#6 Octopus extermination:3/タコ退治:3
「…で、なんでここに乗ってるのが俺達四人だけなんですか」
「いや、結構色んな人たちが各部隊に持ちかけたらしいぞ。けど、どの部隊の隊長も全員口を揃えて『あいつらと一緒に戦った方が危険だ』とか言って丁重にお断りしたらしいぜ」
「それじゃまるで私たちが魔物みたいじゃん」
「ですです」
「レヴァは魔物じゃねえか。ゴブリン系の」
「とりゃあ!」
「ぶべらっ」
現在、愉快な仲間たちが乗っているのは南方の居住不可区域を走る護送車。足場が悪いため、ガタガタ揺れて乗り心地はいい方ではないが、走って行って来いと言われるよりはかなりマシだ。
「お、見えてきたぞクロ…って、気絶してやがる」
「話には聞いてたんですけど、実際見るとすごい大きさです」
護送車の窓から見えたのは、全長2.5キロメートルというふざけたサイズの巨大なタコ。種別としてはクラ―ケンに位置され、大きさ的には現在確認されている魔物の中でもトップクラス、という情報を事前に受け取っている。車から降り、眺めるように手を目の上に掲げながら、作戦会議というにはあまりにも雑な会話を始める。
「この規模じゃ俺の術式で一気に『圧縮』できねえな。」
「動きを止めてくれれば良いよ。急所を突く自信はあるから。」
「そうかい。それじゃ、ナーファ、どう倒す?」
「そうですねえ…」
考え込むナーファ。彼女は治療魔法を使用したサポートが主なのであまり前線で戦うことはないが、参謀として作戦指揮を執ることがある。
「…適当にやってくださいです」
『アバウト!?』
二人の口から同時に突っ込みが出た。
「まあ、危なくなったら指示は出すです。手こずるような敵でもないですし」
「まあ…お前がそう言うなら」
実際に彼女の采配と魔術には何度も助けられているので、ある程度の信頼は置いている。そうこうしているうちに、巨大な海洋生物の両目がこちらに向いた。
「ギュジョオオオオオ!」
雄叫びを上げるタコ。それが開戦の合図となった。
「行くぞ!タコ退治だ!」
隊長の号令で、それぞれが配置につく。レヴァはタコの足の近くギリギリまで接近し、ナーファは後方へ下がる。テイラーはその場から動かない。箒を構えながら次々に振り下ろされる巨大な8本の足を避けながら、レヴァは考えていた。
(あれ?何か忘れてない?)
*****
その部屋は閉め切られていた。外からも内からも干渉されることの無い部屋で、二人の男はモニターを眺めていた。
「しかし、本当にディーオスが使えるのですか?」
一人が口を開いた。男は続ける。
「魔術師としては上位の力を有していますが、あれは特殊です。このままでは危険因子になりかねないかと。それに、このままレオンハルト・テイラーが何も仕掛けてこない、というのは絶対に無いでしょう。やはりここで一度片づけておいた方が…」
「だからこそ」
今まで口を閉じて話を聞いていた男が、遮るように話し出した。
「こうやって観察して判断してるんじゃないか。彼らが本当に使えるかどうかを。まあ、レオンハルト・テイラーについては正直がっかり、と言った所ではあるけどね。『聖戦』であそこまでヒントをあげたのに。」
「しかし、何かの下準備をしているという可能性も…」
「もーだめだめ。キミには遊びゴコロが足りないよ。例えそれがゲームでも、世界の命運をかけた戦いだろうと、楽しむ心は忘れちゃいけないと思うけどね、僕は。」
あ、でも、と男は付け加える。
「あの少年は結構イイ線いってるよね。あの、何だっけ、ああそう。アライスト・クロウィリー。ここからでもはっきりと判るよ。彼がどれだけいい素材を持っているかが。これはあの人も目を付けるよなあ」
「ところで、あの科学者は上手く機能するのでしょうか」
「うーん、どうだろう?でも、あんなに協力してあげたんだから、いくところまでいってくれないと。まあ、もし失敗しても、僕が直接手を下せばいいだけだからね」
