07・魔法の可能性 ☆
Side・アプリコット
あれから何度かグラス・ウルフの襲撃があったけど、プリムと大和君があっさりと撃退してくれたおかげで、無事にプラダ村に到着しました。
プラダ村は西に内海のナダル海、東にマイライト山脈とベール湖というように、水に囲まれたアミスター王国最北端の村になります。南はエモシオンやフィールからの街道があり、北はマイライト山脈を挟んでリベルター連邦との国境になっていて、ナダル海の中央にあるカンタル島と周囲のいくつかの島がアレグリア公国になりますね。
だからプラダ村に大きめの港を作れば、アレグリアやリベルターとの玄関口として機能してくれるんじゃないかしら?プラダ村はそんなに大きな村じゃないし、地形的に発展させるのは難しいからアミスター王家としても悩むところでしょうけど。
と、観光案内はこんなところかしらね。
それにしても大和君、本当にすごいわ。バリエンテにいた頃はプリムより強い人なんていなかったし、彼と比べたら戦い方が雑に見えてしまうぐらいだったわね。剣の型だけなら綺麗に見えるんだけど、実際に戦うとなるとその違いは素人目にもはっきりとわかってしまうということなんでしょう。
なんでもお父様が厳しい方で、剣術や刻印術に関しては徹底的に叩き込まれたそうなの。だけどその強さを鼻にかけるでもなく、自分に出来ることと出来ないことはしっかりと理解している、今時珍しい好青年だわ。
本音を言えばプリムを娶ってもらいたいんだけど、彼は客人。元の世界に帰る方法がわかれば、彼は帰ってしまうでしょう。子供が出来れば引き留めることは可能だと思うけど、彼にもご家族や友人もいるのだから、あまり無茶を言うことはできない。
悩ましいわねぇ。大和君がどう思っているかはわからないけど、プリムは私の目から見ても間違いなく一目惚れに近くて、ほとんど陥落寸前だっていうのに。
「母様、どうかしたの?」
「いつになったら、あなたが大和君に夜這いをかけるのかなと思ってね」
「なっ、何を言ってるのよ!そんなこと、出来るわけないでしょ!っていうかあたし達、昨日出会ったばかりなのよ!?」
声が大きいわよ!フォクシーは耳が良いんだから、そんな近くで大声出されたら耳がキーンってなっちゃうでしょ!それに大和君に聞かれたらどうするつもりなの!?
「大声なんか出して、どうかしましたか?」
ほら見なさい。あんな大きな声なんか出したら、誰だって気になって様子を見に来るに決まってるでしょう。
「な、なんでもないわよ!」
「そうか?それならいいんだが」
プリムは真っ赤な顔して恥ずかしがってるのに、大和君はケロッとした顔してるわね。本当に何のことか、わかってないみたいだわ。今のところ文句のつけようもない子だけど、もしかしたら恋愛関係にはものすごく鈍いのかもしれない。これは強敵だわ。
「それで大和君。魔物を買い取ってくれそうなお店はあったの?」
「いえ、残念ながらこの村にはないそうです。まあ見てのとおり小さな村みたいですから、仕方ないと思いますが」
それは確かにね。だけどそういうことなら仕方ないわ。お店がないのは困るけど、交通の要所でもあるから宿屋はあるみたいだし。そんなに大きな建物じゃないけど村の規模からすれば十分大きいし、人手の問題もあってこれが限界なのかもしれないわね。
「あとチラッと聞いた程度なんで真偽のほどはわかりませんが、最近フィール周辺に不穏な動きがあるらしいです」
「フィール周辺で?」
プリムと二人で眉を顰める。それはまた大問題ね。火のない所に煙は立たぬって言うから、根拠のない噂っていうわけでもなさそうね。
それにしても不穏な動き、ねぇ。アミスターはバリエンテと違って王家の権威が強いし、軍事力だってフィリアス大陸最大の規模があるから、フィリアス大陸統一の野望を掲げているソレムネ帝国だって迂闊に接触してこようとはしていなかったはず。そもそもアミスターは王家や貴族をはじめとしてのんびりとした性格の国民性だから、ソレムネとは逆に大陸統一なんて考えてはいなかったはずだけど。
「大和、不穏な動きって、具体的に何があったのかはわからないのよね?」
「ああ。その噂が出始めたのって、どうやら魔物が増えてきた時期と重なるらしくてな」
そういうことなら仕方ないでしょうね。そもそもグリーン・ファングがいる以上、グラス・ウルフはもちろんグリーン・ウルフだっているでしょう。Iランク上位のグラス・ウルフでも大変なのに、Cランクのグリーン・ウルフまで増えてるとなったらアミスター騎士団やハンターだって対処しきれないはずだわ。
だけど気になるわね。グリーン・ファングの出現と同時にフィールが孤立してしまうのは、地形的な問題もあるからある意味では仕方ないでしょう。だけど異常種なのだから、ハンターズギルドは必ず調査依頼を出しているはずだし、騎士団だって動くはず。なのに動いている気配が感じられない。事実、エモシオンではそんな噂は聞かなかった。
「大和、その噂だけど、エモシオンじゃ聞かなかったわよね?」
「ああ。グリーン・ファングを見たっていう噂ぐらいだな。その噂も目撃したのが夜だからっていう理由で、信憑性が低いんじゃないかって言われてた気がする」
プリムも大和君も、気になっているみたいね。
