第100話 『過去の経緯』
「どうじゃ? 美味いか?」
「は、はい。美味しい、です」
現在ボクはおじやに舌鼓を打っていた。
なんだか懐かしい味。とても美味しい。
土鍋からサジですくう女王陛下。
ふぅふぅと慣れた仕草で冷ます。
そしてそのままボクの口元に差し出す。
「ほれ、もっとお食べ」
「あの、自分で食べられますから……」
「妾はそなたの叔母じゃぞ?」
「それは、そうですけど……」
「ならば、照れずともよい。お食べ」
押し切られて、サジをパクリ。
うん、本当に美味しいおじやだ。
女王陛下は満足げに微笑み次の分を。
またふぅふぅしてる。母上みたいだ。
ベッドに横に腰掛けている女王陛下。
その一挙一動で谷間がたゆんたゆん。
病み上がりのボクには刺激的すぎる。
ちなみにメイドはソファで寝てる。
女王陛下が抱き抱えて運んだ。
それを見て、ボクは奴を思い出す。
あいつはいつも誰かを運んでいた。
妃候補やメイドと寝ることは許さない。
三つ編み眼鏡もよくソファで寝ていた。
あの日々が、遠い昔のようで、切ない。
そんな風に沈んでいると見透かされた。
「今にも死にそうな顔じゃな」
「いろんなことが、ありすぎて……」
「そなたは何もかもを背負いすぎじゃ」
「でも、ボクのせいで、父上が……」
「そなたのせいではない」
土鍋を机に置き、きっぱりと否定。
女王陛下の鳶色の視線がボクを射抜く。
意思の強そうな瞳が揺れ動き、逡巡。
そう言えば、召使いが言っていた。
黒髪ロングの父親の乱心について。
もっと詳しく人が居ると。もしかして。
この人が、それを知っているのでは?
ややあって、女王は頭を下げてきた。
「父君の死は、妾のせいじゃ」
「えっ? ど、どういうことですか?」
「……ずっと謝りたいと思っておった」
女王は語る。父上の若かりし日を。
「妾の妹はよくできた娘じゃった」
女王の妹。つまりボクの母上だ。
懐かしそうに、悲しそうに、独白する。
ボクは黙って耳を傾けた。
「そなたの父は、妹の許嫁じゃった」
父上と母上は許嫁の関係。
同盟国の王族同士で、自然な流れだ。
関係も良好で幼少時から親しかった。
平和な幼少期を過ごしたそうだ。
「しかし、青髪の国とは揉めててのう」
黒髪ロングの父親を、青髪と呼ぶ女王。
当時は白髪混じりではなかったらしい。
遥か昔から青髪の国とは因縁があった。
何度も戦争を繰り返してきた関係。
その関係を改善するべく女王は動く。
「妹から、仲を取り持つと言われてな」
母上から女王に提案をした。
自分が間に入り2人の仲を取り持つと。
それは当時、とても良い考えに思えた。
そして青髪との関係は確かに改善した。
「じゃが、それが間違いじゃった」
しかし、それは間違いだった。
あの時止めておればと、悔やむ女王。
ぽつりぽつりとその後の経過を語る。
「丁度、そなたくらいの歳の頃じゃ」
良好な三角関係は、破綻した。
ボクが恋したように彼らも恋をした。
青髪と父上は母上を巡って、衝突した。
お互いに譲らず、最後は決闘となった。
「そなたの父は強かった。圧倒的に」
それはそうだろう。ボクの父上は強い。
なにせ将軍と渡り合う程だ。規格外。
そして青髪は弱かった。無残に負けた。
「妹を奪われた青髪は、嫉妬した」
ボクの母上に執着して、父上を恨んだ。
それはまるで今のボクのような状況だ。
黒髪ロングの父親は数年後に乱心した。
「ずっと、責任を感じておった」
母上の死に責任を感じていた。
あの時、妹の提案を飲まなければと。
女王は頭を下げ、懺悔した。
しかし、謝られても、困ってしまう。
「母上が望んだならば、仕方ないです」
そうとしか言えない。それ以外ない。
母上が望んで仲を取り持ったのだ。
女王陛下が無理矢理命じた訳ではない。
