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#8 Boys and an old clock/少年達と古時計

 魔術師の日常というのは、常に生死を分ける闘いの日々であり、非番の日はしっかり休んで生き残るための英気を養わないといけない。

「いやー。良かった良かった。丁度迷ってた所でさ。まさかカツアゲされかけてた青年君が時計屋の弟子やってるなんて驚いたぜ!」

 なので普段の彼であれば確実にイライラしているような状況なのだが、彼はとても機嫌がいい。

「それはいいんですけど…大丈夫ですか…?」

「ああ、金ならまだちょこっとあるし、足りなかったら後払いにするから問題はねえ」

 いやそれよりも後ろからチンピラが付いてきてるし片手血だらけだし色んな意味でヤバくないですか、と青年は言いたかったのだが、下手なことを言えば何をされるかわからないという恐怖心からそれ以上口には出さなかった。実際に、今クロがいる集団を遠目から見ると、三人のチンピラと片手が血だらけになった少年とその二つを交互に見て顔が青ざめてる青年という、かなり危ないパーティだった。

「ええっと、マルク?だったっけ?その時計屋ってどこにあるんだ?」

「もう着きましたよ。」

 横を向くと、レンガ張りの古臭い建物に、イタリア語の看板が掲げられているのが見えた。クロはイタリア語は基本読めないのでサッパリだが、orologiaio、時計屋と書いているのはギリギリ読めた。

「どうぞ入ってくださ」

『ガラガラガシャン!』

 マルクの先導で中に入ろうとしたクロ達は大きな音を聞いてビクッと背中を震わせる。何事かと思って店内を覗き込むと、恰幅のいい老人がダンボール箱の下敷きになっていた。

「師匠!大丈夫ですか!?」

「はーっはっはっ!部品運んでたらつまづいてよ。細かいのぶちまけちまった」

「何やってんですか!」

「ところで、兄ちゃんたちは誰だい?」

 床に寝そべったまま尋ねてくる老人に、ドアの所にいる四人はとりあえず、

『手伝いましょうか?』

 社交辞令的なアレを放っておいた。


 *******


「すまねえなあ!片づけてもらっちまってよ!」

 大声で笑いながら礼を言うこの老人は、カルロ・アガッツァーリという名らしい。これでも時計の腕はすごいらしく、様々な美しい機械が並んでいるのが見える。クロたちが座っているのは、工房とは少し離れた応接間的なスペースのテーブル。前にはコーヒーが並べられている。

「…で、ご用件はなんだい?」

「時計が欲しいんだ。目覚まし機能があるやつ」

「それならこっちの棚だな。兄ちゃん、好きなの選びな。プレゼントしてやろう」

「…いいのか?」

 財布を用意していたクロは呆気にとられて反応が遅れた。

「マルクから話は聞いたぜ。チンピラからウチのを助けてくれたんだってな」

 自分がやった世間的に『良い行い』は基本的に言いふらされたくないのがクロの性格である。一瞬マルクを睨んだ後で、「そいじゃ御言葉に甘えて」と時計を選び出した。マルクを怪訝そうに見たのはクロだけではなかった。

『…』

 チンピラ三人衆は、見ず知らずの自分たちの為にあそこまでしてくれるクロという人物が、どういうものなのかをもっと知りたいと考えてここまでついてきた。しかし、ここにいるのはついさっき金を巻き上げようとした青年と、その保護者ポジションの人物である。正直超気まずい。もう潮時かもしれない、と店を出ようとした時、

「もっとゆっくりしていけよ」

 とカルロが声をかけてきた。三人が何も言わずに店を出ようとした時、リックの肩をカルロが掴んだ。

「………」

 目をそらさずに、リックを見つめるカルロ。怒られるのには慣れていた筈だが、何故だかとても心が苦しくなった。カルロが口を開こうとする。何を言われるだろうか。浴びせられるであろう怒りの言葉と、思いつく限りの謝罪を想像したが…

「…弟妹養うために必死こいて街中駆けずり回って…グスッ…いい話じゃあねえか…俺もお前ら見てえなガキの頃には盗みもやったが、そんな綺麗なこと考えても無かったぜ…ヒック」

『…………』

 クロがワンテンポ遅れて「いきなり泣き出したぞこのジイさん!」と驚くが、チンピラは開いた口が塞がらない。

「こういう人なんで、寛大に見てやってください。僕の方も怖かったですけど、お金も取られていないし、怪我も無いし、リックさんは悪い人じゃないって判りましたしね。」

 ところで、とマルクが続ける。 

「皆さん、今日はウチで夕食を食べていきませんか?もう夕方ですし」

「そうだな…俺は明日も非番だし…お言葉に甘えるかな」

 決定すると、クロは携帯を取り出して手早くレヴァに連絡する。

『ただいま、電話に出れない状況です。ピーとなったらメッシェージ…あ、かんじゃった』

「今日は外でメシ食べるから」

『えー!?じゃあ私の晩ごはんはどうなるのよ!』

「せいぜい料理スキルを会得するんだな」

『この世の法則を超えた新しい物質が生み出されるかも知れないよ?』

「…そんな事だろうと思って作っといたよ。俺の部屋の中に置いてあるから適当に取って食え」

『本当!?じゃあさっそくいただきまーす!』

 通話はそこで切れてしまった。

「という訳で俺は頂くことにしようと思う。お前らはどうするんだ?」

「俺達は…一度帰ろうかな、ガキ共が待ってる」

「そうかい。じゃ、そこら辺まで送ってくわ。」

 鞄を持って立ち上がるクロの後に続きマルクも店を出る。

「…本当に、いい奴だよ。アンタらは」

 リックが小さく呟いた。


 *******


「それじゃあ。なんかあったら連絡しろ。俺もできる限り手伝う」

「ありがとよ」

 拳と拳を合わせてリックたちと別れを告げ、ふと、クロは横にある路地を見つめる。すっかり夜になり、路地の奥は真っ暗だ。クロは小さく笑った。「どうかしたか?」とリックが尋ねると、

