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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第三幕 全国高等学校総合体育大会予選(上)
17/33

弾丸だよ弾丸

次の週は土日両方で試合が行われ、中間はそこでも快勝し見事全勝で二次リーグを一位突破。決勝トーナメント進出となった。


これからは負けたら終わりのノックアウト方式。二次リーグを勝ち抜いた八校の中、たった一校だけが全国の舞台へ進む事が出来る。


中間は去年選手権には出場したものの、まだこのインハイには出場していない。初出場を掛けてしっかり気を引き締めて、と行きたい所なんだけど……



「獅堂君、大活躍だったんだって!?」


「すごーい、一年生なのにもう試合に出てるんだ!」


「それも、昨日は始めから出てたんでしょ? もうレギュラーも間近だなんて……最高……」


「あ、ありがとう……」



何か物凄い勢いで迫られてちょっと怖い。絶対曲解されてるし。


大活躍とか一年だからとかって、それを言うなら真っ先に鏑木の名が挙がるはずだろう。レギュラー間近処ろか既にレギュラーだし。


三試合連続で得点を決め、空中戦を筆頭に圧倒的な実力を見せ付けた鏑木。一方僕と言えば、やっと昨日フルタイムで出場したばかり。それも特に点を入れたとかは無く、本当に出ただけ。


内容については、まあ自分なりに悪くは無かったと思う。鏑木は何も言って来ないし、富屋先輩が僕を弄る事も無かったので、最低限の仕事は果たしていたと言う事だろう。


精力的に動き、バランスを保ち、その中で攻撃面でも貢献する。僕がすべき仕事はこの辺りになってくる。


自分の体力と相談しながらだったのだが、フルタイムで出ても案外動き回る事が出来たので一つ目についてはまずまず。


バランスと言うのは、三人が三人とも守備の意識を共有出来ているか。空いたスペースやサイドバックが上がった際のカバーリング、相手へのチェックとフォロー等。常に全体を見渡して、其処に人が居ないと困る所に位置していなければいけない。


その中で僕はある程度攻撃の役割も担う様になっているので、ボールを取られた際のカウンターにも気を配りつつ攻め上がる。


この二つについても、試合後のミーティングや先輩達の言葉からも悪くない印象を受けている。勿論改善すべき所はまだまだあるが、バランスについては問題無し、攻撃面でも以前までの中間には無かったアクセントの一つとして捉えられている。


更に、試合をこなして行く内にボールの集まりも良くなってきたし、僕がボールを持つとサイドバックも積極的に前に出る様にもなって来た。いい傾向だ。


試合になると内容が悪くなる者も居る中で、むしろどんどん認められて来ていると感じられる。だがレギュラーとなれば話は別。あくまで現状はアクセントだ。



「次の試合も頑張ってね!」


「獅堂君なら絶対活躍出来るよ!」


「アクセスカウンターもうなぎ登りよ!」



わいわいがやがや。気の早い事だ。次の相手が何処かも知らずに。


だけど、ハードルは高ければ高い程いい。


超えなければいけないハードルはもっと高い。これ位余裕で越えられなければ、所詮その程度だったと言う事だ。


元々、皆より遥か後ろからのスタートだったんだ。それは悲観する事じゃない。スタートが遅ければ、その分皆より速く走ればいいだけ。


だから、僕は走り続けなければならない。誰よりも速く。誰よりも高く。決して歩みを止めず。


周りの声を、プレッシャーでは無く後押しされているとして。際限無く増える声に臆せず、ただ前だけを見て。


次の試合は、県立天乃工業高等学校。


僕ら中間、私立の三泉大学附属高等学園に並ぶ県内三強の一角だ。





「ううう、武者震いが止まらないぜー」


「でも試合には出れないのにね」


「うっせー! 俺だってなあ、お前みたいに試合に出て女の子にちやほやされたいんだー!」


「伊藤の頭にはそれしかないの……?」



練習前のミーティングで、天乃工業の試合映像を見せられた。三人しかいないマネージャーの仕事量には感服する。


インハイや選手権にはさほど縁がないものの、県内では常に上位に名を連ね、毎回ベスト4には進んできている強豪校。堅守速攻。天乃工業の戦術は中間と同じカウンタースタイルで、全体的に小柄な選手が多いのも同じ。


……最もそれは、双方にとって去年までのイメージでしか無いのだが。


中間は戦術こそ変わらないものの、小柄と言うイメージは払拭しつつある。それは鏑木であったり直江であったり、新入生かつ高身長の者が戦力になっているからだ。


対して天乃はと言うと、反対に小柄なのは変わらず、戦術をガラリと変えてきた。


映像を見ても、これまでは中盤を横一線に並べたオーソドックスな4-4-2だったのを、今年から4-3-3のシステムに変更し一転して攻撃的なチームになっていたのだ。


元々ドリブルが得意だったフォワード二人をサイドに置いての突破を狙うだけで無く、中盤やサイドバックの選手も積極的に攻め上がる。ディフェンス面でも以前までの経験が活きているのか、目立った穴は見当たらない。


このチームの鍵を握っているのは、中盤の三人。横一列に並んで攻守に奔走しなければならず、守備第一の中間ボランチとは考え方が違う。


特に中央の11番。体格は普通だが声や身振りで周りに指示を出し、相手の攻撃の芽を摘む事が多い。攻撃参加は他の二人やサイドバックに任せている様で守備専任といったイメージが強い、が。



