02・旅の目的
Side・プリム
今朝大和、マナ、エド、マリーナ、フィーナがバリエンテに向かって出発した。夜にはアルカに帰ってくるけど、何気に大和と別行動なんて、出会ってから初めてなのよね。よく考えなくても常に一緒にいたから、けっこう寂しいわ。
本当ならあたしはもちろん、ミーナやフラムも同行したかったんだけど、今回バリエンテに行く目的は二つあって、一つはフィーナの家族を連れてくることだけど、フィーナの家族はあたしにとっては仇とも言える王爵、ギルファ・トライアルの領地にある。ギルファは何度も、しかも無理やりあたしを娶ろうとした男だから、当然あたしのことはよく知っている。
もし見つかってしまえば、アミスターとの間で戦争が起きてしまう可能性もあるから、あたしがバリエンテに行くことはできない。フィーナの生まれ育ったロリエ村は、ギルファが居を構えているセルカの街から三日程かかるってことなんだけど、森を歩きなれてる人なら二日ぐらいで着くから、とてもじゃないけど安全とは言い切れないのよ。
もう一つの目的はマナの妹、アミスター王国第三王女ユーリアナ・レイナ・アミスターを迎えに行くこと。だけどユーリが今どこにいるかはわからないから、こっちはどれぐらい時間がかかるかわからない。ユーリもアミスター王家の姫君だから護衛はしっかりしてるだろうし、バリエンテ側も迂闊なことはしないと思うけど、魔物はどこからでも襲ってくるから油断はできない。
それにあたしの存在がバリエンテにバレてしまえば、ユーリを人質に取ってあたしとの身柄交換を要求してくる可能性もある。もしそんなことになったら、あたしは身柄交換に応じるつもりでいるけど、バリエンテ側が素直にユーリを返すかどうかが疑問だから、できれば早めにユーリを迎えに行きたい。さすがに街中でユーリを拉致なんてことはしないと思うけど、森の多いバリエンテには死角も多いから、道中で襲われる可能性はあると思う。あたしがバリエンテに向かえばその確率を上げることになるから、それから考えてもあたしはフィールで大人しくしてるしかないのよ。
「それでも問題はあるんだけどね」
「ありますね」
「そうですね」
「ああ、あのことですね」
そっちも問題だけど、あたし達にはそれよりも大きな問題がある。レベッカも気付いてるみたいだけど、こればかりは本当にどうなるかがわからない。いえ、結果はわかりきってるんだけど、あの子は素直じゃないから、何かきっかけがないとダメだと思うのよね。
「……いったい何の話なんですか?」
ラウスもわかってるはずなんだけど、あたし達の迫力に押されて引いちゃってるわ。
「もちろんマナリース様のことよ。一緒に行動するようになってから三週間近く経つから、そろそろ答えを出してもらいたいというのが私達の本音なのよ」
フラムの言う通り、あたし達にとって一番の問題はマナのこと。フィーナの件が済んだらエド達は戻ってくる予定だから、ユーリと会うまでは二人きりで行動することになっている。それでもマナが決めてくれるかはわからないけど、いいきっかけになってくれることは間違いないと思う。羨ましいんだけどね。
「それに大和さんも、瑠璃色銀の多節剣とウインガー・ドレイクのアーマーコートをプレゼントされてますから、マナ様が決断されればあとはトントン拍子に話が進むと思いますよ」
昨日の引っ越しに合わせて、マナが頼んでいたウインガー・ドレイクのアーマーコートも完成している。白菫色のコートに大和のより少し小さい肩甲、あたしのより大きいけど数は少ない腰甲、フラムみたいに肩甲と一体化して左右に分かれて腹部にまで伸びている胸甲、そして瑠璃色に染めた膝下丈のスカートと、ミーナよりは軽装だけどそれでも騎士に見えるデザインになってるわ。
そのマナのアーマーコートと多節剣だけど、実は大和が自費で頼んでるのよ。多節剣は瑠璃色銀製だけど、こっちはクラフターズギルドを通して正式に品評依頼をするわけにはいかないし、無償で作ってもらうわけにもいかなかったからね。
「でも大和さんが、そこまで考えてマナ様にプレゼントしたわけじゃないですよね?」
「それはないわね」
「ですね。ですけどマナ様のことはここで私達が議論しててもどうにもなりませんから、とりあえずはバトラーズギルドに行きましょう」
確かにマナが自分で決めないと意味がないことだし、何より当の本人がここにいないんだから、話も進まないか。
あたし達は狩りに行く前に、バトラーズギルドに披露宴の給仕依頼を出すことにしている。既にあたし達がアルカっていう客人の遺跡に住んでることはけっこうな人が知ってるし、一度連れて行って欲しいってせがんできたハンターもいる。断ったけどね。
なので披露宴は、アルカで行うことになっているわ。
バトラーズギルドの下位ランクバトラーは派遣されることが少ないから、こういった宴会とか披露宴とかに臨時で派遣されることがあるんだけど、実際に人に仕えることになったらこういうことも増えるんだから、いい経験になるってことでバトラーズギルドも喜んで受けてくれるのよ。
今回が急な話だってことはあたし達も理解してるから、ランクは問わずで10人程、指導ができるランクの高いバトラーを数人雇うつもりにしているわ。さりげなくバトラーズギルドに行くのは初めてだけど、なるべくいい人を紹介してもらいたいわね。
