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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第二幕 ひと月
7/33

変……

「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます」



体育館に響き渡る、マイク越しの声。


話自体面白味は無いが、こうしているだけで徐々に実感が湧いてくる。


四月初頭。此処に来るまでにある桜並木に迎えられ、本日を以って僕は県立中間高等学校へ入学した。


現在体育館、自分のクラスの担任だと言う男に連れられて此処に居る。


何処の高校、いや何処の学校でも校長の話と言うのは長い。この前に行われていた来賓の方の挨拶はあっさりしていたのに、今壇上では演説時間が決められているかの様に、至極どうでもいい事を只管喋っている。


耳を傾ければ確かに良い事を言っている気もするが、生憎僕ら新入生が求めているのはそんなものでは無い。


一刻も早くクラスに戻り、新しい出会いに花を咲かせたい者が大半だろう。


僕にしたってそれは同じ。正確にはその後、放課後こそが待ち遠しいのだが、とにかく今の時間は退屈でしか無い。


ここはこれまでの今日一日を回想するでもして、何とか時間を潰そう。僕にとって重要な、それでいてショッキングな出来事があった事だし。





宇野森出身の友人達と駅で待ち合わせをし、電車と徒歩で計三十分程。何度か同じルートを使って中間へ行った事もあり、それ程道順を確かめるまでも無く到着出来た。


校門を潜り、合格発表の時と同じ場所にある掲示板に張り出されていたクラス表を見ると、宇野森の友人の中で同じクラスになった者は居なかった。


その事に少し落胆し、僕以上に友人達は落胆していたが、仕方が無い事だと割り切る。


新たなコミュニティを一人で作らなければいけない事に若干の不安はあるけれど、それは此処に居る者の大半が同じな筈。


同じ中学の者が高校からも同じクラスと言う方が珍しいだろうし、一人しか中間へ進学する者がいない中学さえあるだろう。


不安なのは自分だけじゃない。そう思えば幾分気が楽になったし、



「あれ、君宇野森中の4番?」



僅かな接点を探し出して、自ら進んで話し掛けてくれる人も居る。


僕のクラスである一年五組に入り、黒板に書かれた席順から自分の名前を探し出し、二つの荷物を降ろして目当ての場所に腰掛けていると声を掛けられた。


宇野森中学出身でで五組なのは僕だけだし、4番と言えば僕がサッカー部最後の夏に貰った背番号でもある。間違いなく僕の事だ。


声は横から。僕より先に席に着いていた、刈り上げられた頭髪の男の顔を良く見て、かつ話し掛けられた際のキーワードを考えると、難なく関連付ける事が出来た。



「そう。君は日野中のゴールキーパー、伊藤だよね」


「俺の事覚えてんのか、なら話は早い。伊藤秋彦だ、宜しくな」



伊藤辰彦と名乗った彼。何故僕がその彼の事を知っているのかと言うと、二つの要因がある。


一つは、僕ら宇野森中学サッカー部が県大会で負けた相手が、彼の出身校である日野中学サッカー部だと言う事。


堅守を誇った彼らの中心こそがこの伊藤であり、試合後に一言二言話した覚えがある。


しかしその際に僕は名前を名乗らず、健闘を称える程度で会話を終わらせた。込み上げて来るものが、抑え切れなくなりそうだったから。


二つ目に、彼は日野中学だけでなく、県内でも有数なゴールキーパーであり、県トレセンにも選ばれる程優秀なサッカー選手だからだ。



トレセンとは、簡単に言えば選抜の事だ。


レベルの高い”個”が、ぬるま湯の様な環境の中でプレーしても、それ以上のレベルアップは望み難い。


そこでその”個”を集め、レベルの髙い者同士で競わせる事で更なるレベルアップ望める状況を作り出すのが、このトレセンの目的だ。


またレベルの高い選手だけでなくレベルの指導者も集め、また講習会を開く等で全体の底上げを目指すと言う側面もある。


トレセンには市町村等の区域の”地区トレセン”、”都道府県トレセン”、全国を九地域に分けた”地域トレセン”、そして日本全国から選抜された選手が集まる”ナショナルトレセン”に分かれている。