「それに伊藤、あの11番のミドルは止めれそう?」


「無理、とは言わんでも厳しい。弾丸だよ弾丸」



時折見せるミドルシュートは強烈で、多少甘いコースでもゴールキーパーは止めれないか、弾くのが精一杯。其処を押し込むのが一つの得点の形になっている。


守備の面でも貢献度が高く、これ程までに目立つ武器も持っていながら、去年までは何も話を聞かなかった。それだけでは無い、先輩達に聞いてもこの選手を見た事が無いらしい。相手は三年と言うのに、だ。


”人の成長する時期は異なる”と言う、前澤監督の言葉がその通りだと実感する。この選手は間違いなく去年の新人戦以降から伸びた選手であり、地道な練習を経て大きな武器を手にしたのだ。


こう言う者は、周りからの信頼も厚い。二年間の下積みを周りの者が見ていない訳が無い。馬鹿にされても、蔑まれても自分を信じ、最後に大きく花開いた。こう言う者が周りから尊敬されない筈が無い。


だからこそ、彼を中心とした守備陣は以前と変わらない強固さを誇っている。彼の指示に迷いなく従う姿は信頼の表れでもある。


戦術も変われば選手も変わる。それでも、いやそれ以上に厄介な相手として、天乃は僕らの前に立ちはだかった。





金曜日。五月も終わりの今日は本来平日だが、決勝トーナメントは今日、明日、明後日の三日間を使って行われる。


場所は先週から専用のサッカー場に変わっている。五面あるコートの内の殆どが天然芝。


普通の高校のグラウンドは当然土。私立でもスポーツに力を入れていない限りは土のグラウンドが多いだろう。休日練習に時折来た事もあるが、思った以上に芝の扱いは難しい。


だが滑る、転けるがあるサッカーは本来芝で行うスポーツ。プロの試合は当然全て芝だし、二種や三種の年代でも上のレベルになれば殆どが芝のコートで行われる。


土と芝の違い。それは多岐に渡るが、その中でも”ボールの質”と言うものがある。無論、ボール自体の素材の違い等では無い。


土に比べて、芝の上にあるボールは多少浮いている。それだけでもかなり違って、地面に接していると思ってボールを蹴ると、予想より大きく上へ飛んでいってしまうのだ。


軸足もしっかり踏み込む必要があるし、質が違うのは蹴る際だけでは無い。ボールが上から地面へ接する際にも芝はクッションの役割をして土ほどバウンドしなかったり、転がす際にもやはり芝が摩擦を生んで思ったより遠くまで転がらない。


摩擦と言うのは、ただ走る事にも影響してくる。短い距離を一度、二度だけなら分からない。しかし十度、二十度、更に長い距離を走るとその違いが良く分かる。


極端な話で言えば、砂浜や水の上で走る様なものだ。少なからず抵抗は受けるし、上手く走れない。かと言って踏み込みが浅いと転ける事だって有り得る。難儀な事だ。


芝でサッカーをする際には、芝用のスパイクを用意する事が望ましい。先端が丸型のポイントより、鋭利で芝にも良く食い込むスパイクを皆用意している。


後は、練習で慣れるしか無い。走り込み、パス回し等を繰り返し行い微調整。試合前の練習でも前澤監督は基礎練習に時間を費やし、僕らにその感覚を少しでも養わせていた。



「……フォワードに岡野と鏑木。以上だ」



先発メンバーは海城の時と同じく、これまでプリンスリーグを戦って来た先輩方に鏑木を加えた布陣。


ミーティングでは、二次リーグには無かったピリピリとした雰囲気に包まれていた。


そうしたのは勿論前澤監督。二次リーグでは少し気が抜けた感もあり、そのまま天乃との試合に持っていくのは不味いと判断したのだろう。


先輩達もそれを分かってはいる。だが所詮は高校生、新人戦でも破った相手と言う事もあり多少楽観視する声も聞こえてきていた。


直接聞いた訳では無いにしろ、そうした空気を感じ取れない男では無い。



「今日の試合はプリンスリーグを彷彿とさせるものになるだろう。あと一歩余分に踏み出せ。いいな」


「はい!!」



プリンスリーグ。レベルが違う相手に必死で食らいつこうと走り回り、試合後にはぐったりとしている先輩達を見ていた。


何とかして勝とうと。何とかして富屋先輩まで繋ごうと。結果的に身を結ぶ事は無かったが、前澤監督の言いたい所は其処にある。


二次リーグを大勝と言う形で抜けて来て、確かに中間は県内でも上位の位置付けである事を改めて認識出来た。


だが、だからと言って県内なら余力を残しても勝てると言った相手ばかりではない。それが今日の相手、天乃であるなら尚更だ。


あと一歩。九十九回が無駄に終わったとしても、一回が無駄でないのなら。その一回がこの試合に訪れるかもしれない。その一回を逃さない為にも、あと一歩。前澤監督は、それが言いたかったのだ。


ミーティングが終わると直ぐにコートへ出る。


一列に向かい合って礼を行い、コイントスで陣地とボールを選択。その間にも見るからにやる気を迸らせる中間の面々。


ボールは天乃から。そんな中間に対し、どう仕掛けてくるのか。


試合が、始まる。

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