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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第三幕 全国高等学校総合体育大会予選(上)
14/33

今から発表する

ゴールデンウィーク。僕ら中間サッカー部員にとっては、授業が無い為練習に時間を割ける週。


合間にある平日と、何とか引き分けで初の勝ち点を手に入れたプリンスリーグを終えて。


世間ではその後続く、祝日の無い日々に五月病を患う者も出て来る中。


いつも通り朝練が終わってから、放課後部室に集まる様にと前澤監督から伝令があった。


前触れも無く言われた事だったが、予想していなかった訳でも無い。



「いよいよだな。インハイ予選!」



放課後。部室へよく行動している六人で向かう際に、伊藤が口にした言葉がそのまま僕らの予想と重なる。


全国高等学校総合体育大会、通称高校総体、インターハイ。伊藤だけで無く、多くの者は更に略してインハイと呼ぶ。


高校の運動部が参加する全国大会で、数々の陸上競技や水上競技が行われる。全国大会となる本選に進むには予選があり、その内容は競技や都道府県によって若干異なる。


高校サッカーと言えば冬の選手権が一番に挙げられる事が多いが、このインハイと高円宮杯を含めて三大全国大会とも呼ばれている。


僕らの県では一次トーナメント、二次リーグ、決勝トーナメントに分かれ、一次トーナメントを勝ち上がった高校と新年度に行われた新人戦ベスト4のシード校で二次リーグを行い、二位までが決勝トーナメントへ。そこで勝ち抜いた一校が本選へ進む。