集める区域が広がればその分人材も増え、必然的によりレベルが高い選手が集められる仕組み。


その中で切磋琢磨し、行く行くは未来の日本サッカー界を背負う事を期待されている。



県トレセンとはつまり、県中から集められ篩に掛けられた上に残った人材。


しかもゴールキーパーは人口も少ないが選ばれる数も少なく、その中で伊藤は県内ナンバーワンと言われる程の人材だ。


体格にそれ程恵まれている訳でも無いものの、それを補う確かな技術と鋭い読み、守備陣を纏める統率力に僕ら宇野森は為す術も無く敗れた。


僕らが一点入れたのだって、慢心や雰囲気に呑まれた相手チームの一瞬の隙を突いたからで、以降改めて気を引き締めた守備陣を崩す事は二度と出来なかった。


その後、彼ら日野は県大会を優勝し、全国への切符を手に入れた。もっとも全国ではあえなく一回戦負けしたらしいけれど。



「僕は獅堂圭、宜しく。それにしても、伊藤こそ良く僕なんかの事を覚えてたね」


「いやー獅堂みたいな奴は中々忘れないと思うぞ」



途中出場、湧き上がる歓声、ファーストタッチがアシスト。


自分で言うのもなんだが、確かに衝撃的な場面だったのかもしれない。



「それに俺は少し前に来たんだけど、窓を見てざわついてる生徒が居て見てみたら、案の定獅堂だったしな」


「う……僕、そんなに目立ってる?」



思わず聞き返してしまったが、半ば自覚している事でもある。現に校門、廊下、そして此処一年五組と、明らかに僕の方を見てざわついている訳だし。


学生服に学生鞄の周りと違い、僕にはもう一つの荷物がある。それが目立つ一因だったと言う事は想像に難くない。


しかし、それは僕だけではない、伊藤や他の生徒の中にも数十人は居るはずで、主な原因は他にあると言う所までは想像が付いている。


僕らが持っているのはスポーツバッグ。つまりは、今日から始まるサッカー部の為の用品が入っている荷物を持参しているからだ。


それに今や中間は進学校と言うだけでなく、サッカーの強豪校としてもすっかり認知されている。これだけではそこまで目立つ要因には成り難い。


とすると、やはり僕自身が一番の要因なのだろう。言い難い事なのかもしれないが、始めが肝心。直さなければいけない所があるのなら、早急に直した方がいい。


そう思って問い質すと、伊藤は笑いながら、



「そりゃそうだろ。俺もお前みたいな奴中々いないと思うぞ」


「そ、そんなに僕って変かな?」


「変って……まあ、変と言えば確かに変だな」


「変……」



そんな事を言われたのは初めてだ。そりゃそうだろう、言われてたらもっと早くに気付いていた筈なのだから。


幾分ショックを受けつつも、このまま終わる訳にはいかない。


この周りからの視線を一刻も早く無くす為にも、僕はこの続きを聞かなければならない。



「僕って、何処が変?」


「そんな事を言う所だよ」



間髪入れず答える伊藤。しかし、その答えは求めていたものでは無い。



「いやそうじゃなくて、僕って何処がそんなに目立ってるの?」



意を決して核心に迫ると、周りが一気にざわつく。


その様子に、聞き耳立ててたんだと思いつつも。僕何か変な事を言ってしまったのだろうか?


