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つばきひめ-2

妹女郎が死んで、そのままわたし付きの新造が決まらないまま数日が経った。なにがあったかと言えば、ちょっと権力を大きめに持っている御大名さんに気に入られた。


「つばきねえさん、またあの御大名さんだよ」


「……あいよ。ありがとう、すず」


「良かったねェ、ねえさん」


重たい衣装を引きずりながら廊下を歩いていると、とたとたとすずがついてきた。もうそろそろこの子を新造として預かってくれる女郎を探さなくては、と主人が言っていたのを思い出す。たぶん、わたしのところに来るんじゃないんだろうか。そんな気がする。


「御大名さん、ものすごくつばきねえさんのことを気に入ってくだすってるみたい」


「えぇ、そうね……でも、元々はあやめねえさんの馴染みだから」


「心苦しいって言うの、ねえさん」


ぴしゃん、という響きの声に、わたしはすずを見る。強気な瞳は、きらきら輝いた。


「つばきねえさん、ねえ、ここはのし上がっていくしかないのよ」


「そうね。きっとあなたなら、のし上がれるわ」


「そうじゃないわ」


ぴしゃん。強い言葉。


「つばきねえさんだってのし上がれるわ。この廓で一番綺麗で、一番優しいもの。つばきねえさんがのし上がるべきなのよ」


「……わたしは、もう、太夫だし」


「違うのッ」


駄々をこねるような叫びはとても懐かしかったから、不愉快ではない。このあいだ死んだあの妹女郎だって、よくわたしに甘えていたし、たまに駄々をこねた。可愛らしい、と思う。


「違うの!つばきねえさんはもっとすごいところにいるべき人なのよ。こんな廓の片隅にいるべきじゃない!」


「こんなところ、なんて言わないの」


すずの額を撫でる。化粧をまだ知らない肌だ。もう少しで客のいる部屋に入るから、すずはここまで。


「わたし、この廓に売られたの、平気なのよ」


「……?」


「ちいさい子供の、口に入る食べ物の元になれるって、良いこと、よね」


          *


とん、てん、しゃん、とん、てん、しゃん、の音を思い出す。花魁道中は何度もしたことがあるけど、好きではない。きらい、な、ことは、たくさんある。しょうがないこと、よね。


「つばきの花は首折れて、さくらは散る散る……」


窓から人差し指を伸ばして、つばきの花を引きちぎった。流行りの歌を口遊む。花の枯れ方の歌は、とってもわたしたちに相応しいと思った。つばきの花は首折れて、さくらは散る散る……。


「つばきねえさん」


「……あいよ」


「お手紙よ」


はい、とすずが手紙を差し出す。宛名は聞かなくともわかる。どうせあの御大名だろう。手紙を受け取るために手を伸ばしたら、すずが悲鳴を上げた。


「やだねえさん、その手はどうしたって言うの!?」


「え?あぁ……」


「傷薬を取ってきます!」


「あ……いいのに」


指先をつばきの枝で切ったのか、血が滲んでいた。着物に付けないようにとりあえず指先を口にくわえた。鉄さびの味がする。畳につばきの花と手紙が落ちている。明日は花魁道中。ここ最近、あの人、わたしがちょっとでも外に出るの、嫌がってるようだけど。


「つばきねえさんっ!ほら、手をお出しになって!まったく、なにをしたっていうんです?」


「……つばきの花が、ほしくて」


「そんなの若い衆に任せたらいい話しでしょう!?つばきの花が欲しかった……って、窓から乗り出さなくちゃ取れないじゃない!」


「そうね。たいしたことじゃなかったわよ」


「たいしたことじゃなかったって話しじゃないです!そんな、ここから落ちたら大変なことになるわ!」


「大丈夫よ……」


「大丈夫じゃありません」


きゅ、と薬を塗るために添えられたすずの手に、力が入った。わたしを見上げる目にはかなしい光が灯っている、気がした。


「絶対、大丈夫じゃ、ないわ……」


「わかった、わかったから。ごめんなさい、もうしないわ」


「絶対?」


「絶対」


「……あたし、この廓でいっとう好きなの、つばきねえさんなのよ。だから死んだら、許して、あげない」


「わかったわ」


すずが柔らかく笑う。禿の中のすずはいつだって張り詰めた顔をしている。母に父に売られたと悲嘆にくれる少女もいる中でその立ち姿は、凛と、浮いていた。それはこの廓の中で最も必要な性格なのだろうけど、幼い少女の成長には不必要なものだった。


「すいません、こっちに薬箱ありますか」


「あ、はい、あります」


男の声がした。薬箱を抱えてすずが慌てて立ち上がる。ふすまの向こうで待っていた男は柔らかく笑う。


「もうご用事はお済みで」


「ええ。ごめんなさい、わたしが怪我をしたからその子が持っていったの」


「そうか、太夫さんになにかあったならそりゃあ大騒ぎになろうなぁ」


すずから薬箱を受け取って、すずの額を撫でるその仕草を見て、わたしは口を、何故か開く。


「お暇なときでよろしいから、わたしにつばきの花を持ってきてちょうだい」



なんとかここまで書きたいと思ってた真夜中から気付きたら朝です。外が眩しいです。おかしいですね。


太夫、というのはいわゆる花魁のことで、一番高い位のことだそうです。新造、というのは見習いで、新造を抱えるためには相当お金がいったりお客さんに世話をしてもらったりするそうで、並の女郎では出来ないそうです。禿はまだ連れてこられたばかりの少女たちです。


馴染みを変える、と作中ではあっさり言ってますが、馴染みを変えるのは基本的に禁止だったそうです。うっかりすると出禁とかとか。どうしても変えるっていつ場合はめちゃくちゃお金を払わなきゃいけないんだそうです。


……みたいな付け焼き刃の知識を付けたりなんだりしてました。ありがとうGoogle先生。今日もお世話になりました。調べている途中に見た花魁の写真が実にうつくしかったです。


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