ノンカピスコ・ひと夏の経験
朝起きると、玄関の所に白い手紙が落ちていた。
消印はない。
宛名はヨシキ
送り主の名はなかった。不審に思って、中を開けてみる。
『急募!高額アルバイト』の文字が・・・
『3日で百万円?』と続く。
仕事の内容は、アンケート調査とだけあった。
(3日で百万円?そんなバカな・・・)
しかし親からの仕送りは底をつき、早急にお金が欲しかったヨシキは
そのバイトに行ってみることに決めた。もう迷うヒマはない。
そこで何が行われるかなど、想像だにもせずに。
短くも、暑い狂気の夏が始まったのだ。
翌朝、返事をしたわけでもないのに、外には黒塗りのハイヤー。
『田中芳喜さんですね?』と運転手。
『そうですが・・?』と答えると強引に連れて行かれた。
走行中は、特殊なガラスで中からは様子がわからない。
どこに連れて行かれるのかは、予想がつかなかった。
しかし、30分ほど車に乗ると、指定の場所に到着。
古びた幽霊屋敷のような屋敷が見えた。
そこには10人ほどの男達が集められていた。
20代から30代、何奴も同じような格好をしていた。
そう無職のろくでなし。一目でそれとわかる面々だった。
『ようこそ、おいで下さいました。』
その時頭上から声。姿は見えない。
(よくある話。こんな設定、漫画で見た。)
きっと、この面々と俺は闘うのだとヨシキは思う。ゲームが始まる。
どうせ、金持ちの道楽に集められたのだと。
『3日で百万円』の誘い文句に、卑しく寄ってきたクズ。
しかし、甘い言葉には裏がある。
何を要求されるのか?ヨシキは身構えた。
『これから3日間 あなた方は何が起きようと一言も発してはなりません。
一言でも発したら、退場です。退場者には謝礼は出しますが、ここでの事は
一切他言してはなりません。』
(それは可能だ。)とヨシキは思う。
だっていつもほとんど家からでず、誰とも話をしない日々を過ごすから。
そう思っていたら、白い紙2枚とペンを渡された。
用があったら、これに書けと言うことか?
聞きたい事・話したい事があったら、それで筆談しろと説明がある。
しかし、紙は3日間で2枚きり。ゲーム開始のベルが鳴る。
『みなさん、服を脱いでください。』
(え?)
男達は、むっつり黙ったまま服を脱ぎ出す。饐えた匂いが部屋に充満。汗と体臭。
体臭の臭い奴の隣だと最悪だと暢気に思っていた。
『今から、10分間、隣の人をこそばして下さい。声を出した人は退場です。
ヨーイ始め!!』
一斉に、男達は互いに抱き合うように接近して、互いの身体をまさぐりあった。
そのむずかゆさに身体をのけぞるものもいる。
単純なのに、たまらず声を発しそうになる。
ヨシキは、隣の20代前半の奴を必死で責める。男は意外にもしぶとかった。きっとかなりの
強情な奴か、よほど金に困ってるのだろう。
(俺は、コイツと闘うことになるのかもしれん。)
『あ、あ〜やめてくれ!!!』
30代の男がまず退場。それから何人か続いたようだ。
(まだまだ〜負けぬわ)と紙に書き、歯を食いしばる奴もいた。
最初で、約半分が脱落。ぞろぞろと服を着て、謝礼をもらい帰っていった。
(ケッ!ふがいない奴ら。)
でも、自分もあの時、帰っていれば・・・とヨシキは後で思う。
残りは20代3人、30代2人
名前はヨシキ・ノボル・ケン・タケオ・シゲル
互いに紙に書いて、自己紹介した。紙は2枚なので、皆小さい文字でかく。
(次はなんだろう)とシゲル
(さあ・・・)とタケオ
同じ30代で、二人はうち解けたようだ。
1時間ほどの休憩の後、再び広間に集合、
みな頭に変な機器を取り付けられた。目隠しされたみたいに真っ暗になった。
『みなさん、何が見えますか?』
うっかり答えそうになるタケオ 気配でわかった。