それにしても、原因が嫉妬とは。
それはどうにもならない。誰でもだ。
誰だって嫉妬する。ボクだってそうだ。
こればかりは、どうしようもない話だ。
例えば、教育係を何者かに奪われたら。
それはとても耐えられない。狂う。
人を好きになることは恐ろしいことだ。
「だから、陛下のせいではありません」
「……そなたは、本当に妹に似ておる」
「母上の話をもっと聞かせてください」
「お安い御用じゃ。そなたの母は……」
それからつらつらと昔話が始まる。
女王と母上はボクの国の学園に通った。
そこで母上はモテモテだったそうだ。
「妾の妹は料理も上手くてな」
「そうだったのですか?」
「甘い卵焼きや、おじやも美味かった」
母上は料理上手だったらしい。
ボクが大好きなメイドの甘い卵焼き。
もしかしたらそれは母上の味なのかも。
ちなみに女王のおじやは母直伝らしい。
だから懐かしいと感じたのだろう。
そこで、話は色恋へと戻った。
「そなたも随分とモテるそうじゃな?」
「どこでそんなお話を……?」
「妾の娘が呆れておったぞ」
「姫君だって召使いと仲が良いですよ」
「ふむ。その話を詳しく聞かせてみよ」
ありのままを女王に話す。包み隠さず。
友達のお母さんに告げ口をしてる気分。
女王陛下は、にやにやしながら聞いた。
「なるほど。娘もなかなかやりおるな」
「その挙句に偽装結婚まで持ち出して」
「いやそれは名案じゃ。あっぱれじゃ」
「あ、あっぱれなのですか……?」
「妾もそうなることを願っておる!」
この母親にしてあの娘ありか。
偽装結婚を賞賛する女王陛下。
反対してくれると思って話したのに。
いよいよ外堀が埋まった。自爆である。
「そ、それはそうと、女王陛下」
「ん? なんじゃ?」
「姫君の父親はどうしたのですか?」
王宮に来てから、一度も会っていない。
姫君の父親はどのような人物なのか。
何気なく尋ねたが、それは地雷だった。
「妾の夫は、殺された」
「こ、殺された……?」
「うむ。召使いの、母親にな」
衝撃的な事実。極めて物騒だ。
いや、待て。召使いの母親だと?
召使いの母親は女王が殺したと聞いた。
一体どのような因果があったのか。
絶句していると、女王が説明した。
「あれは終戦の間際の夜じゃった」
青髪の国との戦争の末期。
同盟国として女王の夫も出陣していた。
組織的な戦闘は終わり、勝利は目前。
女王の夫は、一足早く帰ってきた。
「悲しい戦争じゃった。だから飲んだ」
その晩は2人で酒を飲んだそうだ。
ボクの母上の死によって起きた戦争。
始まってみれば一方的な結果となった。
青髪の国の兵士は、虐殺された。
それを見た女王の夫は疲弊していた。
女王もまた、妹の死から立ち直れず。
2人は泣きながら、酒を飲んだ。
そして酔い潰れて、眠りについた。
一瞬の気の緩み、それが命取りだった。
「夜中に物音がしたので、目を開いた」
するとそこには死体となった夫の姿が。
そして、下手人が窓枠に腰掛けていた。
黒装束に身を包んだ、暗殺者。
その殺人犯こそ、召使いの母親だった。
「あやつは妾が起きても逃げなかった」
逃げずに、そこにいた。返り血に塗れ。
どこか申し訳なさそうな顔で佇んでた。
血に染まった黒髪が月に映し出された。
『なあ、お前には子供がいるか?』
不意に召使いの母親は女王に尋ねた。
女王は娘が1人いると答えた。
すると、悲しそうに笑って謝罪した。
『すまん。だけど、殺るしかなかった』
敗戦は目前。一矢報いたかったと。
同盟国の女王の夫を、殺した。
女王よりも軍を率いる夫が脅威だった。
彼を殺すことが召使い母の使命だった。
女王は激怒した。怒り狂った。
妹だけでなく夫まで奪われて。
許せる筈も、なかった。
「だから、妾はあやつを殺した」
