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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第一幕 終わりの始まり
6/33

幕間1

初めて見た時は、綺麗な人だなと思った。


瑞々しく、脂っ気が全く感じられない綺麗な黒髪。完璧な程に整えられた顔のパーツに華奢な肩幅と相まって、何処か儚いとさえ思える雰囲気を醸し出している。


身長は私より高いけど、同年代の男の人の中では目立つ程でも無い。なのにまるで彼が居る所だけスポットライトが当たっている様に、輝いて見えた。



「……す……! 香澄美!!」


「っ!」



すぐ横で私の名前が叫ばれ、はっとする。


いくら喧騒の中とは言え、相当大きな声で呼ばれても気付かないぐらいに、夢中で彼を見てしまっていた様だ。



「どうしたのよ、いきなりぼーっとして」


「う、ううん。何でもないよ」


「何でもないって……ふーん」


「な、何?」


「香澄美、ああいうのがタイプ?」


「叶恵!?」



私が見ていた先、佇む彼を視界に捉えると、叶恵が口の端を釣り上げた。



「日野の不沈艦と言われた香澄美も、所詮本物のイケメンの前には無力だったのね」


「違う、違うって! た、ただ綺麗だなーと思って……」


「それを一目惚れって言うんじゃないの?」


「し、知らない!」



一目惚れと言うか、雑誌とかで格好良いなーとかそう言う感覚に近く、何処か現実味が無い。


ただ写真やテレビの中じゃなく、目の前の人を見てこんな感覚になった事は今まで無いけど。



「そう言う叶恵だって、イケメンって言うぐらいなら気になるんじゃないの?」



少し冷静さを取り戻してきて、私だけ恥ずかしい思いをするのは悔しいから少しだけ反撃。


彼女が男性の事を褒めるのは珍しい。もしかしたらこの出会って三年間で初めて聞いたかもしれない。


もっとも、



「確かに顔はいいけど……」



彼女の好みが、直向きなスポーツ少年と言う話は何度も聞いている。一方、目の前の少年は何処か儚気で、熱苦しさとは無縁に感じられる。


中学からサッカー部のマネージャーとして三年間を過ごした割には浮いた話が無い為、男に興味が無い事を疑われていたけど、叶恵に言わせれば”本気度が足りない”。


全国に出る程のチームの中でもそう言うんだから、興味が無いと疑われてもしょうが無いかもしれない。


私だって三年間誰とも付き合わなかったんだけど……男の人との接する機会の差かな。


と、叶恵は彼を見て首を傾げ、腕を組みながらうんうん唸りだした。どうしたんだろう、何かを思い出そうとしている様な……



「あー、どっかで見た事あると思ったら」


「知ってるの!?」


「お、食い付きいいわねー」



しまった、ついつい勢いを入れてしまった。


こう言う所をつけ込まれるんだろうな、と思いつつも気になるからやっぱりしょうが無いと割り切り、黙って聞く姿勢に入る。


そんな私を叶恵はまた笑いながら、



「彼、県大会で見たわね。確か……宇野森中学のサッカー部員よ。応援団が噂してたわ」


「サッカー部か……ひょっとすると、此処に入る理由も?」


「恐らく、ね。途中からしか出て来なかったけど、結構上手かったから」



でも私のタイプじゃないけど、と改めて付け加える。


多分私へのフォローのつもりなんだろうけど、全然フォローになってない。



「だから違うって。あんな人見たの、初めてだったから……」


「あの時会場に居たら、もっと早く会えたのにね。あ、彼行っちゃうよ? 声掛けなくていいの?」


「もう、叶恵!」



そう言って笑い合う。


私こと佐倉香澄美と、隣で話してる瀬能叶恵は中学からの付き合いだけど、今では親友と言ってもいいぐらいに仲が良い。


申し合わせた訳では無い。だからこそ彼女と高校も一緒に通える事は何より嬉しかった。



「彼も居る事だし?」


「かーなーえー?」



怒る様で、実際全く怒っていない私と、それを分かっていながらも「こわーい」と言いながら逃げ回る叶恵。周りもそれを怪訝に見る様な事はせず、むしろ笑顔で居てくれる。


……うん、中間での三年間、楽しめそう。





彼は、暫くして戻って来た。


別に待っていた訳じゃない。合格者に配られる書類を受け取り、帰ろうとした時にすれ違っただけ。


叶恵はまたニヤニヤしながらも、本人がいる前では何も言わず、ただ通り過ぎた。


振り返ると、私達がさっきまで居た方向へ。


良かった、彼も合格していたんだ。書類を受け取らず帰ると言う事は……と思ったけど、どうやら杞憂に終わるみたい。



「そんなに嬉しい?」


「え?」


「顔。すっごい緩んでるよ」


「──!!」



言われて気付く。気づいた途端、頬が熱くなる。


私、今なんて思った?


