第30話 『約束の日の爪痕』
「待たせたなっ!殿下!!」
「待ちくたびれたぞ!オレっ娘!!」
満を持して来訪したオレっ娘。
なんか、非常にテンションが高い。
そしてボクも同じくテンション高め。
「よく来てくれたっ!!」
「いえーいっ!!」
オレっ娘が手を掲げる。
ボクは躊躇わずハイタッチ。
すると、指を絡めて握られた。
「会いたかったぜ!!」
「ボクも会いたかった!!」
そのまま目と目を合わせる。
眩い快活な笑みを浮かべるオレっ娘。
ボクもきっと上手く笑えてるだろう。
「例のブツは持ってきたか?」
「もちのろんろんよっ!!」
そうか。もちのろんろん、か。
それは重畳。実に大義である。
今日はオレっ娘との大事な取り引きの日。
この前交わした約束が今果たされる。
ボクは今日……
オレっ娘のスパッツを手に入れる。
「それではさっそく……」
「ちょいまちー!」
逸る気持ちを抑えられないボク。
それに待ったをかけるオレっ娘。
なんだなんだ?
この土壇場で焦らすつもりなのか?
なんて駆け引き上手な奴だ。
思わず身構えるボク。
するとオレっ娘はえへんと胸を張る。
ボクと同じくらい平らなオレっ娘の胸。
それに目を奪われるボク。
そんなボクにオレっ娘はこう言った。
「まずは今日のオレを見て感想を言え!」
今日のオレっ娘の感想だと?
フード付きのパーカーを着ている。
まるで少年のような格好。
特に変わった様子は……いや、待て。
「オレっ娘」
「おっ! 気づいたか?」
「短パンはどうしたんだ?」
彼女のトレードマークの短パン。
それを今日穿いてない。
パーカーの裾が長くて隠れているのか?
しかし彼女はボクの回答に不満げだ。
「もっと他にあるだろぉー!?」
「しかし、短パンが……」
「それは後のお楽しみに取っとけっ!」
ふむ。そう言われては仕方ないな。
ボクは注意深くオレっ娘を観察する。
クリクリした好奇心旺盛な大きな瞳。
口元から覗く白い八重歯。
小顔で、眉はきりっとしている。
そして眉と同じく薄緑色の髪は……ん?
おや? 何か変だぞ?
オレっ娘の前髪に違和感を覚える。
彼女は今日、前髪を上げて結っていた。
「なるほど……前髪か」
「気づくのがおせぇーよ!」
「ごめん。それで、どうしたんだ?」
「殿下とお揃いにしてみたんだぜっ!」
得意げにそう語るオレっ娘。
前回ボクの前髪に一言も触れなかった癖に。
なかなかどうして、よく見ている。
「そうか……お揃い、か」
「へへっ! どう? どう?」
「うん。可愛い」
「ありがとー! 殿下も可愛いぜ!!」
「ありがとー!」
またもやおかしなテンションで盛り上がる。
再びハイタッチを交わすボクら。
それを見て、静観していた教育係が動く。
「さっさと取り引きをしなさい」
ぴしゃりと言われ、びくつくボクら。
何故か知らないけど、大変ご立腹だ。
ボクらはいそいそと取り引きを開始する。
「スパッツをくれ」
「あいよー! ちょっと待ってろ!」
そう言って、オレっ娘は後ろを向く。
何故後ろを向く必要があるのだろう?
怪訝に思っていると、事件が起こった。
「へっへっへ。これを見やがれっ!」
不敵に笑い、パーカーをちらりと捲る。
するとそこには……黒いスパッツが。
「なん……だと……?」
ボクは目を見張る。
そして衝撃に打ちひしがれる。
オレっ娘の考えを察して、脱帽する。
「ふむ……大した小娘です」
流石の教育係もこれには悔しそう。
ぎりっと歯ぎしりをして睨みつける。
視線の向かう先はもちろん黒スパッツ。
「んじゃ、脱ぐぜいっ!」
捲っていた裾を下ろし、生脱ぎ宣言。
思わず握りこぶしを作るボク。
こめかみに冷や汗を流す教育係。
ボクらの目の前で今、スパッツが脱げる。
「よっ!」
まずは、しゅっと鋭く引き下ろす。
「ほっ!」
次に、すぱっと右足を引き抜く。
「はっ!」
もう片足を引き抜き、脱ぎ終える。
「あらよっと!」
そのまま指にかけてスパッツを回転。
この間、10秒にも満たない。
それだけの、早業。
それでありながら、中を見せない技術。
パーカーの裾は、全てを隠し切った。
「ブラボー!!」
「くっ!まさか、これほどとは……!」
オレっ娘の脱ぎ技の極致に喝采するボク。
手で口元を押さえて動揺を隠せない教育係。
「アンコール! アンコール!」
「もう脱ぐもんがねぇーてのっ!」
響き渡るボクのアンコール。
それをニヒルな笑みで受け流すオレっ娘。
脱ぎ芸を連発しないプロ意識。
これぞ職人。これぞ名人。
限られた者だけが辿り着く、境地。
オレっ娘はすごい奴だった。
本当に大したものだ。
彼女と知り合えたことを誇りに思う。
「殿下っ! 私を見て下さいっ!!」
「むっ?」
その時、突然教育係が絶叫した。
オレっ娘の威光に当てられて狂ったか?
