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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第一幕 終わりの始まり
4/33

合理的だ

宣言通りに。


望む通りに。


前澤監督は、舞台を整えた。


初対面が最悪であろうと、今回は僕も舞台へ上がらざるを得ない。


ただし、その舞台は”まだ”ただの、交渉のテーブル。


決して前澤監督が日々築き上げている、県立中間高等学校サッカー部と言う城ではない。


迷っているとは言えても。光栄であるとしても。


僕はまだ、目の前の前澤監督を信じてはいない。



「そう警戒するな。先のことなら謝罪しよう、済まなかった。私としては出来れば洗い流したい、完全な失敗の過去とはいえ。お前にとってはそれこそが、今の時点では何より重要だったのだからな」



滑らかに。饒舌に。


以前のような重く深みのある声色ではなく、親しみさえある雰囲気を醸し出して。


あくまで前回の事は、策に溺れただけだと。


必要以上に舞台を整えて、雰囲気まで変えて。


小細工なしの対面を望む僕に応える様に、普段の自分を曝け出そうとしている様に見える。


だが。



「……おっと、済まない。更に謝罪しよう、それがお前だったのだな」



僕から見て、前澤監督は逆光。


つまり前澤監督からは、僕の顔はよく見える。


だから、今僕がどんな顔をしていたのか。表情から、どんな感情を抱いていたのか。よく、分かったのだろう。


正しく僕は、以前と同じ感情を。


怒りの感情を、抱いていた。



「やはりこの位置を選んで正解だった。何せ慣れていないものでな」



悪びれもなく言う。小細工を嫌う僕に対して、性懲りも無く仕掛けた事に対し。


声色もすっかり戻り、あの時のような重く引き込むものになっていた。


そう、これが前澤繁という人間。


目的の為には手段を選ばない。


その手段がどれ程卑劣なものであっても。


前澤繁は即座に決断し、何処にも罪の意識を抱かずに、容赦なく実行するだろう。


それが、今僕の目の前にいる前澤繁と言う。


あの高名な前澤監督の、本当の姿なのだろう。



「優しい者達に囲まれ、それでも臆病に生き続けてきた獅堂圭と言う人間。実にやり辛く……実に、面白い」



惜しげもなくカードを切っていく。


ただ、この手札は僕にも察しは付いていた。


僕の生い立ち。それを表面で追っていけば、自ずと勧誘する手段は見えてくる。


周りに流され、期待のままに進んでいく僕の姿が。


前澤繁には、ありありと見えていたのだろう。


ただ、彼にも一つの誤算があった。見えていないものがあった。


僕のその行動の裏には。


臆病になった理由は。


他でもない、仲間の存在があったからだ。



「……前澤監督」


「おっとおっと済まない済まない。何せこの様な感覚は久しぶりでな。正直戸惑っているとも言える」



楽しむ様に。笑みさえ浮かべながら、次々にカードを切っていく。


前澤繁と言う人物を。


奇怪とさえ思える笑みを。


出してはいけない本性を。


僕には、それこそが最善だと言わんばかりに。



「だとしても、もういいでしょう」


「……だからお前は面白い」



虫酸が走る。イライラする。一刻も早く、この会話を終わらせたい。


そんな僕の様子に対しても笑いながら、急かす様すら楽しみながら。


僕の本質を、全く予測していなかったと言うのに。


変わりなく、前澤繁は笑う。



「では本題に入ろう。いや、既に本題には入っていたのだがな」



本題。獅堂圭も、前澤繁も、両方の人物が望む展開。


しかし、この言葉すら喉元に引っかかる。


既に入っていたと言うのは、再開の合図から確かにそうだった。


つまり。



今日出会ったその瞬間から、この会話を含めて彼にとっては”本題”だった?



