第28話 『着物のマナー』
「教育係」
「はい、なんでしょう?」
その日、ボクは勉学に励んでいた。
国語やら数学やらの問題集に取り組む。
内容は高校レベルの難問ばかり。
長い軟禁生活でボクの学力は向上していた。
ひと段落ついたので、教育係に尋ねる。
ボクが最近一番気になっていることを。
「お前は今日も下着を穿いてないのか?」
「はい。当然でございます」
当然のように穿いてない宣言をする教育係。
今更驚くことでもないので質問を重ねる。
「何故下着を穿かないんだ?」
「殿下への配慮でございます」
「配慮?」
「はい。私はいつでも待機中です」
こいつは何を待機しているのだろうか。
ボクは苦言を呈さずにはいられない。
「とにかく、下着を穿け」
「嫌でございます」
「どうしてそこまで嫌なんだ?」
「締めつけられるのが嫌いでして」
締めつけられるのが嫌い、か。
なるほど。それは少しボクにもわかる。
堂々とそう言われると納得してしまう。
ボクも急に締めつけが気になってきた。
「靴下を履かない開放感と同じか」
「似て非なるものかと」
「……ノーパン道は奥が深いんだな」
「その通りでございます」
あれ?おかしいな。
忠告するつもりが上手く丸め込まれた。
困惑するボクに教育係が畳み掛ける。
「ちなみに黒髪ロングもノーパンです」
「そ、それは本当かっ!?」
衝撃的な事実。
思わず食いついてしまった。
しかし、俄かには信じ難い。
あの清楚な黒髪ロングが、何故。
ボクは堪らず尋ねる。
「何故黒髪ロングはノーパンなんだ?」
「彼女は着物を着ていました」
「そうだな」
「だから、ノーパンなのです」
黒髪ロングの艶やかな着物姿。
それが理由だと教育係は語る。
だが、全く意味がわからない。
「着物だとノーパンなのか?」
「はい。下着を穿くのは御法度です」
「どうしてだ?」
「パンツラインが浮き出るからです」
またパンツライン、か。
しかし、大いに納得した。
納得せざるを得ない。
着物にパンツラインは相応しくない。
そう言えば、彼女は膝枕を躊躇していた。
その理由が、ようやくわかった。
まさか穿いていなかったとは。
蓋を開けてみれば単純明快である。
ボクはまた一つ賢くなった。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「興味が湧いた。黒髪ロングを呼べ」
「かしこまりました」
こうして、黒髪ロングが召喚された。
「お招き頂き、誠にありがとうございます」
黒髪ロングが淑やかに現れた。
もちろん今日も着物姿。
深い藍色の振袖が、彼女の黒髪によく似合う。
「お前に一つ訪ねたい」
「はい、なんでしょう?」
「お前はノーパンなのか?」
「はい?」
「……今のは無しだ」
またやってしまった。
自分の学習能力の無さに辟易とする。
どうしたものかと頭を抱えるボク。
すると、黒髪ロングはおずおずと尋ねる。
「あ、あの、殿下……?」
「なんだ?」
「その御髪は……?」
言われて思い出す。
ボクは前髪を上げていた。
毎朝教育係に結ってもらっているのだ。
指摘されて、途端に気恥ずかしくなる。
「や、やっぱり変か?」
「とんでもございません!似合ってます!」
「そ、そうか……ありがとう」
彼女も不思議な感性を持っているようだ。
褒められて、思わず照れる。
それを見て、静観していた教育係が動く。
「殿下に似合う着物はありませんか?」
「そうですね……浴衣でよろしければ」
「見繕って持って来て下さい」
「はいっ!ただいまお持ちします!」
ん?
なんか、勝手に話が進んでいる。
ボクに似合う浴衣だって?
……なんだか、嫌な予感がする。
慌てて止めようとするが、時既に遅し。
黒髪ロングは浴衣を取りに行った。
「……教育係」
「はい、なんでしょう?」
「またボクを着せ替え人形にするつもりか?」
「いえ、ただの興味本位でございます」
余計にたちが悪い。
ボクはしばらく抗議したが後の祭りだ。
すぐに黒髪ロングが戻って来た。
「どうぞ、こちらをお召し下さい」
「……本当に着るのか?」
「往生際が悪いですよ、殿下」
教育係にそう言われ、渋々受け取る。
黒地に真っ赤な牡丹をあしらった浴衣。
それを矯めつ眇めつ眺めるボク。
綺麗な浴衣だと思った。
果たして、ボクに似合うだろうか?