きっと同じ光景を見ていたのだ。
走る電車の中、20代の女性が、お尻を触られていた。
執拗な手に、女性は半泣き。
『やめろ!!』叫んだのはタケオ。そこでタケオ退場
きっと善人なのだ。タケオは。
後ろ姿を眺める皆の目がそう語る。しかし、善人は救われる。
1日目、それだけの用事なのに、ひどく疲れ、食事を取ると
みな泥のように眠った。
(何とか一日乗り切ったな)(オオ、まだちょろいぞ)
互いの用紙に小さな文字で書きあう。
2日目、また昼頃、広間に集合。
それ以外にも私語は一切禁止。四六時中監視カメラが作動していた。
『みなさん、今からお楽しみタイムですよ。だいぶん、たまってるでしょう?』
そう告げると、女子高生が何人か入ってくる。
きっと同じように、お金目的で集まったらしい卑しいメス達だ。
『好みの子と仲良くして下さい。』
『ウオ〜!!!』
それを聞くや、思わず吠えたシゲル失格。
せめて上にのってから吠えればよかったのに・・・。
シゲルは恨めしそうな顔をして去っていった。
20代3人で、女子高生を凌駕した。声を押し殺し、獣のように腰を振る。
異様でさもしい姿。ヨシキも紙をくわえて、女子高生の上にのしかかっていた。
女子高生は事を終えると、
謝礼をもらい何事もなかったように帰っていった。
(アイツらの親の顔見たいよな。)
(きっと豚親だよ。最低。卑しいメス豚。)
しばし休憩の後、また例の妙な機器を頭にはめられた。
今度は、狭い汚い部屋が見える。
(俺の部屋だ・・・!?)
ヨシキは奥歯を噛みしめる。声を発しないために。
たった二日留守にしただけなのに、何か別人の顔のように見える自分の部屋。
そこへ男達が、押し入ってきた。
そして何をするのかと思ったら、いきなり部屋の物という物を壊し始める。
男達も無言で、まるで黒い影のように見え、不気味だった。
ヨシキのお気に入りの雑誌、本を破き、テレビが壊される。
(これは、バーチャル。落ち着け、落ち着け)
そうきっと後二日我慢すれば、何事もなかったように
あの部屋に帰れる、帰れるはずと信じようと目をつぶった。
手がふるえるのを、必死で押さえる。
『はい、休憩。お疲れさま。』
時間にすれば、わずかなはずなのに、手にイヤな冷や汗。
何時間も経ったような疲労感があった。
ノボルとケンの顔も蒼白。
同じ光景を見たのか?
休憩の間、メモを交わすこともなかった。
そして次もまた妙な機器をかぶされる。
今度は、チンチンと信号機の音がした。
小さな町工場が見える。
(俺の家だ)
ヨシキの父親の和夫が見えた。町工場で汗まみれで働いてる。
近所に新しいマンションが建ち、騒音問題でもめてると先日母親の洋子から
聞いていたが、自分には関係のないこととうそぶき、仕送りをせがむ
バカ息子の自分だった。
借金取りの催促らしい男達が見えた。
頭を抱える父親、誰もいない工場。
そこで・・・見た光景。
父親が首をつろうとしていた。
(親父〜〜。)
絶叫しようとしたのに、奥歯を噛んだ。
(これは、夢。バーチャル。嘘だ。)
(百万もらったら、親父、少しはやるよ。)
ぎゅっと目をつむって耐える。手が震えるのが治まらない。
『はい、終わり。今日はここまで』
ヨシキは、全身の力が抜け倒れ込んだ。
ノボルは、妙な機器をはずされると、嘔吐した。
何を見たのか?聞きたかった。
ケンは、うつぶせになりながら声も出さずに泣いていた。
(何を見た?)とヨシキ。
(妹がレイプされた)とケン
(俺は、大好きなばあちゃんが、介護士にいじめられてるのを見た。)とノボル
(お前は?)と二人に聞かれるヨシキ
(親父が首をつろうとしていた。)
(お前、止めなかったのか?)とケン
(お前こそ、妹レイプされてるんだぞ?)
