#7 A common day / 平凡な日
クラ―ケンとの戦いから数日後の朝。クロは寝ていた。今日は任務が無い、いわゆる非番というやつなので、朝早く起きる必要がないのだ。
『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ』
「…」
しかし、クロは忘れていた。昨日の夜に目覚まし時計のセットをそのままにしていたことを。しかし、本当に寝る。と決めたクロは、そう簡単には起きない。
『ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ』
「…」
さすがに二回鳴るとクロの眠りもかなり妨げられる。若干不快そうな顔になりながら、眠り続ける。
『………………………………』
「…」
二回なり終えると、ジリジリ攻撃は停止された。が、この時計にはあるもう一つのクロ的には要らない機能が搭載されていた。
『早く起きないと遅刻しちゃ』
「フンヌッッ!!」
反射的に繰り出されたクロの拳に吹っ飛ばされる目覚まし時計。この目覚まし時計は、何故かスヌーズ機能仕様後は目覚まし音声で女の子が優しく声をかけてくれるという、クロにとっては誰得な仕様の物だった。これはクロが買ったものではなく、友人の一人から貰い受けたものだったので、そこまで深い思い入れがあるとかそういう訳では無かったのだが、
『ガ、ガガッ…ハヤクシナいと…チこザザッ…』
「…あー…やっちまった…」
壁にぶち当たり半壊した事で人語が話せない目覚まし時計を見て、今日のしなきゃいけない事と使う金が増えたな、と思い、一人その場に倒れた。
*****
「久しぶりに一人になった気がするぜ…」
そんなわけで、クロはヘスティア近くの町を、目覚まし時計を探してぶらぶらしていた。今日は日曜日で、人の流れもそれなりにはある。クロは魔術師としての仕事の時はアクディアロゴ付きのノースリーブパーカーを羽織っているが、今はジーンズにシャツという、無難な服を着ていた。
表通りを抜け、裏通りに入って路地の穴場的な雰囲気を感じながら時計屋を探す。クロはヨーロッパで育ったわけではない為、異国情緒溢れる景色が魔物の被害に遭わずに残っていることに少しホッとする。
ヨーロッパの居住可能区は、魔物出現時に各国の都市部に避難し防衛区を築いた例が多いため、小規模な物が点在する形になっている。イメージとしては居住不可区域に囲まれて近代都市が散らばっているような感じだ。その中でも中央防衛区は小国レベルの規模で、ヘスティアが設置されてからは破壊された南部と東部エリアを結ぶ陸路を高速地下鉄として復旧させたことで、エリア間の移動は楽になったと感じる人が多いらしい。
裏通りを進むと、曲がり角があった。迂回してさらに進むと、先ほど通った場所に来た。
「…あれ?」
それで完全に混乱し、道が分からなくなってしまった。つまり、見知らぬ街で迷子になったのだ。クロは携帯を取り出し道を調べようと思ったが、充電が切れていたことを忘れていた。
(やべーな…)
とりあえず大きな通りに出ようとクロが踏み出したとき、
「おい、お前何ぶつかってんだ?」
「アニキ、これ折れてるぜ。完全に」
「これどうしてくれんの?慰謝料モンだよな?」
気弱そうな青年が三人のチンピラに絡まれ、というよりカツアゲされそうになっていた。
(どうすっかな…)
クロ的には関わらないのが無難だと考えながらも、このまま見捨てていくのも寝覚めが悪い。そこで、クロはあることを思いついた。
(そうだ、あのチンピラ達に紳士的に優しく「そんなことはやっても無意味だ」と諭し、ついでに時計屋の事と道を聞こう!)
クロはゆったりとした歩調で、自分ができる最大の『優しい笑み』を浮かべて、チンピラに歩み寄る。
「君達、そんなことは―」
「うっせえ、ボコボコにされたくなけりゃ失せろ」
ブチッ。
「それは…」
自分舐めた口をきいたチンピラA(今命名)の胸ぐらを手始めに掴み、盛大に投げ飛ばす。
「野郎!」
次に飛び掛かってきたチンピラB(今命名)とチンピラC(今命名)の拳を上半身を反らせる形で避けて、B顔とCの腹に肘打ちと蹴りを一発ずつ当てる。
「お前らだよカス共」
完全に勝てないと悟ったのか、投げ飛ばされた先にあった壁に寄りかかりながら小さく舌打ちするA。BとCも睨むだけでもう何もしてこない。そこでクロは、レンガでできた歩道に一枚の写真が落ちているのを見つけた。どうやらAを投げ飛ばした際に、Aのポケットから落ちた物らしい。
(なんだ…?)