Side・大和
俺は今、ジェイドの背に乗ってザックの上空を夕陽に向かって飛んでいる。表現だけならかっこよく聞こえるが、実際は西日が強くて仕方がない。隣にはシリウスに乗ったマナリース姫、エド、マリーナ、フィーナもいるぞ。
「あれがザックってことは、あの山の向こうに見えるのがポルトンか。こんなとこまで来たのは初めてだな」
「何度か王都に行ったことはあるけど、エモシオンからメモリアに抜けてたしね」
メモリアはリカさんが領主をしているアマティスタ侯爵領の領都とも言うべき街だ。目の前にはラソ湾が広がっていて、裕福な人はそこから船で王都に向かう。船中泊は必要だが、それでも陸路で向かうよりも早いそうだ。
王都にある大世界樹はメモリアからでも見えると聞いている。城が入るぐらいデカいって話だから、一度ぐらいは見てみたい。
「バリエンテに行くにしても、ザックはあまり使わないからね。だけど森が多いバリエンテはどこから魔物が出てくるかわからないから、私がバリエンテに行く際はシリウスにお願いしてたわ」
「ああ、確かバリエンテにはアマゾネスがいましたっけね」
エドの口から出たアマゾネスってのは、女性だけしかいない亜人で、見た目はダークエルフと変わらない。普通に服を着せて町を歩いてたら気が付かないんじゃないかって言われている。だけど亜人だけあって話は通用しないし、春の繁殖期に入ると男をさらっていくっていうから大変だ。
アマゾネスの他にもウンディーネとよく似たセイレーン、エルフの翼族と似たワルキューレがいて、やはり繁殖期に入ると男をさらう。男の精を受けなければ繁殖できないそうだから、ゲームとか小説とかでよくある亜人とは真逆な感じがする。
さらわれるのは成人前の少年が多いが、中には自分から進んでついて行くバカもいるらしい。この四種の亜人はとても男好きのする体をしてる上に男が死ぬまで面倒を見てくれるそうだから、直接命を狙われる心配はないが、ほとんどは数年で搾り取られて死んでいくとも言われている。
バリエンテは森の国とも呼ばれるほど森が多いため、アマゾネスはバリエンテ最大の難所ガグン大森林をはじめとして、けっこうな場所に集落を作っているそうだ。
「アマゾネスなぁ。魔石以外だとダークエルフによく似た銀髪が素材になるって聞いてるけど、代用品はいくらでもあるから旨味がないんだよなぁ」
「確かにね。しかも見た目の問題があるからハンターズギルドでも死体じゃ買い取ってくれないし、クラフターズギルドも解体お断り。自分で魔石を抉り出して髪を切らないといけないから、けっこう精神的にクるものがあるって話よね」
アマゾネス、セイレーン、ワルキューレは見た目が人間と変わらないこともあって、異常種や災害種でもなければ町中へ持ち込むことを禁じられている。俺もギルドの鑑定室で積み上げられたアマゾネスだとかワルキューレだとかは見たくないからその規則には賛成なんだが、それでも素材が魔石と髪のみで、しかも自分で剝ぎ取らなきゃいけないとなったら、さすがに二の足を踏む。しかもこいつらはオークやコボルトなんかよりワンランク、ゴブリンと比べればツーランクは強いから、倒すのも簡単じゃない。
「二人が気にするのもわかるけど、あたし達は空を飛んでるんだから、森に棲んでるアマゾネスに襲われることはないでしょ?」
「そりゃそうだ。っと、悪い、少し降りてくる」
そんな話をしてると、眼下に数匹の魔物の姿が見えた。もし見つけることができたら狩ろうと思ってたが、こんなに早く見つけられるとは思わなかった。
「何かあったのか?」
「ああ、あれを見つけたのね。了解、行ってらっしゃい」
さすがマナリース姫、話が早い。
俺が見つけたのはフォレスト・ディアーっていうCランクの魔物だ。見た目は鹿なんだが蹄じゃなく肉食獣の爪を持ってて、しかも肉食で凶暴だって話だ。
だが肉は非常に美味でバリエンテの名物にもなっているから、見かけたら絶対に狩るつもりだったんだよ。さすがに場所は時と場合は考えるが、今はポルトンを過ぎて森に入ったところだし、一番近い村までもけっこうな距離があるようだから、ここで行かないっていう選択肢はない。しかも三匹いるから、ここで確保しておけば披露宴で使っても余ることは間違いないだろう。
あまり時間をかけるつもりもないから、俺はジェイドに乗ったまま薄緑を抜き、ブラッド・シェイキングを発動させた。同時にアイス・スフィアを展開させながらフライ・ウインドを発動させてジェイドの背から飛び降りると、そのまま空から強襲を仕掛け、一息で二匹の首を刎ねる。そして残った一匹がこちらに気付くと同時にアクセリングを使って加速し、同じく首を刎ねて仕留めた。
「よし、食材確保完了だな。さすがに血抜きをしてる時間はないから、このまま収納するか」
魔物によっては血も素材になりえるが、そんな魔物は少数だ。フォレスト・ディアーもその例に漏れず、血は捨てるしかない。披露宴まであと一週間もないから、俺も出来る限りの下準備はするつもりなんだが、さすがにバリエンテ国内だとそんな余裕はない。
俺は三匹のフォレスト・ディアーをストレージに収納すると、再びフライ・ウインドを発動させて上空で待機しているジェイドの背に跨った。