良かった。彼が合格していて。


それってつまり、



「良かったね。彼と一緒の学校に通えて」



そういう事、なんだろう。


頬どころじゃない。多分私、顔中真っ赤だ。


しかも、赤くなったのは誂われたからじゃない。私自身、彼と一緒に通える事が嬉しくて、それに気付いてしまったからだ。


……どうしよう。暫く火照りが取れそうに無い。



「可愛いー。これが幾多の男共を陥落させた香澄美の魔性かー」


「か、かな、えっ!」



恥ずかしい。多分こんなに真っ赤になったの初めて。


あーもうどうしよう。


とりあえず周りの目も気になるし、何処かに移動したい。


と言うか、



「……帰ろ。出来れば今すぐ」


「あーはいはい。これ以上誂うと頭から湯気出ちゃいそうだし、今日のところは許してあげる」



冗談じゃなく、今にも出そうなぐらいに熱い。


それからも暫く顔の火照りは収まらず、大変な時を過ごした。


言ったそばから誂う叶恵が一緒に居たから、と言う理由もあるけど。


それ以上に、彼の事がが頭から離れないから、と言う理由の方が大きかった。


本当にどうしよう。動悸は止まらない、熱は引かない、何から何まで初めて尽くし。


果たして、今日は眠れるだろうか。









友人が、惚けていた。


合格発表を二人で見に行って、無事にお互い受かっていた事を喜んで称え合って。


後は書類を受け取って、ランチでも食べて帰ろうかなと思いながら歩き出そうとしたら、その友人が付いて来ない。



「かーすーみー、何してんの。早く行こうよ」


「……」



呼び掛けにも応えない。


現在位置は掲示板からは少し離れているが、人通りの多い場所である事に変わりは無い。合格に浮かれて走り回る人もいるかもしれない。


そこまで害があるとは思えないが、危険と言えば危険だ。



「かーすーみ! 香澄美!!」


「っ!」



結構大声を出して、ようやく反応があった。どれだけ惚けているんだか。周りの目が少し気になる。


どうしたのか聞いてもお茶を濁すし何だったんだと思いつつ、香澄美が見ていた方向を見ると。


一人の男性が居た。


位置しているのは、ついさっきまで私達も居た掲示板の前。多くの学生が集まる中でも、一際目立つその容姿。


周りからまるで隔絶されたかの様に佇む彼を見て、私は確信する。


ああ、これは面白い事になったと。



「香澄美、ああいうのがタイプ?」


「叶恵!?」



図星をつかれたからのか、はたまた恥ずかしい事を言われたからなのか、顔を赤くして声を張り上げる。


弄れば弄る程赤くなっていくし本当に面白い。出会って三年、此処までこの子が慌てる様な事なんて記憶に無い。


頭も良くて、顔も良くて、同年代の平均を遥かに上回る胸。何処へ行っても目立つのに、本人はまるで気にしていないかの様に振舞う。


初めは、傲慢かと思った。けれど付き合って行くにつれて、それが正反対の感情から来ているのだと分かった。


恵まれた容姿は確かに天からの授かり物だが、頭は違う。香澄美の両親は確かに学歴は高いと聞いたが、自分達の学生時代は香澄美程では無かったと言う。


勉強は出来るし器量も良い。教えるのも上手い。しかし、それらは全て香澄美の弛まぬ努力から来ているものだと気付いた。


そう、香澄美は自信を持っている。それは過信では無い。恵まれた容姿だけでは無く、自ら勝ち取ったものがあるから。


それがあるから、目立つ事を当然の様に受け入れ、その上で自然体で居る。



『恵まれている人は、恵まれていない人の分まで頑張る責任があるんだって』


