第16話 『新しい朝の日課』
朝目が覚めると教育係が目の前にいた。
当然だ。こいつはボクの湯たんぽだから。
「寝てるのか?」
「くぅ……くぅ……」
返事がない。
どうやら寝ているようだ。
いい機会だからボクは湯たんぽを観察する。
かなり整った顔立ちだ。
端的に言えば、美しい。
髪はミディアム。直毛でサラサラ。
色白でまつ毛が長い。
意志が強そうな眉も、今は穏やかだ。
ボクの教育係は完全に無防備だった。
「ふむ」
手を伸ばし、頬に触れる。
しっとりとして、柔らかい。
それに温かい。教育係は体温が高い。
「ん……」
教育係が身じろぐ。
起こさないように頬を撫でる。
また穏やかに寝息を立て始めた。
……なんだか堪らなくなってきた。
「……本当に寝てるのか?」
「くぅ……くぅ……」
再度確認。
返事がない。寝ているようだ。
ボクの視線は教育係の唇へ向かう。
薄紅のその唇は酷く魅力的に見えた。
ボクは知っている。
この口に潜む、魔性の赤い舌の存在を。
ごくりと生唾を飲む。
手で唇に触れる。極めて柔らかだ。
ツンツンしても教育係は起きない。
なんとなく、顔を近づける。
それにどんな意味があるのかは知らない。
だけど、興味はあった。
もう、ちょっと。
あと僅かで教育係と接触する。
無意識に目を瞑ろうと思ったその時。
ボクは目撃した。
教育係の小鼻がひくひくしている。
「……おい」
「くぅ……くぅ……」
「お前、起きてるだろ?」
「くぅ……くぅ……くふっ」
問いかけると寝息におかしな笑いが混じる。
そして、教育係は目をぱっちり開けた。
「おはようございます、殿下」
「起きていたなら返事をしろ」
「はて? なんのことでしょう?」
すっ惚ける教育係。
イラッとしたので頬をつねる。
すると教育係もボクの頬をつねる。
「殿下は意気地がありませんね」
「お前は少々性格が悪すぎる」
「寝込みを襲うなんて最低ですよ?」
「ボクはまだ何もしてない」
「まだ、ですか?」
「……何が言いたい」
お互いに頬をつねって口喧嘩。
結局ボクが追い詰められる形となった。
どんどん不機嫌になるボク。
どんどん上機嫌になる教育係。
「くふっ」
「その笑い方はやめろ」
奴はちろりと赤い舌を見せる。
顔に血が集まるのがわかった。
「私は構いませんよ?」
「何がだ」
「殿下の好きにして貰って構いません」
「ボクはお前の好きにされたくない」
「私は殿下の好きにされたいです」
教育係がボクを執拗に口撃する。
このままではまずい。
なんとか手打ちにしよう。
「……悪かった」
「悪いことをしたのですか?」
「ああ、だから許してくれ」
「口づけしてくれたら許します」
……この教育係。
どうやらボクを逃す気はないようだ。
知恵を振り絞って交換条件を提示する。
「……履かせてやる」
「はい?」
「靴下を、履かせてやる」
「ふむ……それで手を打ちましょう」
こうしてボクは教育係の前に跪く。
ベッドに腰掛けた奴に靴下を履かせる。
耐え難い仕打ちだ。
だけど、なんだか変な気分。
教育係も頬を上気させ、息が荒い。
ボクは丁寧に靴下を履かせる。
教育係は黙ってそれを見つめていた。
「履かせ終わったぞ」
「お疲れ様です、殿下」
「このボクになんてことをさせるんだ」
「反省してます。お詫びをしましょう」
「お詫び?」
「今度は私が殿下の靴下を履かせます」
お詫びの仕方がおかしい。
だけど、断る理由もなかった。
「楽しかったですね、殿下」
「……まあな」
嬉々とボクに靴下を履かせた教育係。
それなりに楽しめたのは事実だ。
たまにはこんな寝起きも悪くない。
……と、思っていたら。
「これからは毎朝こうしましょう」
満面の笑みで宣言された。
教育係が定めた教育方針。
明らかにアブノーマルな方向だ。
しかし、それもまた、一興か。
こうして新しい朝の日課が決まった。
毎朝互いの靴下を履かせ合う。
……なんだこの日課は。
ボクは順調に教育係に『教育』されていた。




