第19話 『殿下の御髪』
「教育係」
「如何しましたか?」
「クッキーを食べた後の記憶がない」
「それは不思議ですね」
「ワンピースの裾も乱れている」
「それはいやらしいですね」
意識を取り戻したボクは状況を確認する。
何か恐ろしい目に遭った気がする。
しかし、記憶がない。
教育係に聞いてもわからない。
真相は闇に包まれてしまった。
「服は乾いたか?」
「まだでございます」
「他に着るものはないか?」
「ありません」
そんな筈はない。
だが、駄々をこねたところで無駄だろう。
仕方なく、ボクは着替えを諦めた。
「銀髪メイドは目を覚ましたか?」
「まだ寝ておられます」
教育係が来客用ソファを指し示す。
そこで銀髪メイドがすやすや寝ていた。
「やはりショックが大きかったのか」
「ショックですか?」
「ボクの姿を見て、メイドは倒れた」
「そうですね」
「それだけ、似合ってないのだろう」
ひらひらしたワンピースを見下ろす。
こんな服、やはり着るべきではない。
いつものズボンが恋しかった。
そんなボクの頭を教育係が撫でる。
そして、優しげな口調で諭してきた。
「似合い過ぎて倒れたのでございます」
「何を訳のわからないことを……」
「殿下はもっと自信をもって下さい」
そう言って、教育係は姿見を指差す。
そこにはワンピース姿のボクがいた。
即座に鏡から視線を逸らす。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「ご自分のお姿をよく見て下さい」
「……こんなの、絶対変だ」
「ちっとも変ではございません」
もう一度、鏡に視線を送る。
赤い髪、赤い瞳、青っ白い肌。
貧相なボクがそこに立っている。
しかも、ワンピース姿で。
「ほら、可愛いでしょう?」
「……目が悪いんじゃないのか?」
「では、こうしてみては如何です?」
そう言って、教育係はボクの前髪に触れる。
最近切ってなかったから伸びてしまった。
その長めの前髪をゴム紐で結わえる。
手際よく、ボクの額が晒し出された。
「お、おでこが丸見えではないかっ!」
「その方が可愛いです」
「そ、そうなのか?」
「はい。私はこの方が好きです」
そうか。この方が好き、か。
教育係が好きなら……そうするか。
思わず頬が緩みそうになる。
そんな自分のにやけ面が鏡に映る。
恥ずかしくて慌てて表情を引き締めた。
顰めっ面で感想を教育係に告げる。
「これなら前髪が邪魔じゃないな」
「お気に召しましたか?」
「ああ。視界に髪が入らなくていい」
「ご自分の御髪がお嫌いで?」
「……好きではない」
忌々しげに鏡に映る赤い髪を睨む。
これが、王家の直系である証だ。
そのせいで外にも満足に出れない。
赤い髪が、ボクを縛り付けていた。
「私は殿下の御髪が好きですよ」
「だがボクはこの赤い髪のせいで……」
「何色であっても、殿下の御髪です」
言われて、はっとする。
教育係は髪の色の話はしていない。
ボクの髪だからと言ってくれた。
嬉しい。
今度こそ、堪えきれずに頬が緩む。
だけど、これだけは言っておく。
「ワンピースはもう着ない」
「くふっ。殿下は我儘ですね」
この日、ボクは知った。
ボクの教育係は煽てるのが上手い、と。