(でもどうせバーチャルだろ?賞金もらえばいいんだから。)とノボル。
そう、そうであって欲しい。3人は互いに頷く。
しかし翌朝、届けられた朝刊を見て、愕然とした。
ヨシキの父親の顔写真が載っていた。
借金苦で自殺と記事が載っている。
(本当だった・・)
ノボルの祖母も施設内のイジメで死亡と記事も載っていた。
ケンの妹の記事も小さく載っている。暴行事件と。
『俺、おりるわ』とノボルが言った。
ケンはまだがんばるようだ。借金があるかららしい。
ヨシキはもう自分が何で、がんばるのかもわからなかった。
『お前ら、最低だな。』と捨てせりふを残し、ノボルは部屋を出ていった。
自分から辞退したので、謝礼はもらわなかったようだ。
もう二人しか残っていない。
3日目、今日一日の我慢だとヨシキは思っていた。
そして、広間に呼ばれた。
何をさせられるかと思ったら、日本刀を持たされる。ヨシキは足が震えた。
ケンは、目が据わっていた。もう自分たちは狂ってる。
『さあ、百万まで後もう一歩。でも、一人だけしかもらえません。
後は言わなくてもわかるでしょう?』
頭上の声は、楽しげだ。
(俺たち、見せ物なんだ。きっと)
自分たちの目に見えぬ所に観客がおり、視線があるみたいに
ずっと思っていた。
誰の姿も見えないのに、観客の歓声が聞こえる気がしたのだ。
そしてヨシキとケンは、無言で日本刀を振り回す。
どちらかが、先に叫べば済む話。別に殺さないでもいいのだから。
(頼む、お前から先に叫んでくれ)
祈る気持ちで、ヨシキは逃げまどう。
ケンは、血眼の目で、ヨシキを追い回した。先に刺したのはケン。
足のスネにあたり、血が流れる。ヨシキはじっと耐えた。
奥歯をかみしめながら。
(オヤジ、百万円、墓前にそなえてやるよ。バカな息子のせめてもの勤めだ)
ヨシキは、もうそれしか頭になかった。
逃げまどうばかりでは、ダメだ。
やはりケンを刺す以外にない。意を決して、ヨシキはケンに突進する。そして
日本刀を上から思い切り振り落とす。
『ギャーッ』
ケンの声が聞こえた。
(終わった、これで・・・俺の勝ちだ)
ヨシキは力つきて、倒れてしまった。
ピーポー、ピーポー
遠くに、救急車のサイレンの音が聞こえる。
ヨシキが目を開けると、そこは病室だった。
(俺は助かった・・・ケンは?)
全身、けだるく、容易に起きあがれない。
しかし、ベットの脇の棚の引き出しに、手をやると、
中には厚い封筒が入っていた。
(百万だ、百万。やったあ)
嬉しくて、ヨロヨロと立ち上がり、公衆電話に電話をかけに行った。
小銭はなぜかあったのだ。
『あ、お袋』
『ヨッチャン?どうしたのよ。どこに行ってたのよ。ずっと連絡してたのに。』
『ごめん、ちょっと留守してた。オヤジは?』
『・・・お父さん、自殺しちゃったのよ。』
やはり、バーチャルではなかった。ヨシキは呆然とする。
『ねえ、ヨッチャン、ヨッチャン、聞いてるの?』
『あのね、お袋、俺ね・・・。』
百万円持っていくよと話すつもりだったのに、後ろから肩をこづかれた。
振り向くと、刑事が二人立っている。
『田中芳喜さんですね。』
『・・・はい。』
『吉田健さん殺害の容疑で、署までご同行願いませんか?』
『・・・・???』
お金、お金を取りに帰らせてくださいと刑事に言うと
『あなたの病室のお金ですか?あれは偽札ですよ。』
『え?????』
ヨシキは力無く、しゃがみ込んだ。
『ヨッチャン、ヨッチャン、どうしたのよ。』
公衆電話の向こうで、母親の洋子が絶叫していた。