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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第二幕 ひと月
9/33

富屋、出ろ

入学式後に入部。普通の部活動なら早いぐらいだが、僕はそうは思わない。


何処の高校でも、スポーツに力を入れている部活なら入学が決まった春休みから、もっと早ければ中学卒業後すぐに練習参加を認める所もあるだろう。


しかし、中間は正式に入学してから、つまり入学式を終えた今日からしか部活動への参加を許可していない。この辺はまだまだ前澤監督が来る前の名残を残している。


曰く教師との顔合わせをしてからとか、入学式まで正式に入学するかどうか分からないとかどうとか。せめて四月に入ってからぐらいはいいんじゃないのかな、とは思う。


とにかく新入生が粗方集まった所で、着替えをしてグラウンドに集合。


初めて着る事になる学校指定の体操服に、靴は底面に幾つかの突起が付いたスパイクシューズ。膝上まで伸びたハイソックスを少し折り曲げ、中にはレガースと呼ばれる脛当てを嵌める。


今日は顔合わせから始まるが、早速練習が始まる。万全の準備をして部室から出ると、そこには既に中間サッカー部の面々が集まって居た。



「では改めて、ようこそ我がサッカー部へ。私はこのサッカー部の顧問、及び監督を務める前澤繁だ」



一列に並んだ部員達の前に立ち、前澤監督が自己紹介をする。


僕にとって、電話越しでは無い肉声を聞くのはこれで三度目だが、恐らく新入生の大半は初めてなのだろう。


威圧するでもなく、淡々と。しかしただ長く生きて来ただけでは無い、歴史を感じる重みのある声に息を呑む者も居た。



「言うまでも無い事だが、今中間サッカー部は過渡期に入っている。新人戦二年連続優勝。選手権出場。プリンスリーグにも昇格し、既に第一節が行われた」



去年の中間は、全国高等学校総合体育大会、通称総体やインターハイ。この出場こそ逃したが、高校サッカーの総決算とも言われる全国高校サッカー選手権、通称選手権に見事出場。勿論創部以来初めての事だ。


更に選手権初勝利も上げ、二回戦で敗れてしまったものの、全国にその名を刻んだ大会となった。


県内の新チーム初陣である新人戦も引き続き優勝。そして、プリンスリーグ昇格。



プリンスリーグとは、高円宮杯Uー18サッカーリーグという大会を構成するリーグの一つ。


高円宮杯とはそもそも部活とクラブチームが混ざり合って戦うリーグで、それの第二種と呼ばれる十八歳以下の大会だ。


試合時間はこの年代でも最も長い45分ハーフ。その分交代枠も多く、一試合に5人まで認められている。


本来公式試合では縁のなかった部活とクラブチームが対戦する機会として発足され、名実ともにこの年代の日本一のチームを決めると言っていい大会となっている。


頂点をプレミアリーグとして東西に分かれて対戦し、その下にプリンスリーグとして北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中国、四国、九州の地域に分かれて対戦を行う。


プレミアを一部、プリンスを二部とし、その下には都道府県リーグがあり三部となる。リーグは四月から十二月頃まで行われ、一部下位と二部上位、二部下位と三部上位の入れ替えもある。


インターハイや選手権の方が世間一般の知名度は高いが、よりハイレベルかつほぼ年間を通して戦う高円宮杯にこそ力を入れるチームも多い。


また勝利だけで無く引き分けでも延長やペナルティキック戦、通称PK戦では無く両者に勝ち点が入る為、高校サッカー界の主流である一発トーナメントの”勝たなければいけない試合”よりもむしろ、”負けなければ良い試合”と言う考え方も出来るのがリーグ戦の面白い所だ。


特に格下が格上と戦う際はそれが顕著になり、格上にとっては引き分けでも負けに等しい場合さえ出てくる。つまり”勝ちを目指すチーム”と”引き分けでもいいチーム”がぶつかると言う、トーナメントでは有り得ない事も起こり得るのも興味深い。



「プリンスリーグの初戦は敗戦。その一戦だけで判断する事は早計だが、正直言って今のままではプリンスリーグ残留すら厳しい」



去年、中間は都道府県リーグを制覇。入れ替え戦にも勝利し、今年度のプリンスリーグ参入が決まった。


都道府県リーグでは部活が大半だが、逆にプリンスリーグ以降はクラブチームの割合が一気に増える。


一都道府県から数県集まるだけで無く、高校よりもクラブチームの方が強いチーム、強い逸材が集まっているのが現状だ。その中で中間が生き残れるか。それは、僕らに掛かっていると言っても過言では無い。


