⑨魔法
「父さん」
心配で様子を見に来た、母親と明日歩です。
「上手くいったようですね」
そんな母親の言葉に、二人が去って行った方を目を細め見ながら、サンタは頷きました。
「でも、ここまでしなくたって良かったんじゃない?」
明日歩の鋭い突っ込みに、サンタが笑います。
「たまたま知り合いに特殊メークできる奴がいたから、一度やってみたかったんだ。忘年会の余興で使った手品道具が、こんな所で役立つとはな。持つべきものは友達だな。本当、なかじぃには頭が上がらんな」
「野村さんにもでしょ」
「お礼、しなくちゃな。ああでもやっぱ、夏にサンタはきついな。もう汗びっしょりだ。帰ったらシャワー浴びて、ビール飲むぞ。明日歩、お前、熱大丈夫なのか?」
「父さんが心配で、下がっちゃったよ」
「何で心配なんだよ」
「そんな父さんだからでしょ」
親子三人並んで公園を後にします。
サンタはもう一度振り返りました。
”カランコエクエフンワカフンワリプーワプワ”
もう一度心の中で、呟いてみます。
駅前で、泣きじゃくる男の子の頭を撫で、この言葉を教えたのは、紛れもなく明日歩の父親です。
仕事帰り、母親の手を振り払い、改札口の前を動こうとしない少年に、優しく声を掛けたのです。
「おじちゃん、ここだけの話なんだけどね、実はヒーローなんだ」
驚いたように見上げた和馬に、にっこり微笑んで頷きました。
そんな言葉、簡単に信じるほど、和馬もバカではありません。
「嘘だ」
言い返す和馬に、ハンカチ手品を見せてやり、この魔法の言葉を教えたのです。
「これは元気が出るおまじない。さあ顔を上げて、今日から君がお母さんを守るヒーローなんだから」
和馬は大きく頷き、母親の元へ戻っていきました。
公園で、何度か一緒になった顔見知りです。
遠くで会釈する和馬の母親に、明日歩の父親は深く頭を下げました。
「父さん」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
父親は、明日歩の頭を撫でてやりました。
どうやら、季節外れのサンタクロースからのプレゼントは、母親の元にも届いたようです。
星が瞬く空を見上げ、上手くいくと良いなと、父親は願うのでした。