……いや、間違いなく言ってるんだろう。さっき言われたばかりだし。



「何処って、もしかして気付いてないのか?」


「そう、それ。それが僕は聞きたかったんだ。僕の気付かない所で、僕には一体何があるの?」


「……マジかよ」



信じられないものを見る様な目で見てくる。


そこまではっきりとした事なら、もっと早くに知りたかった。それなら今更こんな恥をかかずに済んだのに。



「教えてよ。これ以上恥をかきたくないし……」


「おいおい、勘違いするなよ。これが恥ずかしい事であっても、お前が恥ずべき事でもないぞ」



え? 普通に考えたら、これだけ注目を浴びるという事はよっぽど酷い所があるんだと思っていたけれど。


つまりは、注目を浴びるのは当然で、その理由は僕に恥ずかしい事があるからではない?


どうにも様子が違ってきた。周りを見ても頷いているし、どうやらそうらしい。と言うかそれ、最早聞き耳のレベルじゃない。



「ど、どう言う事?」


「ええい間怠っこい! どうにも噛み合わんからはっきり言うぞ!」



生まれてきて十五年、同年代で間怠っこいなんて言葉を使ってる者を初めて見た。


それはともかく、いよいよ分かる。僕が僕自身の事を、また一つ分かるようになる。


一体僕は、どう見られているんだろう?



「うん、お願い」


「いいか、お前はなあ……!」



はっきりと言いつつも、無駄に溜めを作る。周りが息を呑むのが分かる。……何だこれ。


どこぞの日焼けサロンに通い詰めた様な肌の色をしたタレントよりは幾分マシの、それでもたっぷりと間を置いて。



「すっげーイケメンなんだよ!!」



物凄いしたり顔で、その事実を口にした。


……口には、したのだが。



「……?」


「そこで不思議そうな顔すんなよ……」



意味が、分からなかった。拍子抜けしたのか伊藤が脱力する。


池面?


池の表面の事をそんな風に言うのだろうか──って、そうではなくて。


イケメンってあの、格好良いとか美男子とかの、あれの事?



「まあイケメンっつーか、美少年? とにかく、街とかで見掛けたらまず噂になるレベル。身に覚えないのか?」


「いや……ある事はあるけど」



現在進行形で。


教室の外でも、他のクラスよりも格段に五月蝿かった為か、はたまた噂がもう伝播したのか。一人、また一人と僕らのクラスを覗きに来る人が居た。


その結果、現在。まるで動物園の檻の中に居るかと感じられる程、外から眺める生徒が増えている。男女関わらず。



「ほら見ろ。日野でも応援に来てた奴らが噂してたし、普通気付くっつーの」


「それは……」


「話は聞かせて貰ったわ!」



教室のドアを勢い良く開き、叩き付ける様な音と共に現れた人物。


見ると、ほのかに顔が赤い。火照っていると言った方がいいか。


あの人ごみを掻き分けるのが大変だったのだろう。


その人物とは、



「あ、安生さん?」


「そう。校門ぶりね獅堂君」


「……何だこの女。それに話を聞いてたって絶対嘘だろ」



突然現れた安生さんに引き気味につっこむ伊藤。


安生さん、宇野森の頃もたまにノリ重視で割り込んでくる事もあったからなあ。初見にこれは少しきついかもしれない。


一方で、伊藤の言葉には僕も同意する。僕らは結構近い距離で話しているので分かるけれど、とてもこの喧騒で教室の外まで声が届くとは思えない。



「まー又聞きだけどね。要は何で今まで獅堂君が自分の事に気付けなかったかって事でしょ?」


「又聞きでそこまで正確に伝わるもんか?」


「うっさいわねー、男なら細かい事気にしてんじゃないわよ」



理不尽だ、と言いつつもそれ以上は言及せず、聞く姿勢に移る伊藤。


どうやら僕の暴露大会が始まる様だ。やっぱり僕、ただのピエロじゃん。いや、パンダか。



「と、に、か、く。それはそれは昔の話……」


「……」



苦虫を噛んだかの様な表情をしつつも、伊藤は何も言わない。


そこからは、絶好調な安生さんの独壇場だった。


出来れば、その内容が僕の事であって欲しく無かった。

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