過渡期。前澤監督の言う通り、近年の実績が目覚しい中間だが、まだまだ全国屈指の強豪とは言い難い。前澤監督の経歴にとってはやっとスタートに立ったという所。


彼が目指しているのは、こんな所では無い。



「今年の目標はプリンスリーグ残留、総体、選手権出場。この三つのどれもが現状戦力だけで乗り切れるとは思っていない」



春から冬にまで行われるプリンスリーグ、春の終わりから夏に掛けて行われる総体予選及び本戦、秋頃から冬に掛けて行われる選手権予選及び本戦。


毎週のように試合が有り、かと言って日々の練習を怠ってはこれ以上を望めない。


チーム全体のレベルアップ。誰かが欠けても、それを補える者。それが必要になってくる。



「入部者は年々増え、それによりレギュラー争いも厳しくなってくる。一年でも使えると思った者はどんどん使っていくつもりだ。では今日から頑張ってくれ」


「はい!!!」



新入部員全員で応える。期待に応えれる様に、自分で自分を鼓舞する様に。


前澤監督が下がり、入れ替わりで後ろに居た者が出て来た。大柄な体格だが柔和そうな表情を浮かべている。この人は、



「木下光章。入学式で見掛けたと思うが、この学校の体育教師だ。サッカー部ではゴールキーパーコーチをしている」



ゴールキーパーと言うのは特殊なポジションで、そのポジション以外の出身ではコーチは務まらない。幾らサッカー部が本格化して歴史が浅くとも、まず必要な人材だったと言える為、前澤監督は中間に赴任と同時にこのゴールキーパーコーチを連れて来た。


他の強豪校と呼ばれる高校では、他にもコーチが多く居る所もある。部員数が多ければ一軍、二軍やそれ以上に分ける事もある為、人手が必要だからだ。


しかし少数精鋭と言えば聞こえが良いが、単に部員数が少ないだけの中間においてはその必要が無い。現在パッと見て、新入生合わせても四十人程。前澤監督なら何とか全体を見通せるだろう。



「前澤監督が来れない場合は、俺が代わりに見る事になる。ゴールキーパー志望でないからって邪険にするなよ」



最後に軽く冗談を交えて後ろに下がる。コーチの数が少ないとそう言う弊害も起こってくるが、其の辺は前澤監督が長期采配をしていくならいずれ解消されて行く事だ。出来れば僕らの三年間の内に解消されて欲しい。


続いて出て来るのは、かなり背の高い男。肩幅や胸筋が無い訳では無いのだが、一メートル九十は有りそうな高さに長い手足は細長いイメージが強い。



「中間のキャプテンをやってる海野雄大だ。じゃあまずは俺から見て右から自己紹介をして貰おうか」



サッカー部での自己紹介。なので内容も名前や出身中学の他にポジション、意気込みを答えるものだった。


それに対しレギュラーになりたい、選手権に出たい、国立でプレーがしたい、プロになりたい等、様々な思いを口にする新入部員達。


一昨年より去年。去年より今年。前澤監督が中間に来て、実績を残すと共に中学時代に名を馳せた者が中間に入る事が増えている。今年も例に漏れず、紹介して行く中には僕でも何人か知っている者が何人か居た。


