾げる。


しかし、物は試しだ。

ボクの雑誌は冷凍庫に保管された。


「さて、それでは処罰致しましょう」

「……えっ?」

「……むっ?」


後片付けを終えた後、教育係がそう言った。


処罰? なんのことだ?

訳がわからず、怪訝な視線を送る。

すると教育係は説明をした。


「殿下がお優しいのは大変結構です」

「そ、そうか」

「ですが、罪は罪です」

「ふぇぇぇえっ!?」


教育係の厳しい眼差しと言葉。

堪らず腰が引けてしまうボク。

愕然として悲鳴を漏らす銀髪メイド。


そんなボクらに、教育係は沙汰を下す。


「罪には罰でございます」


にっこり微笑む教育係。

しかし、その目は笑っていない。


そしてその手には……物々しい鞭が。


「お、おいっ!それは流石にっ!?」

「殿下は黙っていて下さい」


ぴしゃりと黙らされるボク。

教育係が鞭を片手にメイドににじり寄る。

ガクガク震えたメイドが尋ねる。


「な、何をなさるつもりですか……?」

「少々、お仕置きを致します」

「お、お仕置き……?」

「ええ、この『らぶ☆うぃっぷ』で、ね」


なんかおかしな名前を鞭に付けてる!?


当事者なのにすっかり傍観者なボク。

銀髪メイドと同じく身体が震える。

こいつ、そんな物を持っていたのか?

改めて、恐ろしい教育係だと認識した。


その時、メイドは震える声でこう言った。


「つ、謹んでお受け致します」


ええっ!?

お受けしちゃうのっ!?

いやいやいや! 絶対おかしいよっ!?


「きょ、教育係」

「はい、なんでしょう?」

「じょ、冗談はその辺にしろ」

「私は本気でございますよ?」


藁にも縋る思いで尋ねると本気とのこと。


しかも、なんだか妙に鼻息が荒い。


そして、メイドも同じく息が荒い。


なんなんだこいつらはっ!?

ボクがおかしいのかっ!?


「それでは、いきます」

「覚悟は、出来ています」

「よろしい。……ふっ!」

「きゃんっ!?」


ぴしゃんとメイドの尻に鞭が打たれる。


ボクは傍観者。

ボクは、無力だった。


盛り上がっている2人を止められなかった。


「今のは殿下の『宝物』を汚した分」

「はあ……はあ……はぃ」

「そしてこれは同衾した分!」

「きゃうんっ!?」


おい。

なんだ、同衾した分って。

完全に私刑になっているぞ。


「そしてこれは私より胸が大きい分!」

「やめろ」

「殿下!止めないで下さい!!」

「もう充分だろう」


よくやく介入する口実を得たボク。

なんとかやめさせようとする。

これ以上、メイドを傷つけるのは許さん。

それが私的な理由であるなら尚更だ。


しかし、意外な人物が割って入って来た。


「もっと!もっとお仕置きして下さい!」


メイドが尻をくねらせて催促してきた。


……ダメだこいつは。

早くなんとかしないと。


ボクは強引に教育係から鞭を取り上げる。


「何をなさるのですか」

「おかしなことはもうやめろ」

「『らぶりー☆うぃっぷ』を返して下さい」

「名前が変わっているぞ」


ぶーぶー文句を言う教育係。

何故かメイドも不満げだ。


そんな変態どもから鞭を取り上げた。


改めて観察すると、かなり本格的だ。

本物の乗馬用の鞭じゃなかろうな?


疑惑の眼差しを向けると奴が答えた。


「それはプレイ用の鞭でございます」

「プレイ用ってなんだ?」

「音の割に威力は小さいのです」


へえ。そうなのか。

試しに鞭を振ってみる。


ひゅんっ!と、空気を切り裂く鋭い音。


……威力が小さいって絶対嘘だろ。


そう思って問いただそうとしたその時。


教育係の表情が何やら妙なことに気づく。


「……なんだその顔は?」

「で、殿下……その、お願いが……」

「お願い?」

「ど、どうかその鞭で私を……」

「却下、だ」

「そんなぁっ!?」


うるさい変態だ。

黙らせるべく、鞭で虚空を切り裂く。


ひゅんっ!と、再び響く風切り音。


「ひぐぅっ!」

「ふぉおおっ!」


それを聞いた2人がモジモジ。

内股になって腰が引けている。

そんな変態どもに呆れるボク。


……もう一度だけ、振ってみるか。


ひゅんっ!


「ふぁっ!?殿下ぁ!!」

「悪いメイドにお仕置きして下さいっ!」


また悶える2人。

それを見てると……なんか。

なんか……悪い気がしない。


これか?

これが鞭を打つ喜びなのか?


ボクの身体の奥もジンジンしてきた。

いけない。これは非常にまずい。

このままだとボクも変態になってしまう。


誘惑を振り切って、メイドに命じる。


「メイド、雑誌の様子を見てこい」

「ええっ!?お預けですかぁ!?」

「いいから早くいけ」

「うぅ……かしこましました」


なんとかメイドを追い払ったボク。

しかし、まだ強敵が残っていた。


「やっと2人きりになれましたね」

「何を期待している」

「もちろん、殿下の愛の鞭を」

「ボクにそんな趣味はない」


きっぱりと断るボク。

如何にも残念そうに消沈する教育係。

そんな奴に、ボクの思いを伝える。


「痛みより、気持ち良い方が好きだ」

「くふっ。ならば向いていませんね」

「ああ、これはボクには向いてない」

「はい。殿下はお優しいですからね」


打つのも、打たれるのも御免だ。


……ちょっとは興味はあるけども。


そんなボクに教育係がこんな忠告をする。


「どうか、罪には罰をお忘れなきよう」

「ん?」

「殿下の為でございます」


何やら意味深なことを言われた。

……罪には罰、か。

それは、ボクには向いてないだろう。

人を罰することは、好きではないのだ。


「では、殿下の好きなことをしましょう」

「……えっ?」


そんなボクの心中を見透かした教育係。

悪戯っぽく微笑んで、こう語る。


「気持ち良いことがお好きだと仰いました」

「そ、それはたしかに言ったが……」

「気持ち良いことを、致しましょう」

「な、何をするつもりだ……?」

「お尻にキスをして差し上げます」

「やめろぉぉぉぉおおおお!?」


抵抗虚しく、ベッドに担がれるボク。

じたばたと暴れるが離してくれない。

そんなボクに教育係がそっと囁く。


「メイドへの対応、ご立派でした」


ボクの教育係は殺し文句を言うのが上手い。

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