それにしても、エモシオンのハンターズギルドや騎士団は何をしているのかしら?異常種は目撃情報があれば、それが根も葉もない噂であっても詳細な調査を行うことになっていたはずよ。種族によっては国が傾きかねないほど強大な力を持っているのだから、それぐらいは最低限。
なのに動いていないなんて、色々な意味で大問題ね。これは最悪の事態も覚悟しておく必要があるかもしれないわ。
「出くわさないに越したことはないけど、万が一の覚悟は決めておいた方がよさそうね」
「だな」
大和君とプリムはハンターズランクで言えばそれぞれGランク、Sランクに該当して、さらに大和君はハイヒューマンに進化している。対してグリーン・ファングはSランクの、しかも異常種だから、直接戦うとなるといくら二人でも苦戦は免れないでしょう。
大和君の刻印術は魔法より洗練されていているし、魔力効率も魔法とは段違いな気がするから、大和君にお願いして少しプリムの魔法を見てもらった方がいいかもしれないわね。
Side・大和
「どうだ、プリム?」
「母様の予想通りね。まさかここまで魔力効率が良くなって、魔法の威力まで増すなんて思わなかったわ」
プラダ村に到着した翌日、俺達は予定を変更してもう一泊することになった。理由は形をイメージし、指向性を持たせることで魔法を使い、魔力効率を上げることができるかを検証するためだ。
グリーン・ファング対策になるかもしれないし、出来ることはやっておくべきだと思う。それに落ち着いたら俺もやってみようと思ってたことだから、アプリコットさんの提案に二つ返事で了承したよ。
俺は魔法を使ったことはないし、アプリコットさんも使う機会はほとんどなかったそうだし、グリーン・ファング対策も兼ねていることもあるから、この中で一番魔法を使った経験があるプリムが、適性のある火魔法で試してみることになった。
その結果、魔力の効率も良くなり、威力も上がり、さらにはイメージ通りに槍や矢の形にすることで貫通力まで増すという結果となった。目の前には穴だらけになりながら燃えている大きな岩が、その証拠になるだろう。え?見えないって?そうだな、蘇我馬子の墓って言われている石舞台古墳と同じぐらいの大きさになるかな。
「凄いわね。こんな大きな岩を、簡単に穴だらけにしちゃうなんて……」
なんでもこんな大きな岩を魔法で壊すなんてことは、ハイクラスハンターでも難しいそうだ。
元々ヘリオスオーブの魔法は戦闘補助といった位置付けになってて、ゲームとか小説とかでお馴染みの魔導士とか魔法使いは存在していない。火で相手が怯んだ隙に剣とか槍とか斧とかで攻撃するのが一般的らしい。魔力を注ぎ込んでも、火炎放射みたいな感じにしかならず、しかも制御を誤れば自分にもダメージが来てしまうため、扱いが難しかった。
だが今プリムが放った火魔法は、炎の槍や炎の矢といった形となって大岩を貫き、燃え上がった。さらに今、炎を宿したアイアンスピアの一撃を加えようとしている。
「へえ、武器に炎を宿したのか」
「魔力強化の応用ね。あれなら武器の損耗も抑えられるし、強化した槍をさらに強化する形になると思うわ」
アプリコットさんの言う魔力強化とは、無属性の魔力強化魔法マナリングのことだ。
他にも身体強化魔法フィジカリング、加速強化魔法アクセリングがあって、無属性魔法の基本となっている。
フィジカリングはその名の通り身体強化の魔法で、レベルが高い程ゲームで言う体力、STR、VIT、AGIなどが強化される。レベルが上がるとステータスも上がる、と思ってもらうのがいいと思う。
マナリングは魔力を強化する魔法だが、これはゲームで言うならINTやMNDの強化だ。だがマナ・ブースターによる強化は本人だけではなく、本人が装備している武具にも作用する。剣が折れにくくなったり、刃毀れしなくなったり、切れ味が鋭くなったりもするし、防具だと防御力が上がるのは当然、弱い攻撃は無効化してくれることもある。山とか森を探索していると木の枝や障害物なんかで鎧が傷つくこともあるが、マナ・ブースターで強化しておけばその程度で傷つくこともなくなる。ゲームとか小説とかで思っていたことだが、こういうことだったのかと納得したね。
最後にアクセリングだが、これは非常に扱いが難しい魔法だ。急加速して間合いを詰めたり、逆に離脱したりなんて使い方は初歩の初歩で、高レベルの使い手になると矢の雨を剣で全て打ち落とすなんてこともできるようになる。これは思考も加速させているためで、アクセリングを使っている間は周囲がスローモーションに見えることが大きい。集中状態を維持する魔法だと解釈したが、おそらくそう間違ってはいないと思う。当然集中状態だから魔法の威力も大きくなるし、連射することも可能となる。肉体、魔力、そして思考を加速させるわけだから、加速強化とはよく言ったもんだ。
ヘリオスオーブの人は、フィジカリングは普通に使いこなすし、マナリングも使える人は多い。レベルがあるから魔法強度には個人差があるが、それでも普通に生活するには問題ない。
だがアクセリングは使い手が少ない。これはアクセリングが上級魔法と呼ばれる魔法であるため、魔法の詳細はわかっていても使い手が少ないため、実際に目にする機会が少ないことが理由になっているそうだ。もちろん魔力量や難易度なんかも、使い手が少ない理由だ。
今プリムはマナリングで強化された槍を、さらに炎で強化しているようだ。プリムはその槍構え、大岩に向かって突っ込んだ。
そして槍が命中した瞬間、大岩は粉々に爆散した。危ねえな、おい!
