12・極炎の翼
Side・プリム
大和が回収したのはブラック・フェンリルが1匹、グリーン・ファング2匹、ウインド・ウルフ9匹、グリーン・ウルフ18匹、グラス・ウルフ23匹の計53匹。とんでもない数の群れね。普通の商人とか貴族とかハンターじゃ成す術もなく死ぬわよ、これ。
まあそんなとんでもない群れを、大和はほとんど一人で倒しちゃったんだけど。あたしが倒したのはせいぜい10匹ちょっとね。
「それにしてもブラック・フェンリルなんてのが生まれてたのに、なんでフィールやザックじゃ誰も気が付かなかったんだ?異常種の上の災害種なんてのが生まれてるんだから、普通に国が出張るレベルの大問題だろ?」
大和の疑問はもっともだ。異常種だって目撃情報があれば、それが根も葉もない噂であってもSランク以上のハンターに詳細な調査が依頼されるんだから、相手が災害種なら言わずもがなだ。異常種や災害種を相手にしたら生き残るのは難しいけど、それでもグリーン・ファングの目撃情報はあったんだから、最低でもそっちの調査はされてないとおかしい。本当にどうなってるのかしら?
「確かに気になるけど、ここで考えてても仕方がないわ。フィールで二人がハンター登録をしたら、そこで話を聞けば少しはわかるでしょう。さすがに問題が解決してるなんて、ハンターズギルドも思ってないでしょうけどね」
母様の言う通りね。今ここで考えてても情報なんてないし、どうにもならないわ。
「それしかないか。それにこれだけの数を倒したんだから、少なくともウルフ種はもう襲ってこないんじゃないか?」
「かもしれないわね。その分、他の魔物が襲ってくる可能性があるけど」
グラバーンのオネストがいるから、そうそう襲われることはないと思うけどね。まあ頭の悪いゴブリンとかなら襲ってくる可能性があるけど、それぐらいなら脅威にはならないし。
「まあブラック・フェンリルやグリーン・ファングクラスはそうそう出てこないだろうな。それよりプリム、体調の方は大丈夫か?」
「え?ああ、うん。大丈夫だけど?」
いきなりあたしの体調なんて聞いて、どうかしたのかしら?
「そっか。いや、さっきは無理させたんじゃないかと思ってたからな。問題ないならいいんだ」
さっきって……ああ、グリーン・ファングを倒した時のことね。確かに今までにないぐらい魔力を消耗したし、緊張が解けたからどっと疲れがでてきたけど、グリーン・ファングを無傷で倒せたんだからあれぐらいは許容範囲内、っていうかあの程度で倒せたことが奇跡だと思ってるわよ。それに大和のおかげで、灼熱の翼を強化するための方法もわかったしね。
だけど心配してくれるんだ。なんか嬉しいかも。
「良い雰囲気の所悪いんだけど、オネストが警戒してるみたいよ?」
はっ!
母様にツッコまれるまで、普通に大和と見つめ合ってた気がするわ!恐る恐る母様の方に視線を向けてみると、案の定ニヤニヤしながらあたしのことを見てるし!
「あ~、警戒ってことはゴブリンか何かでも来ましたか?」
大和も母様に視線を合わせないようにしてるけど、照れてるのが丸わかりよ。あたしにもわかるんだから、母様が気付いてないわけがない。
「ゴブリンみたいね。今までより警戒してないみたいだから、本当に最低ランクの下級種しかいないんでしょうけど」
だったらオネストでも問題なく倒せるでしょ!いや、さっきかなり無理をさせたから、そんなことはさせないけどさ!
