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#4 Octopus extermination:1/タコ退治:1

 ―暗い。周囲の物は視認できず、場所はおろか、その存在さえも満足に確認できない。こんな空間に長い間いると、自分の存在までもが怪しくなってくる。暗い。光を求めて彷徨おうとしても、目の前に果たして道と呼べる道はあるのか。心に募るのは焦りと不安。そして怒りだ。そう―

「何でいっつもあんたと出かけたら必ずトラブルが起きるんだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「まあまあ、地下鉄がトンネル内で停電しただけだろ?あ、もしかしてクロは暗いのが怖いのか?」

「んなわけねぇだろ!そもそも隊長が操縦室に忍び込んだりしなけりゃこんなことにはならなかったはずっすよ!」

「隊長!レヴァちゃんが本当に怖いそうです!パニックになって箒を振り回してるです!」

「…ひっぐ…うぅ…みんな…どこぉ?…えぐ…」

「大丈夫です!私はここに居ます…って痛ぁ!」

 現在クロが所属する特殊部隊、ディーオスの面々がなぜこんなにパニックになってるのかを、解かり易く説明すると。メンバーが地下鉄で移動中に、この部隊の隊長であるレオンハルト=テイラー(23)が自動操縦になっているコントロールルームに悪戯で忍び込み、つまずいたはずみで電源スイッチその他諸々をOFFにしてしましまった為に、車両内が停電してしまったからである。非常電源に切り替わるまでにはまだ時間がある。まずは落ち着いて深呼吸を、とクロが大きく息を吸ったところで、

「突撃ィッッ!」

 と、大きな声がトンネル内で反響して耳に響いた。年がら年中戦闘を行う職業の魔術師としては、反射で獲物を構えてしまう。それが何を意味するか、彼らはしっかりと理解していなかった。

 突入してきたゴツイ装備と銃を構えた、日本で言う機動隊みたいな見た目をした人達が入ってきた。無言でクロたちに銃を構えるゴツイ人達。じりじりと下がりながら、

「俺達が何したって言うんだ…」

 と呟くと、ゴツイ人達のリーダーらしき人が、

「しらばっくれるな!お前たちがこの車両の電源を落としてテロ行為を行おうとしているのは既に情報が入っている!大人しく降伏しろ!」

「…え?テロ?」

 そこで、クロとレヴァ、そしてさっきまでレヴァの傍にいたディーオスのメンバー、ナーファ=ポーレルは初めて気づいた。トンネル内で止まった地下鉄、暗がりで怯える乗客、そして、魔術という大きな武器を持った自分達。

 普通の人間なら、何か危険なことが起こっていると判断して警察なり消防なりに通報するだろう。そこまで考えて、三人は同じタイミングで、同じ人間を指してゴツイリーダーに証言した。

『テロリストはコイツです』

「…おい?ちょっと待てよ?俺は何もしてな―」

「犯人確保!」

 その後、警察で取り調べを受けた茶髪でミディアムヘアーのバカ隊長が解放されるまで、丸一日かかったという。


 *******


 翌日、クロたちは話しながらヘスティア南部棟の廊下を歩いていた。その内容は、もちろん昨日のテロ騒動だ。

「まったく、お前らが嘘ついて俺を犯人に仕立て上げようとするからこんなに時間が掛かったんだぞ?分かってんのか?」

「分かってないのは隊長でしょう。これじゃいつまで経っても『はぐれ物集団』の悪名が取れないっすよ」

「そうです!ヘスティアの廊下を歩いてる時に、別の部隊の人が私の方見てクスクス笑っているのを見たくもないのに見てしまう生活にもううんざりしてるです!」

「はいそこ。他の魔術師もいるところでそういう事言わない」

 さらっと爆弾発言をするナーファに、クロが突っ込みを入れる。が、この前なんて道を歩いていたら避けられて、とテイラーに愚痴り続けるナーファの勢いは止まらない。とそこで、普段聞きなれている声が一人足りない事に気付く。

「あれ?レヴァはどこに行った?」

 クロが辺りをきょろきょろ見回すと、食堂のメニュー表を見て目を輝かせている少女が一人。クロはその方向へずんずん進んでいくと、レヴァの後ろの襟をひぱって食堂から引きはがした。

「ちょっと待ってクロ!私はまだサイドメニューを…」

「落ち着け食いしん坊娘。俺達はここに何しに来たんだ?」

「任務だよ!そうじゃなかったらクロはなんだと思ってたの!?魔術師の仕事は遊びじゃないんだよ!」

「…その言葉、そっくりそのままお前に返すわ」

 まだこちらに来てやるべきことは何一つ終わってないのに、もう帰って寝たい、と思うほど疲れを感じている少年。彼らはディーオスのみが請け負う特殊な任務の件で自分たちの持ち場である東部を離れて、南部の基地まで来ている。それ故に、早く自分の家に戻って休みたい、というのがクロの本音なのだが。