「迷うのも、たまにはいいかも知れないな。と思ってな」

 迷った先で出会う何か。それが自分にとってどんな物かは、出会ってからじゃないと分からない。しかし、

「とにかく今日はいい日だったって事だよ…ん?」

 今日得たものは大切なものだ、とクロは結論付けた。と綺麗に締めくくるつもりだったのだが、路地の奥に何か見える。物ではなく、人。こちらに近づいてくる。路地の闇が薄い部分に来るにつれて、輪郭がはっきりとした物になる。

「あれは…女だな」

 リックが呆けたように言う。しかし様子が変だ。足取りが重すぎる。呼吸も荒く、肩が上下している。服もボロボロだ。そして、四人が最も不審に思った事、それは…


 ボロボロの服の一部に、血の跡がある事だった。

 

「おい!お前何があった!?」

 とっさにクロが駆け寄ろうとしたその時、

咎人に(フレイチャ・)矢を(ボラー)

 その少女の背から、術式コードの詠唱が聞こえた。

「ッ!?」

 何者かがコード詠唱を行った直後、数本の矢が、少女に目掛けて飛んできた。クロは少女を抱え、器用に矢を回避する。

「マルク!俺のカバンの中に入ってるグローブ的なものをくれ!」

「あ…あ…」

 マルクはクロの呼びかけに反応できなかった。何が起こっているかが全く理解不能だった。

「早くしろ!!」

 クロの叫びでようやく思考が追いついた。ここで頼れるのはクロしかいない。急いで鞄を漁り、ガントレットを取り出してクロに投げる。

「サンキュー!」

 素早くガントレットを右手に装着し、MODを起動させる。

「何が何だかわからないが、とりあえずコイツを頼む。」

 リックに少女を預けたところで、クロは思考を巡らせる。

(あれは完璧に術式の簡易コードだった。相手は現代魔術師だと考えていい。術式のタイプは遠隔操作。武器を出現させて操るタイプだ。この手の奴は陰でコソコソ戦うのが常套手段だが…敵は何人いる?そもそもそいつ等の目的は?あの女の子はいったい何者だ?)

咎人に(フレイチャ・)矢を(ボラー)

 闇から二度目の詠唱が聞こえた。クロも術式を詠唱し応戦する。

短剣練成(クリエシオン・ダーラ)!」

 二本の炎の短剣を逆手で持ち、再び出現した十数本の矢を高速で切り落とす。

(操作される前に、出現した段階で落とす!アクディアの規定じゃ民間の前での魔術の使用は禁じられているが、グダグダいってる場合じゃねえ!)

 飛び交う矢と、素早く動き矢を切り落とすクロ。その光景を目の当たりにした民間人のリックには、何が起こっているのか全く理解できなかった。

「あれは…魔術?ってやつか?」

 足がすくんで動けない四人に、クロが矢を落としながら声をかける。

「こいつは俺の仕事だ!何が起こっているか分かんねえが、とりあえずその女の子連れて逃げてくれ!」

「はい!場所は後で連絡します!」

 マルクが辛うじて返事をし、ぐったりとした少女を抱えて走り出す。続いてリックたちも足を動かすが、マルクに問いかけた。

「逃げるったって、どこかあるのか?」

「隠れられる所なら一つあります。」

 マルクは息を途切れさせながら、答えた。

「『秘密基地』が、あるんですよ」


 ********


 第一目標はクリアした。マルクたちと、女の子をとりあえず逃がすこと。矢の攻撃も途切れていた。

「…一段落したみたいだな。」

 大きく息を吐くとともに、うんざりした様子で続けるクロ。

「全く、休日ぐらい休ませて欲しいぜ。…おい、擬態系の魔術でも使って隠れてんのは分かってんだよ。出てこい。」

「こちらとしても、さっさと仕事は済ませたいのだがな」

 クロの呼びかけに答えたのは男の声だった。闇の中から現れたのは、黒いスーツと帽子に白いマフラーを首からかけた、いわゆるマフィアのボスみたいな格好の男性。

「何の任務かは知らねえが、こんな所で魔術を使うのは頂けねえな。同じ魔術師として止めてやろうとしている俺の善意を受け取って欲しいんだけど?」

「こちらとしても引けないところがあるのだよ。この仕事は、誰にも知られずに早急に仕上げる必要がある。」

 何時の間にか、男の手には杖が出現していた。現代的なデザインのあの杖がMODなのだろうか。

「だったらそれは無理だな。だってよ…」

 クロが拳を強く握る。

「超紳士の俺が、どんな理由であれ死にそうな女の子を見過ごす訳が無いからな」


 誰にも知られぬ闇の中で、二人の魔術師が火花を散らす。


 

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