第99話 『女王陛下と状況整理』
「ただいま帰りました、お母様」
「うむ。無事でなによりじゃ」
白亜の王宮の城門をくぐり。
姫君の案内で謁見の間に招かれた。
桃色髪の姫君の母親。女王陛下である。
姫君と同じく見事な桃色の髪。
そして陶磁器のような乳白色の肌。
見目麗しく、二十代にしか見えない。
反面、喋り口調は老練されている。
キツくつり上がった鳶色の瞳が射抜く。
「そなたが妹の忘れ形見じゃな?」
「お初にお目にかかります、女王陛下」
「いや、まだ小さい頃に会っておる」
たおやかな御手を手招き。
ボクを呼んでいるようだ。
逡巡していると促された。
「苦しゅうない。近う寄れ」
「はい、失礼します」
女王陛下の玉座の元へ向かう。
なんだか足元がふらつく。おかしい。
どうやらボクはかなり疲れていた。
「ふむ。妾の妹にそっくりじゃな」
「父もそう申しておりました」
「そうか。父君の事は、残念じゃった」
女王陛下は沈痛そうにそう呟いた。
同盟相手の父とは親交が深かった様子。
いろいろと聞きたいことは山ほどある。
けれど、考えがまとまらない。
道中で明かされた様々な真実。
ボクの頭の中はそのことでいっぱいだ。
暫くしげしげと眺められて。
立っているのもやっとなボクに。
あろうことか女王は抱きついてきた。
「かわいいのう!妾は気に入ったぞ!」
「ふがっ!? もがっ!?」
「なんじゃ、そんなに胸が好きか?」
流石姫君の母親。とんでもない胸だ。
しっとりとした谷間に挟まれ呼吸困難。
そんなボクを引き離す、怒った姫君。
「お母様! この子は私の許嫁よ!?」
「固いことを言うな。皆のものじゃ」
「お母様が手を出したら犯罪だわっ!」
朦朧とした意識でやり取りを聞く。
恐らく元気付けてくれているのだろう。
気持ちは有難いが、ボクには教育係が。
そこで、ボクの不調に女王が気づいた。
「むっ?なんじゃ、そなた大丈夫か?」
「すみません……ちょっと疲れて……」
「どれ。これはいかん。熱があるぞ」
すっと額に手を当てられて診断された。
その手つきに母性を感じて気が抜けた。
膝から崩れ落ちると、抱き留められた。
「客間のベッドに運んでやれ」
「は、はい!殿下、大丈夫ですか!?」
メイドが慌てて駆け寄ってくる。
女王に抱かれて気づく。母上の匂いだ。
それは姫君の匂いと同じ。血縁の証。
その香りに包まれながら眠りに落ちた。
沈む意識。沈んでいく。地の底へと。
それから三日三晩、熱にうなされた。
メイドが甲斐甲斐しく世話を焼いた。
それに対して、感謝も告げられない。
意識は沈み、酷い夢ばかりを見た。
父上と母上の死を、何度も。
オレっ娘に見捨てられる夢も。
三つ編み眼鏡に見放される夢も。
黒髪ロングに恨まれる夢も。
そして、青髪に殺される夢も。
教育係に、裏切られる夢も見た。
しばらくして、熱は峠を越えた。
ぼんやりとこれまでの事を振り返る。
混乱した記憶を、整理していく。
まず、悪夢の事件について。
黒髪ロングの父親が、母上を殺した。
理由は今のところ不明だ。謎である。
そして父上は報復を掲げて戦線布告。
その結果、敵国を滅ぼした。
敵国を治めていた三姉妹。
長女は帝で国家元首。教育係の母親。
次女は宰相の妻で黒髪ロングの母親。
三女は詳細不明で召使いの母親。
そのうち長女と次女を父上が殺した。
その結果、遺恨が残った。
黒髪ロングの弟の恨みを買った。
そして、父上は青髪に、殺された。
どうすれば良かったのか。
どうしたら悲劇を免れたのか。
それを繰り返し、検証してみる。
ボクの過ちは、随所に見られた。
直近では青髪への処罰の甘さ。
あの時、彼を殺しておけば。
いや、くすんだ青髪の眼鏡もいる。
どのみち、父上は殺されていただろう。
では、学園に通ったのが間違いか。
学園に通った結果、青髪と知りあった。
そして、彼はボクに執着した。
執着が問題なら変装なんかしなければ。
いや、ダメだ。正体は隠さないと。
下手したらあの場で殺されていた。
黒髪ロングが妃候補だったのが致命的。
青髪は姉である彼女を慕っていた様子。
何故、そんな彼女を妃候補にしたのか。
きっと父上は遺恨を解消するつもりで。
だからこそ黒髪ロングを妃候補にした。
けれどその結果、ボクは恨みを買った。
だがそれと同時に、彼女に助けられた。
黒髪ロングなくして舞踏会脱出は困難。
本当にままならない。堂々めぐりだ。
やはり最大の過ちは父上を止めた事か。
敵国の要人を皆殺しにしつ遺恨を断つ。
それを止めた結果、遺恨は残ったのだ。
つまりあの場で、ボクが止めなければ。
止めなければ、どうなった?
本当に皆殺しに出来たのか?
あの場に居なかった召使いはどうなる?
要人を皆殺しにした父上の立場は?
どのみち恨まれる羽目になったのでは?
黒髪ロングの父親は何故母上を殺した?
どうしたらいい。どうしたら良かった?
考えても、わからない。栓なきことだ。
もし、考えて解決出来るのだとしたら。
そもそもボクという存在自体が問題だ。
ボクさえ、居なければ、居なかったら。
悲観的な結論に至る前に、目を開く。
「むにゃ……殿下ぁ……おしっこがぁ」
見知らぬ天井から視線を下げる。
銀髪メイドが訳のわからない寝言を。
ボクのベッドにうつ伏せで寝ている。
一応、目線を下に向けて確認。大丈夫。
漏らしてない。おしっこは出てない。
傍に座って、看病してくれたメイド。
食べ物もロクに食べられなかったボク。
メイドの甘い卵焼きが生命線だった。
よって、如何わしい寝言は水に流そう。
彼女にはとても心配をかけてしまった。
メイドだけじゃない。姫君もそうだ。
薬や果物を差し入れてくれた。
召使いも時折ふらっと現れて。
やたらと身体を拭こうとしてきた。
無論、銀髪メイドに叱られていたが。
皆、それぞれ心配してくれた。嬉しい。
だけど、ボクにそんな価値があるのか。
結論が出せずに、苦悶する。死にたい。
手持ち無沙汰に銀髪メイドの髪を梳く。
メイドだけは、この事件には関係ない。
彼女の存在が、唯一無二の救いだった。
「メイド……ありがとう」
しばらく撫でていると、扉が開いた。
「なんじゃ、お楽しみじゃったかの?」
現れたのは女王陛下。お一人の様子。
慌てて身を起こそうとすると制された。
よいよい、楽にしておれ。みたいな。
鳶色の瞳を細めて入室する女王陛下。
女王は胸元が開いたネグリジェ姿。
姫君よりも当然ながら大人びている。
威厳と威圧感が迸る。姫君の将来の姿。
そんな色気と共に漂う、母上の香り。
窓の外は夜の帳がおりていて、真っ暗。
こんな夜更けにどうしたのだろう?
まだ残る熱でぼんやりとしていると。
女王は両手に抱えた土鍋を突き出した。
「妾特製のおじやを食べてみよっ!」
女王陛下はおじやを作ってきたようだ。




