⑤願い事
和馬は今まで、学校へ行きたくはないなと思っても、休んだことがありませんでした。
しかし、今回ばかりは体が治っても学校へ行く気になれません。
行きたくても、行けないのです。
ランドセルを背負って玄関まで行くと、急にお腹が痛くなってしまうのです。
お母さんが悲しむので、頑張って行こうと思うのですが、どんどんお腹が痛くなって気持ちまで悪くなってきてしまうのです。
あの時と同じです。
もうあんな思いは嫌なのです。
病院へ運ばれて、どうしてこんなことになったのか、悲しいそうな目をしたお母さんが、和馬に聞きます。
神崎先生と校長先生も来て、同じことを聞くのですが、和馬は何も話そうとはしませんでした。
だって本当のことを話してしまえば、みんなが怒るだろうし、康太が困ってしまいまうと思ったからです。
それだけは避けなくてはいけません。どんな形でも、和馬は学校に行くようになって、初めて楽しいと思えたのですから。それに、和馬には牛乳をたくさん飲まなければならない理由があったのです。
だから、口をぎゅっと結んで、あの言葉です。
”カランコエクエフンワカフンワリプーワプワ”
どんなに聞かれても話す気はありません。
本当なら、にこにこして学校に行って、康太を安心させてあげたいのですが、あの時の痛みが蘇ってきて、和馬を苦しめるのです。
お母さんも、行けると訊くだけでそれ以上は何も言いません。
お母さんの頭の中は、弟のことでいっぱいなのです。
仕方がありません。
和馬のことが心配でも、お母さんは仕事に行かなくてはいけません。弟の病院にもです。
玄関の前、にっこりとお母さんの言いつけを聞いて、手を振る和馬。そのまま商店街へ出かけて行きます。
毎年、この時期になると商店街の隅っこに笹が飾られるのです。
色とりどりの折り紙が一緒に置かれ、それにお願い事を書いてぶら下げて良いことになっています。
和馬はずっとここに、同じ願い事をしているのです。
書き終えた短冊を、なるべく目立たない場所に結ぼうとしている和馬は声を掛けられて、驚いてしまいました。
お父さんと一緒の明日歩です。
平日のこんな時間に、まさか明日歩に会うとは思わなかった和馬は、慌てて駆け出しました。
ひらりと落ちた短冊を拾った明日歩は、一緒に居た父親を見上げます。
風邪をひいてしまった明日歩は、病院に行く途中だったのです。
そしてずっと胸につっかえていたことを、洗いざらい父親に話したのです。
黙って最後まで話を聞いた父親は、コツンと明日歩の頭を軽く一つ拳骨で叩き、微笑みました。
和馬が落として行った短冊を高い場所にぶら下げた父親が、胸を一つ叩き、任しなさいと言いました。
熱で顔を赤くした明日歩も、うんと頷いたのでした。