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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第三幕 全国高等学校総合体育大会予選(上)
19/33

あと一歩

試合は前半と同じく、激しい様相を見せる。


天乃は選手交代をして来なかった。これまでの戦いを見ても殆ど交代は行っておらず、レギュラー陣を固定している様だ。


にも関わらず。速いプレスにボールを奪ったら素早く攻め上がると言うその姿勢は、自分達の練習量に自信があるのだろう。


11番も相変わらず富屋先輩にべったり。かと言って攻撃の際に野放しにすると危険だ。彼には大きな武器、弾丸ミドルがある。こぼれ球は危険だ。



「上がれ!」



また天乃が中間陣営に攻め入り、ゴール前は混沌としている中で海野先輩ががっちりボールを保持。


それと同時に広がる中間。何時ものカウンターだ。


ボールは助走を付けつつ投げられ、中央で待つ富屋先輩へ。当然11番が付いており、その指示によって周りの選手が一斉に近付く。


だが、



「どうも」


「!!」



富屋先輩は上手く身体を寄せて胸で少し大きく落とし、そのボールを僕が拾って天乃の群れの横を駆け抜ける。


前方には広いスペースが有り、天乃のディフェンス陣は岡野先輩、鏑木と並走しつつ、後ろ向きで僕の相手をしなくてはいけなくなった。


センターサークル付近でドリブルをする僕の右後ろから一人追い付くが、追い抜く際に左手を前に出した所、つまり右足を前に出した所を見計らって股抜き。


普通走る時、足の振りと腕の振りは逆になる。意識して同じ手足を出しているならともかく、全速力で走っているならそんな事を出来る者を見た事は無いし、やろうとしている人さえいないだろう。


更に直ぐ後ろに迫っている気配は無い。残りは三人、岡野先輩に一人と鏑木に二人。だが僕はフリーでドリブルしているので、三対三の状況だ。


互いの駆け引き。誰が僕に来るのか。それともこのまま下がり続け、後ろから追い付くのを待つのか。岡野先輩や鏑木はいつ仕掛けるのか。


だから僕は、



「6番が来てるぞ!」



天乃の11番が叫ぶ。僕、いや僕らは天乃ディフェンス陣が予想していなかっただろう、裏の選択肢を用意していた。


夏木先輩が右サイドから猛然と走り込み、僕は鏑木達ごと飛び越える様に浮き球でパスを送る。夏木先輩が中へ切れ込んでボールに追い付き、、ゴールキーパーと一対一。


だがトラップが少し流れ、ペナルティエリアを飛び出して来たゴールキーパーは大きく横へ蹴り出し、タッチラインを割ってしまった。



「ちっ……獅堂、良かったぞ!」


「どうもです!」



大きく蹴り出した為リスタートに少し間が空き、その間に一気に天乃のディフェンスラインが下がり、それに応じて中間も全体を押し上げる。スローインの位置は大体アタッキングサード、コートを三分割した際の中央と天乃陣内の境目と言った所。


中間ボールではあるが、人数が揃っている所を崩すのは容易では無い。ここはパスを繋いで様子を見るべきか。


頭の上から両手で投げられたボールを受け取る。そのまま後ろに下げ、自分も下がってボール回しに参加する。


中間は全体を押し上げたものの、元々前線に多く人数を配置している訳では無いので、後方でのボール回しの際の選択肢は多い。天乃はフォワード陣が積極的に奪取に向かうものの、思う様にボールを奪えない。


