⑦夕焼け
一人取り残された和馬は、ブランコに座りました。
漕ぐ気にはなれません。
ぼんやりと、黄金色になり始めた空を見上げ、フーとため息を吐きます。
なぜか、急に悲しくなって来てしまったのです。
「カンカラコエクエフンワカフンワリプーワプワ」
和馬は、声に出して言ってみました。
それでも涙が出て来そうになり、もう一度、今度は大きな声で言ってみます。
「ウホホホ。なかなかといい呪文じゃのぅ」
不意に後ろから言われた和馬の肩が、びくっと動きました。
「ウホホホ。少し早いが、メリークリスマス」
早いどころじゃありません。かなり間違っています。
振り返った和馬は、それでも涙をポロポロ流し、サンタの顔を見上げました。
長いひげを生やしたサンタが笑って、和馬を抱きしめます。
「きみかね、私をずっと待っていてくれたのは」
コクンと和馬が頷きます。
そうです。毎年、商店街の短冊にサンタが来てくれるように、和馬はお願いしていたのです。
和馬はどうしても、サンタにお願いしたいことがあったのです。
サンタは優しく和馬の背中を押し、ブランコを動かし始めました。
ブランコの軋む音が、辺りに響き渡って行きます。
「どうしてきみは、私に会いたかったのかね?」
サンタの質問に、和馬は躊躇いました。
ん? と首を傾げたサンタが、ブランコを止め、真正面に回り首を傾げて見せます。
和馬は、お菓子やおもちゃんなどいりません。みんなが夢中になっているゲームだって欲しいと思ったことなんて、一度もありませんでした。
欲しいのは、お父さんです。
お父さんが家を出て行く時、和馬は必死でそれを止めました。
冬の寒い日です。
商店街にクリスマスツリーが飾られ、クリスマスソングが流されていました。
駅まで追いかけて行って、改札を抜けようとするお父さんの背中にしがみつき、そして必死で聞いたのです。
「いつ、帰って来るの?」
お父さんは、何も答えてはくれませんでした。
和馬は必死で考えました。何を聞いたらお父さんが答えてくれるのかをです。幼い和馬に、父親を引き留める術が分からないのです。それでもこの手を放してしまったら、終わりだと言う事は、分ります。
そして聞いたのです。
「どうしたら、どうしたらサンタさんに会える?」
泣きじゃくって止める和馬の質問に、戸惑うように父親は少し考えて言いました。
「和馬が泣かないで、いい子で待っていれば、きっと会いに来てくれると思うよ」
「本当に?」
「ああ本当だ。だから泣かないで、母さんと仲良くするんだぞ」
そう言って、お父さんは振り返ることなく改札の向こう側に消えて行ってしまいました。
サンタクロースなら、和馬の願いを叶えてくれるはずです。お母さんが読んでくれたサンタクロースの絵本は、どれも子供の味方です。泣かないで、良い子でさえいれば、きっと会えるはずです。
でも、どうやってお願いして良いのか分かりませんでした。
和馬の家に、サンタはいつも来てはくれません。
アパートで、煙突がないせいです。おねしょをしてしまったからです。お母さんの言うことを聞かなかったからです。理由はいろいろあります。でも一番の理由は、クリスマスの日はサンタさんが大忙しだからです。なかなか回りきれないのです。
それでも、どうしても会いたいと話す和馬に、サンタが姿を見せてはいけないという決まりがあると教えたのは、近所のおばさんでした。
がっかりしたものの、和馬はそれでもサンタに会うことを諦めらることはできませんでした。
そんなある日のことです。
母親と商店街に買い物へ行った和馬は、短冊の存在を知ったのです。
夏なら、もしかしたら会いに来る時間がるのではと考えが浮かんだ和馬は、目を輝かせました。
字などろくすっぽ書けませんでしたが、サンタの絵を書けば大丈夫。だって、サンタは子供の味方なのですから。