『人の模範となる事。それが恵まれて産まれた人の責任なんだって、私は教えられたの』



以前何故そこまで頑張るのか、何故そこまでしても自然で居られるのか聞いたら、こんな言葉が返ってきた。


模範。一般人が”こうなりたい”と思える様な、そんな存在になりなさいと、香澄美は教えられてその通りに育った。


素直で純粋な素晴らしい女性。ただそれだけに、恋愛に関しては必要以上に思い悩んでいた。



『また振ったの? もう一体誰がいいのよ?』


『誰って……分かんない』


『とりあえず付き合ってみたら……って言うのも香澄美には無理な話ね』


『うん。中途半端な気持ちで付き合うのはいけないと思うし』



選り好みをしている訳では無い。誇張では無く、香澄美は運命の相手を探しているのだ。


其処には学生の頃から付き合い、そのままゴールインした両親の事も絡んでいるのかもしれない。


同年代と比較しても驚く程淡白な態度を取り続けていた香澄美。


しかし、今目の前に居る少女は違う。


一人の男性に気がある事を必要以上に否定するその姿は、何処にでも居る普通の。


恋する乙女だった。



それに対して弄り続けつつも、一方で羨ましいと思う自分も居た。


「とりあえず付き合ってみたら」なんて、よく言えたものだ。


男に興味が無いとか、男女関係にサバサバし過ぎとか言われてたけど、それも私が受けた告白を尽く断っていたから。


断り文句は決まって「ごめん、あんたの事男として見てない」。気が付けばレズ疑惑まで出始めていたけれど、面倒だし否定はしなかった。別に肯定もして無いけど。


大体私が同性愛者なら、真っ先に香澄美を襲うっつーの。まあ其の辺も含めて疑われてたんだろうけど。


その香澄美にようやく春が訪れた様に、私にだって男に興味が無い訳では無い。


要は、気に入った人がいなかっただけ。それで香澄美と同じく15年間彼氏無しなんだから人の事は言えない。


クラスメイトが格好良いと言う人を見ても、それ程良いとは思えない。結構良い男なんじゃない? とかその程度。


それすらも客観的に見ればそう思うだけで、私自身は良いとすらも思っていない。悪くないと思えるぐらいだ。


さっきの男性には見覚えがあった。名前は知らないが、確か宇野森中のサッカー部員。私達のもう母校になる、日野中サッカー部とは県大会で当たっていた。


容姿だけで無く、途中出場に大盛り上りする相手側の応援団、ビハインドの中ファーストタッチで試合を振り出しに戻す精神力。


そのどれもが目立っていたし、此方の応援団も彼の話題で持ち切りだった。私だって顔を覚えているぐらいには印象に残っている。


でも色めく同級生とは違い、私はあくまで”目立っていた選手”としか思えなかった。確かに顔は良いけど、線が細い。率直に言って好みじゃない。


中々お目に掛かれない容姿の彼でさえそうだったのだから、自分でも相当選り好みしてると思う。


私からすれば、ただ単に好きになった人と付き合いたい。今は好きな人がいない。ただそれだけ。それだけなんだけど……


だからようやく好きな人が出来た香澄美の事は応援したいし、自分も好きな人が欲しいなーと言う気持ちもある。


しかし香澄美がそうだった様に、好きな人と言うのは欲しいから出来るものでも無いと思う。


出会い、巡り逢い、運命。中々あるもんじゃない。


だから、羨ましいと思うのは当然。私だって、誰に何を言われようとも、恋に恋する少女なのだ。


好きな人、欲しいな。

第一幕はこれで終わります。


第二幕までしばしの間お待ちください。

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