「俺達は、上から直接任務を受けてこっちに来てるんすから、もうちょっと気張った方がいいんじゃないすか?」

 だるそうに問いかけるクロに、確かにそうだな、とテイラーが頷く。

「まあ、まだ俺も任務の内容を知らないからな。とにかく説明を受けに行って、きっちり仕事を終わらせて汚名挽回といこうか」

 いきなり警察に連行されるようなことをしでかす人が言えた義理でも無いけどな、とクロは思ったが口には出さない。

 長い廊下をそんな調子で歩いていると、一際厳重に閉じられた扉があった。書かれている部屋の名前は「中央技術研究室」。クロたちの目的地だ。

「すごい厳重な扉だね…」

「少し入るのを躊躇するです」

「そ~んな~に、こ~わが~らないで、く~ださ~いよ…」

『きゃあっ!』

 予想以上のセキュリティに驚く面々の後ろから、まるで幽霊のような細くて妙に間延びした声が聞こえてきた。とっさにクロとテイラーの後ろに隠れる女子二人は、声の主の姿を見て、初めて気づいた。枝のように細い体、骸骨の形そのもののように痩せた顔。白衣を着た老人は、魔力技術研究の権威であるギュラズ・コールだ。現代魔術に関わっている人間なら大体が知っているし、レベルとしては一魔術師が話すとしたら決して失礼のないようにすべき人物なのだが、そんな事も知らずに失礼極まりない態度を取ってしまった四人(と言うよりそれにビビったクロとテイラー)は、

「もももももももおもも申し訳ごごございませんッ!!」

「うううううううちううウチの部下がととトンデモナイコトヲッ!!」

 と二人揃って額に血が滲む勢いで頭を床に擦り付けて謝りまくった。本気で自分達の立場の問題になると行動が速い男二人に若干引きながら、深々と一礼するレヴァと、二人に遅れを取ってしまったことを負い目に感じながらひたすら「すみませんっ!」と頭を下げまくるナーファに、幽霊研究者が声をかける前に、後ろから男の声が聞こえた。

「先生、また不意打ちで誰かを怖がらせたんですか」

「あ~…よく来たね~アグリル君…」

 溜め息交じりでやって来た短髪の男は、腰を曲げたまま首だけ上がっている奇妙な体制でキョトンとしている魔術師たちを見て、すみません、と自己紹介を始めた。

「私はアグリル・ウォーカー。魔力兵装の研究者です。今はそこにいるコール先生と共同で魔物の生態研究をしています。今回は僕たちもディーオスの皆さんの作戦に参加するので、よろしくお願いします。」

 しかし、アグリルの自己紹介は、保身の事で頭がいっぱいのクロとテイラーの耳には入らない。

「どどどどどどどどどどーかこの事はご内密に…」

「なななななななんんんあな何でもしますんで!!」

「あの…」

 コールに懇願し続ける二人の後ろから、申し訳無さそうに話しかけようとするアグリルを「だあってろ!」とクロが一蹴したところで、レヴァが馬鹿の腹に鉄拳を打ち込む。

「げぶうううううううう!」

 のた打ち回るクロにレヴァがもう一発拳を加えたところで完全に静かになったので、アグリルは心配そうな顔をしながら、言葉を続ける。

「別にそこまで気にしなくていいですよ。先生が驚かれるのはいつもの事ですし。…ああ、そんな事より中に入りましょう。任務を説明します。」


 *******

 

 研究室の中はとても明るい雰囲気だった。クロが予想していたホラーゲームに出てきそうな薄暗くて埃が舞っているようなものではなく、目を刺激しない程度の落ち着ける緑色をした壁紙に、部屋全体を照らす淡い電球の光が、入るものを安心させる心地よさを作り出している。研究に使うのであろう機材は多少乱雑に置かれている物もあるが、その大半は綺麗に整頓されていた。まるで、都会の表通りにありそうなおしゃれなカフェに入ったような気分だ。

「意外と綺麗ですね」

 ロックがかかった分厚い扉を通って研究室へと入ったテイラーは、嫌味を含まない驚きの声を上げていた。恐らくは、他の二人もクロと同じようなことを感じているのだろう。辺りを見回しながら感心している様子だった。ディーオスの前を歩いているコールが、細い声でクスクスと笑った。

「こ~こに、は~じめ~て、入った人は、皆さん~、口を、揃えて~、そ~う、仰るんですよ~」

「僕たち研究者は世間のイメージ的には暗い印象がありますから。こんな時代ですし、明るく安心できる空間を作ろう、という事でこんな部屋になったんですよね。ここからは見えませんけど、倉庫の方なんかはもうカビ臭くてやってられないんですよ。」

 あまり話さないコールと、グイグイ会話をしようとするアグリル。二人の研究者の先導で奥へと進む一行。研究室と言っても部屋は一つではなく、資料の保管や実験など様々な用途によって多くの部屋が蟻の巣のように別れている。スクリーンがあるブリーフィング用のスペースへと入り、カラフルなデザインの椅子に腰かけてしばらく待っていると、ノートパソコンとプロジェクター一式を持ってアグリルとコールが戻ってきた。

「そ~れじゃ~、アグリル君、せ~つめ~いを、お願いします。」

 パソコンを起動させ何やら打ち込みながら指示するコールにアグリルが短く頷くと、プロジェクターに映像が映し出された。

 映像は、この周辺の居住不可地域、つまりヘスティアの外の風景が映し出されていた。いつもと変わらない風景だったが、突如、轟音と共に地面が砕かれ、土煙の中から、全長五メートルほどの犬のような生物が飛び出し、カメラの方に猛スピードで向かって来るまでの一部始終を映し出していた。レヴァが操る犬の精霊のクー・シーよりも、どちらかと言えば狼に近い見た目かもしれないとクロは頭の中で訂正する。

「マルコシアス」

 他のメンバーも、黙ってアグリルの言葉に耳を傾ける。何を考えているのかは、クロにも分からない。

「今回、皆さんに行ってもらいたいのは、この魔物の調査及び討伐です。」

 彼らの「仕事」が、始まろうとしていた。

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