夫の胸に刺さった短剣を引き抜いて。
怒りのままに、それを突き刺した。
それに対して召使いの母親は感謝した。
『ありがとよ。それと頼みがあるんだ』
ダグダクと血を流しながらヘラヘラと。
怒りに染まった女王に、懇願した。
それは、予想外の願いだった。
『あたしの馬鹿息子を……頼む』
そう言い遺して、窓枠から転落した。
窓から下を覗き込むと、転落死体が。
召使いの母親は、そうして死んだ。
「その時は何のことかわからんかった」
いきなり一方的に願いを託されて。
女王は混乱し、そして後悔した。
怒りのままに、殺してしまったことを。
「あやつともっと話してみたかった」
夫を殺したことは許せない。
けれど、命まで奪う必要はなかった。
きちんと話して、知り合いたかった。
「しばらくして、召使いが現れた」
「仇を討ちに来たのですか……?」
「まあ、詳しいことはあいつに聞け」
女王は召使いに聞けという。
確かに彼に聞くべきだろう。彼の事だ。
召使いの経緯は、本人に聞くべきだ。
「妾の夫は、召使いによく似ておった」
また懐かしそうな顔をして述懐する。
女王は夫のことを語って聞かせた。
どうやら召使いに似ていたらしい。
なんでも、大層胸が好きだった様子。
「妾は初対面で胸を絶賛されたのじゃ」
初対面で胸を絶賛。なんだそれは。
女王陛下の夫はこの国の騎士だった。
その彼が、当時姫だった女王に謁見。
その場で胸を絶賛して、プロポーズ。
「あんな男は、初めてじゃったよ」
妹と同じく女王もモテたらしい。
けれど、好意の対象は主に胸。
妹であるボクの母上は小さかった。
胸が小さいのにモテる妹。
反面、胸のおかげでモテた姉。
それがコンプレックスだったようだ。
そして寄ってくる男はむっつりスケベ。
全然胸になんか興味ないよ、みたいな。
そんな風に装って下心が丸見えな男達。
いい加減、嫌気がさしていた。
そんな折、面と向かって胸を絶賛され。
その場でプロポーズしてきた1人の男。
そんな彼を、気に入ったのだという。
「妾の全てを肯定された気がしてのう」
画して2人は結ばれて姫君が産まれた。
「なるほど。確かに彼と似てますね」
「じゃろ? 召使いはエロいからのう」
「姫君の胸を育てたと言ってました」
「馬鹿馬鹿しい。ただの遺伝じゃよ」
ただの遺伝かー。そうかー。だよねー。
女王陛下、すっごく大きいもん。
娘の姫君もそうなるよね。つまり、だ。
小さかったらしい母上の子供のボク。
これはもう、どうにもならないかも。
いやでも、まだ教育係よりは救いが。
教育係……教育係は、今ここにいない。
この手の話題が大好きな奴は、いない。
それを思い出して、急に寂しくなった。
「なんじゃ、泣いておるのか?」
「えっ? あっ、いや、これはその……」
気づいたら、涙が出ていた。悲しい。
ずっと傍にいるって言ってたのに。
教育係はいなくなった。嫌われたかも。
そうだ、そうに違いない。親の仇だ。
それを自覚してどうしようもなくなる。
「泣きたければ、泣くがよい」
女王陛下が、身を寄せて抱きしめた。
母上の香りがして、涙が止まらない。
寂しい、寂しかった。悲しすぎた。
いろいろな悲しみを女王は受け止めた。
「どれ、今夜は添い寝をしてやろう」
「ぐすっ……いえ、それは流石に……」
「妾はそなたの叔母じゃ。気にするな」
押し切られて女王がベッドに潜り込む。
叔母と言われては反論出来ない。血縁。
父上が死んだ今、数少ない血縁関係だ。
いとこである姫君同様、大事にしよう。
「ありがとう……ございます」
「いいんじゃよ。実は妾も嬉しくてな」
「どうしてですか?」
「久しぶりに、妹と寝る気分じゃから」
心底嬉しそうな女王陛下。優しい叔母。
女王の優しさに包まれてボクは眠った。