すると中盤の選手もラインを上げ、ボール奪取に参加して来た。見るとディフェンスラインも幾分押し上げてきている。


それこそが、このボール回しの狙いだと気付かずに。



「獅堂!」



中央でボールを持っていた加藤先輩から、右サイドでボールを受け取る。僕にもチェックが来るが、その前に大きく逆サイドへ。


其処には中盤の位置まで上がっていた歳内先輩。完全にフリーの状態で、それは天乃がこのサイドチェンジに対応出来ていないと言う事。


歳内先輩は落ち着いてボールをコントロールし、少し前に転がした後に前線へアーリークロス、後ろから斜め前へのセンタリングを上げた。


アーリークロスの利点は、ディフェンス側は後ろへ下がりながら守る事になる為に、ボールと相手フォワードを同時に捉え難い事。


もっとも、ディフェンスラインが初めから深い位置にある場合はその利点が無くなってしまう。その場での対応になってしまうのでは意味が無い。


だから、僕らは後方でのパス回しで天乃のラインを上げさせたのだ。後ろから来るボールをシュートまで持って行くのはフォワードにとっても難しいものの、其処に居たのは、



「決めろよ……鏑木!」



天乃のディフェンスラインはサイドチェンジとこのアーリークロスで完全に崩されており、鏑木はこれまでに比べれば大分甘いマークの中に居た。


幾分高い位置に来てしまったが、鏑木にとっては問題ない。



「う……おおお!!」



大きく飛び上がり、走り高跳びの様な横向きの姿勢で足を振り抜く。


ド派手なボレーシュートはゴールキーパーの反応虚しく、見事ゴールネットを揺らした。



「よっしゃー!」


「鏑木すげー! 空飛ぶ日本人じゃん!!」


「あんなのプロでも中々お目に掛かれないぞ!」



揉みくちゃにされる鏑木、歓喜の中間の面々。ベンチでも大盛り上がりだ。


会心の一撃。先程のシュートは正にそう表現するに相応しい、見事なジャンピングボレーだった。



「獅堂もナイス! いい展開だった!!」


「いやいや、此処は正確なクロスを上げた俺を褒めるべきだろ」


「ありがとうございます歳内先輩。アバウトな高さだったんで却って見栄えが良くなりました。獅堂は……まあ、普通かな」


「こいつ……!」


「あはは」



確かに、普通ならミスキックとも言える様な軌道だった。富屋先輩ならまだしも、他の選手では満足にコントロールする事すらままならなかっただろう。


だが。


ピンポイントでなくとも、自分の周りにさえ蹴れば後は何とかする。それが大言壮語にならず、有言実行するのがこの男、鏑木籐一郎なのだ。


後半開始10分に試合が動き、僕ら中間が一点を先制した。





その後もしっかり後ろを堅めつつパスを回す中間。


天乃もボールを奪おうと必死にチェックに来るものの、先程の一連の流れが頭にあるのかそれ程前に出て来ない。


後ろでのパス回しでラインを上げさせて、裏のスペースを狙う。これが一発で結果を出せた事は非常に大きい。一点入った事で、必要以上に天乃は警戒している。


このまま相手を疲弊させ、無理に攻めた所にカウンターでもう一点入れば大分安心出来る。そうして5分、10分と過ぎて行き。


誰も気付かなかった。


少しずつ、綻びが出始めているのを。


そう、まだ僕達は安心してはいけなかったのだ。



「夏木! 後ろだ!」


「え?」



富屋先輩が叫ぶ。滅多に喋らない彼が、声を張り上げる。


それは、誰もが予想だにしていない事だった。


11番が富屋先輩から離れて動き出し、夏木先輩からボールを奪い、



「入りやがれぇ!!」



センターライン付近からロングシュートを狙うなど。


パス回しには、時には海野キャプテンも参加していた。かと言って本来ならば必要以上に前に出る必要も無いが、いつもより少し前にポジションを取っていた。


更に相手にボールを奪われ、ショートカウンターを警戒してまた少し前に出て。


その隙を、狙われた。


夏木先輩は少し長いグラウンダーのパスを前に出ず、その場で待っていた所をカットされた。


周りをよく見ていなかった事もあるだろうが、それ以上に11番について無警戒過ぎた。簡単に捌くだけと言う頭が、富屋先輩の声に対する反応も鈍らせた。