春日浦中学の高木と田坂や白崎中学の直江等は特に有名だし、勿論日野中学の伊藤もそう。彼らは志も高く、その言葉が夢見でない事を証明しようと言う意思も感じられた。


次々に元気良く答えて行く中で、僕も流れのまま答えて行く。



「獅堂圭です! 宇野森中学出身で、ポジションはボランチをしていました! 早く戦力になれる様頑張ります!」



周りには大きな目標を語った者が多かったが、僕はこれしかない。


目標が小さいだとか、向上心が無いと思われたかもしれない。


それでも。


前澤監督や、彼の事を良く知る部員。その人達に伝わればそれで良かった。


戦力になる。


レギュラーともベンチとも、バックアップ要員とさえも取れる様な言葉だが、本心は違う。


過渡期を迎え、現状に満足せず、更なる結果を求めている前澤監督率いる中間サッカー部。その戦力になると言う事。


前澤監督の期待に、真に応える者。その意味を、僕は分かっている。分かった上での、あの発言だった。


先は長い。まだ僕には何も無い。そんな僕の何処を見たのか、あの性悪監督は僕を勧誘した。


正直あまり好きじゃない、と言うか僕にとって一番嫌いなタイプではあるけれど。


サッカーに関しては別。


彼の期待に応えたい。応える事が僕にとって最善の道だと分かっていた。



最後にマネージャー希望の一人が自己紹介をして、既存部員は海野キャプテンが軽く紹介。


その後また前澤監督が出て来て、



「では早速、中間サッカー部の洗礼を受けて貰おうか」



何やら物騒な事を言い出した。


動揺が一年の中を包む一方で、正面の先輩方は先輩方で微妙な表情をしている。


そこから察するに、これは僕らだけの事では無いのかもしれない。部全体に影響する何か、と言う所までは想像が付くが……



「此処では二、三年と一年を練習中行動させる。期間は上が卒業するまでだ」



此方の反応を伺う様に少し間を置いて、内容を告げる。


以前何処かの高校でこの様なシステムを取っていた事があるらしいが、まさか此処でも同じ事が起きるとは。



「一年は先輩の良い所をとにかく盗め。聞きたい事があれば何でも聞け。二、三年は毎年言っているが、後輩に全てを見られていると思え。無様な姿は晒すなよ」



一人と密接して付き合う事で、その人と成りを良く理解出来るようになる。


そうすると練習外での同級生との会話にも先輩、後輩の名が出て来る様になり、結果として名前を早く覚えられるのもあるし、そこから広がるコミュニケーションもあるだろう。


互いが互いに受ける影響だけで無く、チームとしての成熟力を高める意味でも、この練習方法は中々理に適っているかもしれない。


何より、あの前澤監督のやる事だ。効果は有るのだろうし、誰も文句は言えない。



「では、名前を読んで行くぞ」



こうしてゴールキーパーから順に名前が呼ばれていく。呼ばれた者同士はその場から離れ、身体を解しに行った。練習の為の準備体操だ。


どう言う選出をしているのかも分からない。だが少なくとも、何も見ずに名前を挙げる前澤監督にはある程度、誰がどの様な選手なのか調べが付いているのかもしれない。


いや。


合格発表が出て、入学処理が終わって、少なくとも二週間程。その間彼が、何もせず入部を待って居たと考える方がおかしい。


間違い無く全新入生を調べ、その中でサッカー部へ入る生徒をリストアップし、組み合わせを考えていただろう。


全てはサッカーの為に。自らの目的を達成させる為には手段を選ばない。それがどんなに醜い事でも、どんなに難しい事でも。


変わらずやり遂げる。それが、前澤繁と言う人間なのだ。


だから。



「次、獅堂圭」


「はい」



僕の名前が呼ばれ。



「富屋、出ろ」


「はい」



彼の名前が呼ばれた事は、偶然じゃない。



富屋征士。中間サッカー部三年。ミッドフィールダー、オフェンシブハーフ。


一年から活躍する攻撃の要で、中間の絶対的な司令塔。世代別代表にも選ばれている。


一つのポジションに複数のレギュラークラスを配置する事を理想としている前障監督にとっても特別な存在で、彼の代わりはいない。


トラップ、パス、シュート、ドリブル全てに優れており、かつ視野が広い上に身体の使い方も上手く、彼がボールを持つだけで場が緊縮する程。特にそのキープ力は圧巻で、殆どボールを取られない。


フリーキック等のプレースキックの精度も高く、彼が居ると居ないのでは完全に別のチームになってしまう。


唯一の欠点は運動量、守備の意識。総じてボールを持っていない時の動きが悪く、試合から消えている時間も多い。


その彼は中学時代名古屋ジュニアユースに所属して居たのだが、現在の主流であるボールも選手も動く戦術とは対照的な、古典的とも言われるプレースタイルには当時から賛否両論の声が上がっていた。


練習熱心であり、技術だけなら並ぶ者はいない。それ故に首脳陣もユースへ上げるかどうか悩んでおり、そこに割り込んだのが次年度から中間へ転勤する事になった前澤監督。


彼をどう矯正させるかで悩んでいた名古屋と違い、今のままでも充分に通用する事を証明させる。その言葉を信じ、言葉通りに才能を開花させた富屋征士のエピソードは、”育成の前澤”の名をまた一つ上げる事となった。



その彼も、今年で三年。才能を開花させ、高校サッカー界でも有名となった逸材。


更なる飛躍の為の、貴重な一年間を、僕と過ごす事になる。


視線を感じる。自分の後ろから、富屋先輩の後ろから。


受ける感情は戸惑い。何で此奴が、何者なんだ此奴は。そんな言葉が頭の中に聞こえて来る。


──上等。


直ぐには無理だ。だけど、一年ある。


彼女、佐倉さんに追いつくまで三年掛かると思っていたが、彼となら。富屋先輩となら、もっと早く追い付けるかもしれない。


プレッシャーをひしひしと感じる。中間にとって、日本サッカー界にとって貴重な選手の一年間を、僕が潰す訳にはいかない。



「では行け。しっかり解しておけよ」


「はい!」



二人揃って返事をし、アップへ向かう。


前澤監督は舞台を用意してくれた。


以前は上がらなかった事もあった。分相応で無いとも思った。けれど、今は違う。


僕は進んで上がった。分相応では無いのなら、相応の存在になる為に。


期待に、応える為に。


号砲は既に鳴り。一歩踏み出し。今僕は、前に走り始めた。

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