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つばきひめ

「ね、え、さ、ん」


「……どうしたの」


すぅ、と病的に青白くて細い手が、宙をさまよう。廓の赤みを帯びた照明の中で、ぼぅ、と浮き上がるそれは、青白く燃えるという、ひとだま、のようで。


「ねえさん、お歌を聞かせて」


「いいわ。なにがいい?」


すぐさま隣の琴を引き寄せた。本来ならば客のために鳴らす琴をこうやって妹女郎のために弾くことを、この店の主は気に入らない、のだけど、気にしてはいられなかった。


まぁ、どうせ、後はみじかい。


「かぁさんの、子守歌」


「……あんたのかぁさんの子守歌かはわからないけど。いいの?」


「ねえさんが、わたしの、かぁさんなのよ」


豪奢な布団の中で、青白い顔が笑みを作ろうともがいている。ああ駄目だ、とわたしは思う。身体を売る女が笑みを作れなくなったら、それは死と等しいのだ。わたしは黙って琴を弾く。うた。うたいましょう。歌は、得意じゃないけど。


妹女郎は、次の日の朝日を見ないで、死んでいった。


          *


主人の部屋まで行って、妹女郎の死を連絡した頃には、妹女郎の死は廓の中でもう広まっていた。まだ若かったのにねェ、というのは、もっと店にお金を落としてから死になさい、という意味。


ここ数日、見世に出ていなかったので、主人からの言葉は冷たかった。今夜からは見世に出ます、なんて言って、そんなわたしの心の方がよっぽど冷たいのだけど。水揚げまでどうにか働かないといけないのだ。


わたしがここに売られてきたのは、十の歳にも満たないころだった。だからわたしは母の顔も父の顔も覚えていない。それが当たり前だから、特にどうと思うわけでもなかった。強いて言うなら、出立の日に母に抱かれていた弟は、いま元気だろうか、ということくらいで。


つらつらと考えていたら、姉女郎が来たので、ちょっと下がって道を譲る。


「……つばき」


「はい」


つ、と冷たい気配がした。


「あんた、このところ見世に出てないようだけど」


「……妹女郎が、病気で」


「そう。わざわざ世話をしてやってたの。優しいことねェ」


「……今夜から、また出ますので。よろしくお願いします」


顔を伏せる。どうかこのまま興味を持たずに去って欲しい。この姉女郎は気に入った妹女郎にはとっても優しいのだけど、ちょっとでも気に食わないところがあるととても冷たい人になるのだ。


「……ふん。ちょっと売れてるからってあまり調子に乗らない方がいいよ」


しゃら、と衣擦れの音がした。姉女郎の香の残り香がむせかえるよう。なにもせずに立ち去ってくれたのになんとも言えない痛みを残された、気がする。


「……つばきねえさん、つばきねえさん」


つんつん、と着物の裾を引っ張られた。するん、と魔法のように現れた禿を見て、わたしは笑みを作る。そう、わたしはまだ笑みを作れるのだ。


「どうしたの、すず」


「あのね、昨夜、つばきねえさんが琴をひいてたでしょう?そしたら、あやめねえさんのお客様が『ああ、この琴の方が心地よいな』って言っちゃったんですって。だからあやめねえさんはご機嫌が悪いの」


「おやまあ」


くすくす、と今年で十二の歳を数えるすずは笑う。無邪気に目が眩んだ。どうせ、もう一年もしないうちに、見世に出なくてはいけなくなるんだけど、ね。


「そのお客様もお馬鹿ねェ。あやめねえさんは悋気が激しいのに。つっけんどんにされたって言いながら帰っていったわ。お見送りもしてくれなかったのよ、あやめねえさん。だから、すずが代わりにお見送りしたの」


「……あんまりそれを、たくさんの人に言うのはおやめなさいね」


「はぁいっ」


ぱたぱたぱた、と赤い塗料で塗られた廊下をすずが走る。わたしもあんな風に走ったことがあるかしら、と考えて、やめる。そんなの、あるはずもない。


部屋に戻って、琴を少しだけ弾いた。一番上の位の、太夫の位をもらっているから、とてもいい部屋に住まわせてもらっている。部屋の外には赤いつばきが咲いていた。


もう少しで、春だったのに。


せめて春の中で、死んだら、良かったと、思う。



プロローグ。花と少女の寿命は等しい、の核心に触れぬままです。なろうさんでは初めての連載なのでどつなるかなぁと思ってます。とりあえずゆったり更新の予定です。

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