「凄い……。こんな簡単に、これだけ大きな岩を壊せるなんて……」
これで決まりだな。ヘリオスオーブの属性魔法は発展途上、というか、ただあるだけ、っていう存在だった。だが刻印術の知識を使うことで、本当の意味で魔法になったと言える。いっそのこと、属性魔法も体系化してしまった方がいいかもしれないな。
「あれ?これってもしかして……。『ライブラリング』」
ん?突然プリムがライブラリーを出したな。別に体力とか魔力とかSTRとかVITとかAGIとかINTとかMNDとかが見れるわけじゃないし、スキルなんてのもないはずだろ?
「やっぱりだわ。大和、母様、見て」
「どれどれ」
なんかすさまじい勢いで尻尾が振られてるな。よっぽど嬉しいみたいだが、いったい何があったんだ?
俺とアプリコットさんは、頭にハテナ・マークを浮かべながら、プリムのライブラリーを覗き込んだ。すると……
プリムローズ・ハイドランシア
17歳
Lv.49
獣族・ハイフォクシー
白狐の翼族、元ハイドランシア公爵令嬢
うん、レベルが上がったばかりか、ハイフォクシーに進化されてますね。確かによく見たら、プリムの耳や尻尾にツヤが出てる気がする。レベルが上がれば進化しやすくなるって話だし、レベル50になったらほとんど強制進化するわけだから、プリムが進化するのは時間の問題だったと言えるだろう。
だがちょっと待て。なんでレベルが上がったんだ?魔獣を倒したわけでもなく、ただ大岩を粉々にしただけだろ?それだけでレベルが上がるなんて話、俺は聞いたこともないぞ?
「ついに進化できたのね。おめでとう、プリム」
「ありがとう、母様」
親子揃って凄い勢いで尻尾を振ってるな。いや、確かにめでたいとは思うんだが……。
「とりあえず、俺もおめでとうと言わせてもらうが……」
「ありがと、大和」
少し照れた様子で返礼してくれたが、少し頬が赤く染まって、すっげえ可愛い。もともと美少女のプリムにそんな顔されたら、ドキッとするな。
「でだ、なんでレベルが上がったんだ?レベルってそんな簡単に上がるもんじゃないだろ?」
そもそもヘリオスオーブに住む人々の平均レベルは、20後半から30前半ぐらいって言ってたよな?しかもレベル40以上の人ともなると、ヘリオスオーブ全土でも百人ぐらいしかいないって話なんだから、それはつまり簡単にレベルが上がらないってことになるよな?
「ああ、そういえばレベルの詳しい話はしてなかったっけ。レベルってね、強さを表す数字じゃなくて、魔力の総量と使用効率、伝達率が高い人を表す数字なのよ。レベルが高いほど魔力の扱いが上手いから、強さを表す数字っていうのも間違いってわけじゃないけどね」
そういうことか。
今回プリムのレベルが上がった理由は、大岩を破壊するために使った火魔法が、今までより効率良く使うことができたからか。聞けばプリムは、今まであまり魔法は使わなかったらしい。固有魔法の精霊の翼やボックス・ミラー、ブースター系はよく使っていたが、他の魔法はそうでもなく、高い魔力を持て余し気味だった。
それが今回魔法にイメージを重ね、指向性を持たせることで、その魔力を制御しやすくなり、魔力効率が良くなり、その結果進化に繋がったわけか。ということは進化って、魔力の扱いが上手い人ほど早く進化できるってことになるのかもしれないな。
一番多いのがレベル30代前半で、多くの人がレベル40の壁を超えることができない。だから進化してる人は数百人程度だと言われているらしい。
何にしても、魔法の目指す先が見えたし、プリムもハイフォクシーに進化したから、今回の検証は大成功ってことになるな。