「えーっと……ああ、これか。距離は20メートルってとこだな。こっちの様子を見てるって感じだから、襲ってこないんじゃないかな?」
それにしても便利ね、刻印術って。確かソナー・ウェーブだっけ?自分を中心に網を広げて、指定した条件にあった対象だけ感知することができるなんて、そんなの無属性魔法にも固有魔法にもないわよ。
「本当に便利ね、刻印術って。刻印術を付与させた魔導具を作って売りに出せば、それだけで一財産じゃないかしら?」
「考えなかったって言えば嘘になりますけど、さすがに金を出せば万人が買えるとなると簡単にはできませんよ。俺の世界じゃこいつが実用化されてることもあって、結構な問題になることだってあるんですから」
大和が刻印具を見ながら苦笑している。聞けば大和の世界には刻印術師はそんなに多くないらしいけど、安価で刻印具を手に入れることができるから、誰でも刻印術が使えるそうなの。だから刻印術を悪用する人が後を絶たないんだって。そんな話を聞いたら刻印術を付与させた魔導具なんて、絶対に出回らせたくないわね。ヘリオスオーブでも絶対に悪用しようと考えるバカは出てくるから、今以上にバカが増えること間違いなしだわ。
「っと、どうやらゴブリンどもは逃げたみたいですね。多分オネストに恐れをなしたんでしょう」
普通の馬が引く獣車より速いってのもあるだろうけど、やっぱりグラバーンにケンカを売るゴブリンはいないわよね。
だけど今はゴブリンことより、強化された灼熱の翼のことだわ。まだ爆風の翼を重ねたというより無理やり風を送り込んだっていう感じだから、もうちょっと精度を上げないと魔力の消耗がバカにならないし、とても実戦じゃ使えない。フィールでハンター登録を終えたら、狩りの合間に色々と試してみないといけないわ。
「ところでプリム、爆風の翼で強化した灼熱の翼なんだけどな、極炎の翼っていう名称にしないか?」
「極炎の翼?悪くないけど大仰すぎないかしら?」
名前からして灼熱の翼より強力だってことはわかるんだけど、まだまだ完成には程遠いから完全に名前負けしてるわよ?
「グリーン・ファングを単独で倒せたんだから、大仰ってことはないだろ。それに練習には俺も付き合うし、アドバイスもできると思う」
アドバイスはありがたいわね。なにせあたしはなんで風が火を強くするのか、よくわかってないし。
そういえば雷もどうとか言ってた気がするわね。雷は刻印術じゃ火属性扱いだから大和は出来るって思ってるみたいだけど、魔法じゃ別属性扱いだし難易度もかなり高いから、まだまだ上手く使えないわよ。羽纏魔法の迅雷の翼だって、制御を間違えたら自爆しちゃうかもしれないし。それも大和なら何とかしてくれそうな気がするけどね。
羽纏魔法には灼熱の翼、大地の翼、爆風の翼、流水の翼、鉱破の翼、樹鈴の翼、迅雷の翼、吹雪の翼、閃光の翼、宵闇の翼の十属性があって、翼族はその中から適正のある魔法を使うことが多いの。
あたしの場合は灼熱の翼を使うことが多くて、次に爆風の翼ってとこね。他の羽纏魔法は流水と吹雪、それから宵闇が苦手で、大地、鉱破、樹鈴の実体がある翼は使いこなすのが難しく、閃光は対アンデッドに必須だから翼族じゃ使えない人はいないんじゃないかってところね。
こうしてみると迅雷は得意でも苦手でもないから、いずれは極炎の翼に組み込むことができるかもしれない。まだ先は長いだろうけど、新しい羽纏魔法なんて考えたこともなかったわ。フィールに着いてからの楽しみも増えたし、すっごく面白そうだわ。しっかりと大和のアドバイスを聞かないといけないわね、これは。
あたしは先のこと、極炎の翼のこと、そして大和のことを考えながら、フィールまでの旅路を楽しむことにした。幸い魔物に襲われることもなかったから、ゆっくりと考える余裕があったわ。
そして日が沈みかけた頃、あたし達はついに目的地でもあるアミスター王国北部にある山と湖に囲まれた魔銀の街、フィールに到着した。