「実に察しのいいお前なら、もう理解していると思うが」



確認。言葉のパス交換が出来ているか。


もっとも、僕が頷こうが頷くまいが変わらない。


意味なんて無い。


なのに意味が有るとすれば、



「私の本性を知って、それでも留まり続けるお前。もう既に本題で、もう答えすら出ているのだよ」



前澤繁と言う人間に触れ。


誰もが後ずさりする様な、醜い本性に触れ。


それでも僕は、話を聞いた。聞いてしまった。


何故かは分からない。


不快でしかない会話。


嫌悪の対象でしかない性格の、筈なのに。


今すぐにでも逃げ出したい筈なのに。


その言葉を、真意を最後まで聞きたいと、思ってしまっていた。



「獅堂圭よ。私は私を理解しているし、私はお前を理解している。そしてお前も私を理解している。だから今度は、お前がお前を理解する番だ」



そして、核心へと。


始まりの終わりへと、進み出した。






期待に応え、頼まれたら断れない僕。


その僕が、初めて皆の期待に背いた。


背いた理由は、確かに仲間の事があったからだ。


仲間を利用され、怒りに震え、気が付けば言葉を発していた。


それは否定ではなく保留だったけれど、仲間にとっては肯定以外は同じ事。


沸騰した頭の中から出た言葉に、意味なんてものは無い。そう思っていた。


それが。


頭を冷やし、心を整えて以降、そして今現在でも保留し続けている。


大切な仲間を汚した、この前澤繁と言う者の下で。


薄々気付いてはいたが改めて触れてみると、それはもう真っ黒な本性を前にしても。


本来なら真っ先に逃げ出す様な所で、何故か僕は立ち止まり続けていた。



「……っ」



言葉が出ない。息が詰まる。対して喋ってもないのに、喉はカラカラだ。


あの時、否定ではなく保留した僕。


頭を冷やしても、答えを出せずにいる僕。


未だ、立ち止まったままの僕。


その理由は言うまでもない。分からないからだ。



「簡単な事だ」



苦痛すら滲ませているであろう僕の表情を見て、しかし前澤繁は相変わらず淡々と応える。


言葉が出ない僕の、分からないと言う問いに対し。


自分の事が分からない僕の事を、あたかも分かっているかの様に。



「あの時保留した理由。その後も答えを出さなかった理由。今ここにお前がいる理由。お前が立ち止まり続けている理由。私には分かっているぞ」



諭すような口調でもない。何も変わっていない。


ただ、前澤繁は。


事実を、述べているだけなのだ。


誰より僕の事を、理解しているだけなのだ。



「お前の性格については、確かに予想外だった。しかし、何も変わらない。お前はお前のままだし、私の知っているお前も、何も変わらなかった」



変わらない。


前澤繁と言う人間の持論であり、行動理念。どんな事が起ころうと、決して彼は変わらないだろう。


淡々と。


黙々と。


目的に向かって、進んで行くのだろう。


いや、進んで行くと断言出来る。それが、僕には分かる。



「この私、前澤繁と言う人間に触れても平気な者。嫌悪こそすれども離れはしない。分かっていた事だ」



会話をしたのは、まだ二度目。


上辺だけでしか知らなかった筈の、獅堂圭と前澤繁。


彼が僕の事を分かっている様に、僕も彼の事を分かっている。


自分の事さえ分からないのに。


分かってしまっている。



「何故なら」



何故なら。



「お前と言う人間は」



獅堂圭は。



「徹底的な合理主義者。目的の為なら、サッカーの為なら手段を選ばない──私と同じ、醜悪な者なのだから」



どうやら、そう言う事らしい──



「ちが、う……!」



振り絞って、ようやく出た言葉。それは否定だった。


違う。そんな訳は無い。


こんな醜い男と僕が、同じだなんて。


認めたくは、ないのだけれど。



「理解した様だな」



前澤繁は、変わらない。


僕の先程以上に、もがき苦しむ姿を見ても。


何も変わらない。



「仲間思いなのも、臆病なのも確かにお前だ。だが」



変わらず、言葉を続けていく。


僕の心を、自らの本性を剥がしていく。



「サッカーの為に、心配する両親を言いくるめて。サッカー部へ無理なく入れる様に、友人を使い。周りの同情すら、サッカーの為に使う」



僕の過去を。


僕の思いを。


僕のアルバムの色を、変えていく。


いや。


本来在るべき姿に、戻していく。



「前回の私の行為。怒る一方で、お前はこう思った筈だ。”合理的だ”、と」



それが、答え。否定ではなく、保留した理由。


震えが止まらない。歯がカチカチと噛み合う。


目の前の人物への悪寒が止まらない。


目の前の人物が紡ぐ、真実を受け入れられない。



「今回だってそうだろう? 場を整え、態とらしく現れ、お前の表情が見える様な位置取りまでした私を、お前はどう思った?」



だって、有り得ない。


前回と同じ小細工をし、性懲りも無く僕に近付いた、この醜悪な人間に対し。


怒りに震え、沸騰しきった頭の、その一方で。


理に適っている、と思ったなんて。



「さあ、もう迷いはない。歩みを始めろ。なに、特別な事をする必要は無い。今まで通り、今までと変わらず。合理的に、お前の望む通りに物事を判断すればいいだけだ」



前澤繁と出会い。


前澤繁の本性に触れ。


何故こんなにも腹が立つのか。


仲間を利用されただけじゃない。


保留と言う選択肢を取った理由。サッカーのことが頭に過ぎった、あの時の気持ちが、今なら分かる。


僕は、彼と同じ。


サッカーの為なら大切な仲間さえ天秤に掛ける、いや天秤にすら掛けない醜い人間で。


同族嫌悪、だったのだ。





後日、僕は進路希望を提出した。


第一志望、県立中間高等学校。


第二志望以降も書いたが、中間以外の道は考えられなかった。


傍目悩んでいて、結局中間入りを決断した僕を、仲間達は歓喜の輪に入れてくれた。


入試を受けてさえいないのに、宇野森サッカー部関係者を殆ど巻き込んでのお祭り騒ぎ。それが終われば今度は学年、いや学校さえ巻き込んでの宴会続き。


両親との話し合いも、さほど時間は掛からなかった。僕の進む道を応援してくれると言うだけだった。


あんな事があったにも関わらず、そんな出来事にも今までと変わらず楽しめた。


そう、変わらない。


何があっても、大切な仲間達に変わりはない。


ただ、知ってしまった。


あんなに良くしてくれた仲間達を、僕はサッカーの為なら平気で利用する事に。


心から気を配ってくれた人達でも、使えるものなら何の躊躇いも無く利用する事に。


それが誰より迷惑を掛けた両親でさえ、断る筈が無いと分かっていて利用する事に。


僕は、罪悪感の欠片も感じていない事を知ってしまった。



ならば、前に進もう。



どれ程細く険しい、そして暗黒の道でも。


もう帰り道は崩れてしまった。


先に何があるかは分からないけれど。


もう僕には、サッカーしか残っていない。


僕は、サッカーで生きていく。


……なるほど、確かに変わらない。


これまでもこれからも、結局僕はサッカーと共に生きていくのだから。


まずは受験勉強、頑張らなくちゃ。

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