あ、ほら今も、と男はモニターを指す。男は顔を歪め、小さな笑みを浮かべながら、
「あの少年達は楽しませてくれそうだよ。これで僕もしばらくは退屈しないで済むかな」
笑い声交じりに、そう言った。
*****
タコ退治は、順調に進んでいった。並みの部隊なら数時間は掛かるこの討伐任務を、驚異的なスピードで進めていく。
「召喚・我の守護者!」
レヴァが唱えて呼び出した魔物は、クー・シー。以前トロール討伐の際にも召喚していた、彼女と最も信頼関係が構築されている精霊だ。雄叫びを上げながら、クラ―ケンの足の先を噛み千切る番犬と、的確にその力をコントロールする少女。
「レヴァちゃんはそのまま前方のポイントへ、移動しきったら、隊長が固定してください」
後方支援として戦場に出ているナーファ、直接的な攻撃術式は持っていないが、的確に敵を倒すための高い指示能力と医療技術をフルに使い、指揮官としてはある意味テイラーよりも働いている。
「あいよー。」
適当な返事をしたテイラーは、レヴァが所定の場所に移動、というより「回避」したのを確認してから、左手を前に出した。その目つきが、鋭いものに変わり、前方の敵を捉えたテイラーの右の耳にしかないピアスが光りだす。そのピアスが彼のMODなのだろう。突き出した手に魔力が集まり、その直後、
「加重」
唱えると同時に、クラ―ケンの巨体の実に半分が何かの圧倒的な力に押しつぶされようとしていた。あまりの衝撃に体を震わせる巨体は、何とか危機を脱しようと滅茶苦茶に足を振り回している。
「重力操作」
重力操作、それが彼の魔術。彼が理論を構築し、彼自身しか振るうことが出来ない、現代魔術の中でも五指に入る強力な術式。指定された範囲の重力を自由に操作し、局地的な天変地異までもを起こすことが可能になってしまい、不用意には絶対に扱えない唯一の武器にして切り札。
「さーてと。これで終わりに…」
そこまで言った所で、大きな破壊音が聞こえた。
そこで、滅茶苦茶に振り回された足の一本が、護送車を押しつぶした。車自体は自動操縦なのでスタッフの心配はしなくていいが、三人には別の事が脳裏に浮かんだ。それは、先ほど車の中に置き去りにした、気絶中の少年の事だった。
「クロ!」
レヴァが叫ぶが、声は雄叫びにかき消される。思わず最悪を想像し涙目になるが、その涙は、直後に引いた。大きな炎の斧が、クラ―ケンの足を一本切断したのだ。
「炎斧練成…てめえ、何俺の心地よい睡眠時間をでデカいだけの足で邪魔してくれてんだ?」
そこからは、一方的だった。重力操作で自立を失ったクラ―ケンを、レヴァとクロがフルボッコにする。そして八本の足全てを切断した状態で、一気にテイラーの魔術で押しつぶす。そこまで、三分もかからなかった。
*****
帰還したクロたちは、研究室の一角を借りて駄弁っていた。話題は、クロについてだ。
「なんでさっき『心地よい睡眠時間を』って言ったの?クロの寝起きの機嫌の悪さはアレだけど、気絶してたんじゃないの?」
「ああ、それな。ナーファ先輩が俺を起こすために医療魔術を使ってくれたみたいなんだけど、あの術式入眠作用があるみたいでな、気絶したように眠っちまったんだよ」
「そういえばそんな副作用があるのを忘れてたです」
「忘れちゃ駄目だろ」
「そんで、俺が気持ちよ~くレム睡眠に移行したところで、あのタコ野郎が足ぶつけてきて、よけて叩っ切ったって訳よ」
「そうだったんだ。じゃあ、私のパンチが直接原因ってわけじゃなかったんだね。よかった~」
「いや良くねえよ!?あんなん毎日くらってたら永眠作用を伴うよ!?」
クロがレヴァに必死に人を殴るのはダメ、という事を教え込んでる時に、科学者コンビが入ってきた。
「皆さん、ご飯にしませんか?今日は私が腕を振るいますよ!」
「ア~グリ~ル君の、ご飯は~、と~っても、お~いし~いですよ~」
『何を作ってくれるんですか?』
目を輝かせるレヴァとナーファに、アグリルは笑顔で、
「タコ料理、なんてどうでしょう」
『遠慮しておきます』
満場一致だった。