「着付け致しましょうか?」
「いや、浴衣くらい、自分で着る」
黒髪ロングの申し出をボクは断る。
なんとなく、恥ずかしかったからだ。
意地になっていたとも言える。
「それでは我々は別室でお待ちしてます」
「楽しみにしてますよ、殿下」
黒髪ロングと教育係が退室する。
何やら2人で楽しげだ。
いつの間に親しくなったのだろうか?
首を傾げつつ、ボクは浴衣を着てみた。
「お着替えは終わりましたか?」
「ああ、なんとか」
しばらくしてノックされたので応える。
2人が部屋に入ってくる。
すると、揃って目を丸くして驚く。
「これはこれは、大変お似合いですね」
「ええ、とても可愛らしいです」
最初に感想を述べた教育係。
それに黒髪ロングが同意する。
ボクは恥ずかしくて堪らない。
しかし、ボクだってびっくりしていた。
「教育係。お前、その格好は……?」
「はい。着流しを着てみました」
濃い灰色の着流しを着た教育係。
ボクは思わず見惚れる。
スラリとした奴にとても似合っていた。
顔が熱くなって、堪らず目を逸らす。
そして黒髪ロングに視線を向ける。
彼女も藍色の浴衣に着替えていた。
着物よりもラフな感じで新鮮である。
「く、黒髪ロングも似合っているな」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
ぺこりと頭を下げる黒髪ロング。
そして、すすっとこちらに寄ってくる。
彼女はボクの下手な着付けを直してくれた。
「ありがとう。助かる」
「いえ。お一人で着るのは大変ですから」
テキパキと着付けを手直しする彼女。
されるがままのボクは、ふと気づく。
気づいて、しまった。
「……黒髪ロング」
「はい、なんですか?」
接近した黒髪ロングの胸元の異変。
薄手の浴衣になって、初めて気づいた。
彼女は……ブラを着けていなかった。
「お前……ノーブラなのか?」
「ふぇっ?」
しまった。
またやってしまった。
またしても単刀直入過ぎたボク。
そこで唐突に、教育係が口を挟む。
「殿下、私もノーブラです」
何のアピールなんだそれは。
全く以って意味不明だ。
頼むから、空気を読んで欲しい。
ともあれ、黙っていても始まらない。
ボクは仕方なく、相手をしてやる。
「だからどうしたんだ?」
「私も殿下に見て欲しいです」
「ボクだってノーブラだ」
「だからどうしたのですか?」
「……どうもしない」
そんな馬鹿な会話を繰り広げる。
それを放心状態で眺める黒髪ロング。
教育係は悔しげに彼女の胸を睨む。
「殿下、提案がございます」
「聞こうじゃないか」
「搾乳致しましょう」
そう言って、搾乳機を取り出す教育係。
それを見て、黒髪ロングが悲鳴を上げる。
「な、何をするおつもりですかっ!?」
「出た杭を打つのです」
「全く意味がわかりません!!」
本気で怯えた様子の黒髪ロング。
搾乳機片手ににじり寄る教育係。
今日も今日とて傍観者なボク。
黒髪ロングは涙目になって逃げ出した。
「今日はこれで失礼しますっ!!」
「では、最後に一つお尋ねします」
「な、なんですか……?」
引き止められて、困惑する黒髪ロング。
そんな彼女に、教育係は尋ねる。
「近々、『舞踏会』が開催しますね」
「は、はい。それが何か……?」
「殿下にダンスを教えて下さいませんか?」
なんだそれは。初耳だぞ。
舞踏会? ダンスだって?
何のことだ。ボクは聞いてないぞ。
「は、はあ。それは構いませんが……」
「それでは次は洋服で来て下さい」
「わ、わかりました」
ボクが口を挟む間もなく、話が終わった。
そのまま退室する黒髪ロング。
教育係は何故か機嫌が良さそうだ。
「教育係」
「はい、如何しましたか?」
「舞踏会にダンスとはなんだ?」
「そのうち、おわかりになりますよ」
教育係は意味深なことを言う。
ボクは軟禁状態だ。
そんなところに出向ける筈もない。
不安になって、思わず尋ねる。
「……ボクは置いてけぼりか?」
「大丈夫です。ご心配なさらずに」
着流しを着こなした教育係に抱きしめられる。
そうされると、不安が少し薄れた。
「殿下を置いていくなど、ありえません」
「それなら、安心した」
「それはそうと殿下」
「なんだ?」
「浴衣の下はノーパンですか?」
「……当然だ」
ボクの返答に満足して尻を撫でてくる教育係。
やはり、空気を読む気はないらしい。
「殿下は浴衣が似合いますね」
「……お前もまあまあ似合っている」
「くふっ。それはまあまあ嬉しいです」
まったく、何を考えているのやら。
ボクの教育係は何かを企んでいるようだ。