拾い上げると、そこには小さい女の子や男の子が5人写っていた。それに気づいたAが触んじゃねえ、と声を上げてクロの手から写真を奪い取った。クロは一瞬考え、その後頭を搔いてから面倒臭そうに「家族か?」と短く聞いた。答えはAからではなくBから話された。
「ああ。リックのアニキは兄弟がいてな。アニキは下を養わなきゃいけねえ。そのために金が必要なんだよ。」
「だとしても、こんなチンピラ家業に精を出すよりもっと真っ当な道があるだろ。つーか働け」
「したくてもそれができねえ」
チンピラが遮るように放った言葉に、クロは内心首をかしげた。Cが話を引き継ぐ。
「俺達は『ロストチャイルド』なんだよ」
その瞬間、クロの目が細くなった。
ロストチャイルドとは、魔物の被害を直に受けた地域にて両親が亡くなってしまい、身寄りがなくなってしまった子供の事で、子供として得るべき様々な知識や教育を受けられていなかったことに加え、当時の政府の指揮系統が混乱していたことの影響で、戸籍などの『この世に存在することを示す物品的証拠』の照合も行えずに自分が法律的に存在していることになっているかどうかもあやふやな状態にあり、社会的な弊害が多く発生している。現在も戸籍が照合できていないなどの理由で国からの支援をすることもできず、大人になったロストチャイルドたちは苦しい生活を強いられている。
「仕事を探してもよ、どいつもこいつも俺達を見て門前払いだ。国も俺達にはたいした保証もしてくれねぇ。だけど金は必要だ。」
「それでも、お前らのやっていることは他人に見せれるものじゃねえだろ。」
「ああそうさ。所詮俺たちのやっていることは社会のクズとして見られても仕方がねえ行動だよ。俺達みてえな人間には、道端で汚く果てるだけかもしれねえ。」
でもな、とチンピラA、リックと呼ばれた男は、今まで逸らし続けていたクロの視線に、自ら目を合わせて訴える。
「下のガキ共には幸せになって欲しいんだ!俺達が被った不幸の分だけ、立派に日向で胸を張って人生を送って欲しいんだよ!そのために、俺はどこまでも汚れてやると決めたんだよ!」
リックがポケットから折り畳み式のナイフを取り出す。ゆっくり立ち上がり、刃先をクロに向けるが、その手がブルブルと震えていたのは、少し離れたところから見ている青年にもはっきりと分かった。リックが震える右手を左手で無理矢理に抑え、雄叫びとともにクロに向かう。
「そうか。なら仕方ねえな」
そう言って、クロは構えを取る、と見せかけ、片手をポケットに入れ、もう片方の手でナイフの刃を掴んだ。攻撃を避けられて今度こそ本気でブチのめされると思っていたリックは、驚愕の表情を浮かべた。
「そんな驚くなよ。たかが刃物掴んだぐらいで。」
血だらけになった左手の傷をハンカチを当てて応急処置をすると、クロは思い出したように自分の小銭袋をリックに投げ渡した。
「…情けのつもりか?」
「あそこで土下座して逃げていくような奴には渡さねえよ。あんたは自分の大事なモンの為にそこまで体を張った。その行動が涙もろいこのクロちゃんの胸を打っただけだ。それだけあれば、今日明日の飯に困ることは無いだろ。それと、肉体労働のバイトなら経歴気にしない所もあるから、もうこんなことやめろ。あんた自身も嫌だったんじゃないのか?」
クロは立ち去ろうとしたが、地面に突っ伏したままのリックがジーンズの裾を掴んで離さなかった。気付けば、彼は涙を流して感謝を伝えていた。BとCも頭を下げる。
「…ありがとう…本当にありがとう…」
「おいおい、男に泣き付かれても何も出ねえよ。」
苦笑いしながら言うクロは、当初の目的を思い出した。
「…あの~、思いが溢れ出た涙を流しながら俺に感謝を伝えてくれてる最中悪いんだけど…」
目を赤くしながら、リックが何だ?と尋ねる。
「ここらへんに、時計屋とかある?」