ボクは怪訝な眼差しを奴に向ける。
「これぞ裸ワイシャツでございます!」
「まさかっ!?」
「なにーっ!?」
響き渡る、教育係の裸ワイシャツ宣言。
ボクとオレっ娘は揃って驚愕する。
身を乗り出して、教育係を凝視する。
燕尾服を脱ぎ捨てワイシャツだけ。
普段は隠された奴の白い美脚。
だらしなく緩められたタイ。
襟元から覗く鎖骨。
胸がないことだけが悔やまれる。
あ、怖い顔された。
訂正しておこう。
胸などなくとも高い完成度。
裸ワイシャツとは如何なるものか。
それを、教育係は体現していた。
否、『降臨』なされた。
裸ワイシャツの天使が降り立った。
「お前……やれば出来るじゃないか」
「くふっ。お褒めに預かり光栄です」
「光栄なのは……ボクのほうさ」
あまりに眩しい教育係の白い肌。
普段見れないだけ、有り難みがある。
奴は蠱惑的な眼差しをボクに送る。
思わず見惚れるボク。
教育係は胸ポケットからゴム紐を取り出す。
そしてそれで前髪を結い上げる。
教育係もまた、おでこ丸出しとなった。
「あーっ!てめぇ! 真似すんなっ!!」
「貴女に言われたくありません」
「な、なにおぅ!?」
「大体、それは私が殿下に勧めた髪型です」
超越者達の口喧嘩が勃発する。
凡庸なボクは蚊帳の外。
ボクはいつでも傍観者。
だが、いいのか?
それで、いいのか?
ボクは自問する。
いいわけない。
いいわけ、ないだろう!?
せめて、せめて……一矢報いたい。
いや、報いる、べきだ。
ここでやらなくて、なにが『殿下』だ。
単なる記号に成り下がるつもりはない。
記号になんて、なってやるものかっ!!
ここに、ボクがいた。
ボクという、存在がいた。
そんな痕跡を……爪痕を!
今ここにっ!!
残そうではないかっ!!!!
「貴様ら、ボクを誰だと思ってる?」
「ほう?」
「おっ! 殿下もなんかやんのー?」
視線が集まる。
充分集まってから、ボクは動く。
「見よっ!ボクの真の姿をっ!!」
「こ、これは……!」
「なんつー格好を!!」
驚愕する観客2人。
教育係の燕尾服を身に纏うボク。
もちろんその下は……全裸である。
「は、裸……燕尾服っ!?」
「やべー!燕尾服の分かれ目やべー!」
ボクは今、後ろ向きでポーズしている。
見返りながら、腰に手をやる。
燕尾服の裾が絶妙に分かれる。
観客が這いつくばって下から覗く。
ちなみに前は丸見えだ。
「で、殿下の生お尻……よ、よだれが」
「一度でいいから嚙みつきてー!!」
ああ……歓声が心地いい。
なんか、目覚めそう。
悦に浸ってるとマナーの悪い客に絡まれる。
「殿下!どうかその場にお座りに!」
「こうか?」
「いいねいいね!顎を突き出して!」
「こうか?」
「片膝を立てて下さい!!」
「こうか?」
「立てた膝の上に足を組んで!!」
「こうか?」
言われるがまま、指示に従う。
見返りながらその場に座り足を組む。
すると観客が暴徒と化した。
「殿下!私もう!たまりません!!」
「お、おいっ!」
「いいだろ!?誘ってんだろ!?」
「こらっ!変なとこ触るなっ!!」
「殿下ぁ……殿下ぁ……じゅるっ」
「ひぅっ!?み、耳元で囁くな!!」
「はあ……はあ……ぺろぺろ」
「舐めるなぁぁぁあああああ!?!!」
結局貧乏くじを引くのはいつもボクだった。
「んじゃ、またなー!」
「ああ、スパッツ……ありがとう」
「いいってことよ!お互い様だぜ!!」
そんな会話を交わし、オレっ娘は帰った。
彼女のスパッツは今ボクが穿いている。
穿いた瞬間、オレっ娘の体温が伝わった。
頭の先から爪先までびくっとなった。
身体の奥が痺れて、ジンジンする。
やっぱり妊娠するかも知れない。
無意識にお腹を撫でるボク。
不安になって教育係の袖をくいくい引く。
「教育係」
「おや?お腹が痛いのですか?」
「やっぱり妊娠したかも知れない」
「それは大変ですね」
「ああ、大変なことになった」
ボクの心配を聞いた教育係が動く。
「では、産まれる前に上書きしましょう」
「う、上書き……?」
「今日はこの格好のまま寝ましょうね」
「そ、それは構わないけど……」
「一晩ぐっすり寝れば上書き完了です」
「そ、そうか……って、おい!離せっ!」
お姫様だっこでベッドまで担がれるボク。
「こんなもの、いつまで穿いてるんですか」
「あっ!こらっ!」
その間に奴は一瞬でスパッツを剥ぎ取った。
「な、何をするっ!?」
「殿下はもう少し恥じらいを学びなさい」
ボクの教育係はたまにこうして強引だ。