11番にしても、それは一種の賭けだったのだろう。


おそらく独断の行動。パスカット出来なければ富屋先輩がフリーになり、決定的な仕事をさせてしまう可能性が高い。


だが思う様に前に出れず、時間だけが過ぎて行くなら。他でもない彼が動くしか、天乃に残された道は無かったのかもしれない。


喩えシュートが入らなくても、その勇気に元気付けられ再び活性化させる事も目的の一つ。


後半25分になろうかと言う所。それが最良の結果を産み、試合は振り出しに戻された。



「すまん……」


「いや、俺のせいだ。前に出過ぎていた」



意気消沈する夏木先輩を庇う様に、海野キャプテンが頭を下げる。


それは違う、と言うよりそれだけが理由じゃないのが本音。しかし、僕にそれを言う資格はまだ無い。


実力云々では無く、立場の問題。中間において海野キャプテンからも一目置かれる、絶対的なコート上の支配者。



「全員の責任だ」



富屋征士。


11番は常に傍に居たとは言え、いち早く行動に気付いた者。


これまで殆ど仕事をしていなくても、彼は常に周りに気を配っていた。常にボールを受ける為に動き続けていた。


それが最小限の動きだろうと。運動量が少ないと言われつつも、決してサボっている訳では無い。自分の役割を淡々とこなしていただけ。


彼には誰もが助けられて来た。この試合で未だ決定的な仕事をしていなくても関係無い。


周りが自分の意図にそぐわない動きをすると不機嫌さを撒き散らし、僕が入部するまでは誰も近付けなかった。


伴すれば自己中心的な性格。だが鏑木がそうである様に、彼もまたプレーで周りを納得させ、不甲斐ない動きを見せる事は無い。


彼には、言う資格がある。


僕らを、責める資格を有している。



「ボールを奪われる事は幾らでもある。常にボールを保持している方が難しい」



ポゼッション、ボールキープする事を第一に考える戦術で世界的に有名なクラブでさえ、ボール支配率は高くても70%程。時には80%、90%さえ記録した事もあるが、それは希な例だ。


僕らはポゼッションを重視している訳でもなく、天乃との実力は拮抗。中盤でのせめぎ合い、奪われて奪い返す展開は前半に多く起こっていた。有利な展開だったとは言え、そう長い時間ボールを保持出来る訳が無い。


しかし後半に入ってからは中間がボールを支配し始め、パス回しから得点に結びついた事もあって、



「獅堂が入り、確かに流れは良くなった。だが勘違いするな。余裕を持って戦える程、天乃は甘くない」



勘違い。思い通りに試合が動き、ボールが動き、僕らは自分達の実力を過信してしまった。


余裕を持って勝利を奪えると。



「あと一歩。監督の言葉を今一度思い出せ」



試合前の言葉を、忘れてしまっていた。


いつもより一歩多く。それは、いつも以上に動くと言う事。


走り負けるな、とも言われた。


パス回しの際にももっと動いていれば。誰もが連動していれば、夏木先輩だってその場で受けはしなかっただろう。


一人でもサボったら誰かが叱る。それが出来なければ、また一人とサボる者が増えていく。その結果がこれだ。


だから、これは全員の責任。今一度、全員でその意識を共有する必要がある。



「……よしっ! じゃあ監督の言った通りにやるぞ!」


「おう!!」


「……」



先程は直接的な原因を作った為に富屋先輩に譲ったが、本来主導するのはキャプテンの役割だ。


此処からは気を改める。それを一番に出来るからこそリーダーに選ばれたのだと分かる。


富屋先輩はまた黙る。と思ったら、僕に近付いてくる。……嫌な予感。



「追い付かれた時の事は言ってなかったが、後半20分過ぎて同点。条件には当て嵌る」



ヘッドロックを掛けられつつ、何とか話を聞く。周りから人が離れて行くが、もう慣れたもので海野キャプテンもそのまま話を続ける。慣れられてしまったのが悲しい様なそうでもない様な。


ハーフタイム中に、前澤監督が投げかけた爆弾。



「4-3-3にシステムを変更する!」



それに、導火線が付いた瞬間だった。

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