時代6 矢巾楊一
渡真利が丘小学校、6-3教室内。
黙々の村渡悠良は、単独で給食を摂っていた。
陰で薄笑いする滝内亜里菜は、その友人たちを引き連れて、ヒソヒソと何やらトークしていたのだ。
同級生の矢巾楊一は、単独で食事する彼女が見ていられなくて、亜里菜やその集団が許せなくなった。
「おう、楊一よっ、食事中ドコ見てんだよ!!」
変に突っ掛かる楊一の友達の中尾がお節介を焼こうとしている。
「マサカよ~、亜里菜はご令嬢なんだぜ」
「ちがうって。ただ見てられないんだ」
楊一の視界間近には確かに亜里菜の席に届くが、その奥には悠良の席へ届くことになる。中尾が亜里菜のネタにしてしまっても仕方がない。
「誰よ~ん。楊一く~ん、もったいぶらずに教えてよ~ん」
「いちいち気色悪い声だすな、馬鹿中尾」
「馬鹿をつけるなよ。もしかして初恋かい?」
からかわれて顔を赤らめる楊一。
「あいつの顔……いつもよりも悲しそうだ。好きなヤツにフラれたのか?」
「お~い!! 楊一くん、あいつって誰よ~!!」
「うるさいな。黙って食えよ!!」
「……つれないよな、もう」
「ふん……」
その日の放課後。
掃除当番であくせく作業に励む楊一だった。
掃除当番の机移動係の悠良を見遣ると、さりげなく話かけようと試みたのだった。
「なあ……あ、なんだ……村渡」
「ん? なあに、矢巾くん」
「いつもよ今日は、なんか元気無くね?」
「ううん、そんなことないよ」
「んああ、オレの取り越し苦労かもな。聞いてすまなかった」
そういったところで一旦話は断絶した。
帰宅時間。
掃除を終え教室のみんなが徐々に減っていく中、友達の中尾を見送った楊一が悠良を引き留めた。
「なによ……掃除の時といい、大丈夫、あんた?」
「それは、コッチのセリフだよ。今日一日おかしいぞ、村渡さぁ」
「矢巾くんには関係ないから」
「待てよ!! 悩みあるんなら、相談乗ってやる」
「馬鹿じゃないの? 相談なんていらないから……」
せかせかと帰宅しだす悠良。楊一は留められなかった。
呆然と立ち尽くす楊一に木本という男子が声をかけてきた。
「僕も、見たよ……村渡は亜里菜に虐められてるようだったし」
「虐めは始めから知っていたさ」
「僕ね、亜里菜が他クラスの村渡の友達を引き裂いたという噂を脳内電波塔でキャッチしたんだ。話乗ってみるかい?」
「引き裂いた!? 亜里菜お得意の『仲違いジャック』とかいうヤツか?」
「仲違いジャック対象にとうとうなったらしいんだよ。村渡は……」
「許せないな。徹底的に、亜里菜をぶっ潰して……あ、この学校の土地、亜里菜の親御が買い占めてたんだよな。しゃしゃり出たらヤバイかもな」
明くる日、楊一は悠良を説得、中尾は亜里菜を説得し両者を連れて屋上に呼び出した。
「アレ……男子がどっか消えた!? え……なんであなたいるのよ」
「え……矢巾くん、見なかった? 亜里菜さん」
「そんなの知るわけないでしょ!! チッ、男子に図られたわ」
「企んでたの……かしら」
「こんな女、二人きりで見てらんないわ。折角唯一のお付き合いの子と仲良かったのにね。残念だったわね。私が茶茶入れて引き裂いたのに、まだ音に持って、バッカじゃない?」
その屋上の視界に入らない物陰から、カヤコが出てきたのだった。
「その話……ホント? 滝内さんと言ったわね。ふざけないでくれる?」
「いつからいたの?」
「6-3の男子からよ。そんなことより、茶茶入れて引き裂いたってホントなの?」
「そうだとしたらどうするワケ?」
「あなたが悠良に謝れとは言わないわ。ただし、あたしから退いたのだから、あたしがアノ子に謝って仲を取り戻すから」
「ふん、勝手にすればいいんじゃない?」
「あ、あうあうあう~……カヤコさんありがとう」
「いいえ、あたしがトチったからこんなことに……ゴメンね、ユラン」
「あたしは大丈夫だよ」
それ以降より、毎回仲違いジャックを楽しんでいた亜里菜は、もうそんな低レベルの行為はしなくなった。
そして――。
悠良は、他クラスのカヤコを6-3に招き入れて女子コミュニケーションの幅を広げたのだった。