一次トーナメントは既に始まっているが、中間は新人戦優勝の実績がある為にシードされ、二次リーグが初陣だ。


その二次リーグが、今週末から始まる。プリンスリーグの出場選手登録は四月初頭で締め切られる為に、僕ら一年は一先ず参加する事が出来ないが、このインハイは違う。


この一ヶ月を見て、前澤監督がどう言う決断に至ったのかが、今日分かる。



「伊藤は確定だろ。他に有力候補いないし」


「まあねー。高木は厳しそう?」


「うーん、足が速いって所は評価して貰っていると信じたい」



高木康成。自分の言う通り足が速く、スピードに乗ったドリブルが持ち味。


体力もある為、フィールドを走り回る中盤のダイナモとして中学時代は名を馳せた者だ。


中間の戦術とも合っている為、少なくともベンチには置いておきたいと前澤監督は考えているかもしれない。



「俺は厳しいな。練習でもあんまりだし」


「田坂はパスさえ磨けばなー。守備は上手いけどお前にボール預けたくないもん」


「うっせ」



田坂康介。読みが鋭く、インターセプトやカバーリングが上手いボランチ。高木とは同じ中学でその漢字から一部では”コーコーコンビ”とか呼ばれてたりも。


反面、パスはそれ程上手く無い。伊藤も言い過ぎだとは思うが、効果的なパスは練習でもあまり見られない。スピードあるカウンターが望み難いのはマイナスだ。


あくまでリード時の守備要員として使うかどうか、と言った所。



「直江は安泰そうだな。うちのディフェンス、身長低いし」


「……そうかもしれんが、実際に聞くまで安心は出来ん」



少し低い声で喋るのは、直江真太。180cm程ある身長とがっちりとした体格に、何処か達観した立ち振る舞いはとても一年とは思えない。


この学校の上履きが学年によって色分けされていなかったら、まず上級生と間違われる事は想像に難く無い。


スピードに少々不安はあるものの、堅実な守備で安心して見てられるセンターバック。ベンチは疎かレギュラーだって充分有り得る。



「獅堂は……聞くまでもないか」


「富屋先輩とも合ってるし、何処かしらで使われるだろうな」


「バックアップ要員としては、な」



最後の鏑木の厭味含めて、僕の今の立ち位置としてはそんな所。


先輩方からも目を掛けて貰っているし、レギュラー陣との連携も悪くない。少なくともベンチには入れるだろうとは思う。


だけど、勿論そんな所で満足する訳には行かない。



「鏑木は、まずレギュラー確定かな」


「当然」


「……聞くまでもないな」



鏑木籐一郎。彼は間違いなくスタメンの一角を占めるだろう。


中間が待ち望んだ長身フォワードであり、前澤監督が態々遠方から連れて来た逸材。


彼が前線に居る事でカウンターの精度が段違いに良くなるし、セットプレーにも強くなる。富屋先輩との相性もいい。正に打って付けの人材と言える。



「言えてる。けど俺らも負けない様に、レギュラー目指してがんばろーぜ!」


「そう言う伊藤が一番レギュラーから遠いけどな」


「ら、来年見てろよ」


「声震えてんぞ」



伊藤や直江は中学の頃県トレセンに選ばれ、鏑木は世代別日本代表。


高木や田坂も地区トレセンには選ばれていたし、年々新入生のレベルが上がっていると言う事で僕ら一年に掛かる期待も大きい。


前澤監督も来年、再来年を見越す意味でも何人か一年をベンチに入れると思われるが、果てさてどうなる事やら。


部室に着き、いつも通り大きな挨拶をしてドアを空けると、既に半分程の部員が揃っていた。


適当に用意された椅子に座り、海野キャプテンを含め何人かの先輩に声を掛けられつつ、他の部員が揃うのを待つ。


マネージャーを含む全員が揃うと最後に木下コーチと前澤監督が入り、



「全員居るな。では始める」



いつも通りの口調で、話し始めた。



「今日集まって貰ったのは他でも無い。察しの付いている者が殆どだと思うが、インターハイ予選の事だ」



周りがざわつく。前澤監督の言う通り多くの者が察していたと思うが、実際に口にされると実感が湧いてくる。


前澤監督もいつも通りではあるが故に、今から行われる事を思うと緊張が辺りを包む。



「既に一次予選は始まっているが、我々は二次予選から。その二次予選が、今週末から始まる」



確認する様に話す。僕らにとっては焦らされているとさえ感じるのは、気のせいでは無いだろう。


既に組み合わせも決まっており、その情報も今や何処でも手に入れられる時代。僕らがそれを知っているのを分かっているのに、あえて回り諄く話す。


雰囲気作り。何もこんな事でやる必要も無いと思うけど、仕方が無い。


こんな所でも、前澤繁は変わらない。それも分かっていた事だった。



「ベンチ入りが出来るのは十七名。この一ヶ月間の練習で木下コーチと共に話し合った結果を、今から発表する」



前振りが終わり、本題に入る。


この会話全てが本題なのだが、実際にはここからが本題だと皆認識しているだろう。


ベンチ入り、試合に出れるかどうかの最低条件。これを満たさない事には始まらない。



「呼ばれた者は前に出てユニフォームを受け取る事。まずはゴールキーパーから、海野」


「はい」



一番初めに呼ばれたのは、キャプテンでもある海野先輩。


実戦形式でしか練習で絡む事は無いものの、ゴールキーパーと言うポジションにおいて背が高いと言う事は、それだけで充分過ぎる程の長所となる。


彼はキャプテンと言う事も有り指示も上手く、チームの纏め役として必要不可欠の存在とも言える。


受け取った番号は当然1番。更にキャプテンマークも渡され、彼の役目が変わらない事を改めて示された。



「伊藤」


「はい!」



次に呼ばれたのは伊藤。第二ゴールキーパーとして12番を受け取る。


他にもゴールキーパー希望の者は居る中で選ばれたと言う事は、自らも言っていた来年以降の正ゴールキーパー第一候補となるに等しい。


それもあくまで現状では、だが。技術があるとは言え、他の希望者は誰もが伊藤より身長が高い者ばかり。


今回こそベンチ入りを認められたが、油断は出来ない。特に椅子が限られているポジションでは、序列が一つ落ちるだけでベンチにさえ入れなくなる。


その事は伊藤も分かっているだろう。お調子者と言う印象が強い彼だが、少なくともサッカーに関して言えば真剣そのもの。


つかの間の安堵と、自らへの戒め。今その二つを噛み締めているに違いない。



「次にディフェンダー、住良木……」



中間の基本システムは4-4-2。


一昔前まではディフェンスは三枚が横に並び、その後ろにスイーパーと呼ばれるディフェンスが抜かれた時の保険を要していた。


しかし今では四枚横に並べるスタイルが一般的で、中間も例に習ってセンターバック二人、サイドバック二人となっている。


レギュラーが十一人、ベンチが六人。内一人はゴールキーパーの伊藤で、残りは五人。


バランス良く取るならディフェンダー二人、ミッドフィールダー二人、フォワード一人になるが……



「……直江」


「はい」



レギュラー陣四人の名前が呼ばれた後に、直江が呼ばれる。これで早くも一年生は二人目。


控えでこそあるものの、充分快挙と言える。まあ部員自体少ないのだけれども。



「高木」


「……はえ!?」



疑問形とも取れる様な、素っ頓狂な声を上げて立ち上がる。


この順序で呼ばれたと言う事は、高木は今回ミッドフィールダーとしてでは無くディフェンダーとしてベンチに入ると言う認識になる。先程の声は思ってもみなかった所で呼ばれた為に出てしまったものだろう。



「歳内には説明していたが、お前はサイドバックの素質がある。しっかり学ぶ様に」


「は、はい!」



歳内貴史。二年の先輩。


左サイドバックのレギュラーで、高木とペアを組んでいる。つまり、初めから前澤監督は高木をコンバートさせる気だったと言う訳だ。



「次、中盤。加藤……」



4-4-2は並びだけ見れば一般的なシステムだが、中間の場合は少し違う。


違いはミッドフィールダー、中盤。一般的なのは横並びにする形で、フィールドに均等に人員が配置されるので役割分担がし易い。


最も派生フォーメーションも多いので、一概にこれと言ったものが世の中の流行、とは言い切れないが、それを考えても中間のシステムはかなり珍しいと言っていい。


中間のシステムは、更に分ければ4-3-1-2となり、中盤は3ボランチと1オフェンシブハーフとなっている。


三人がディフェンダーの前に配置される事で守備は強固になるが、その分攻撃がミッドフィールダー一人とフォワード二人の三人だけになってしまう。


しかし、一人だけのオフェンシブハーフ、いわゆるトップ下に位置するのは、



「富屋」


「はい」



かつてポジション別に背番号が分けられていたが、サッカーの王様と呼ばれる人物が生まれて以来、エースナンバーとして認識されている10番を受け取る。


相手が二人、ないしは三人居る中で、富屋先輩は一人。それでもマークを掻い潜り、高いキープ力からドリブル、シュート、パスを絶妙なタイミングで繰り出す。


彼がボールを持てば相手は不用意に飛び込めず、其処をフォワードの飛び出しやボランチ、サイドバックの上がりでチャンスを生み出す。


守備を堅めてのカウンターが基本戦術の中間だが、その崩しの面に関しては富屋先輩に一任されているのだ。



「……獅堂」


「はい」



名前が呼ばれる。受け取った背番号は14。ミッドフィールダーとして五人目の発表であり、その事から意味するのは、控え。


僕の役割としては、硬直時やビハインド時の局面を打開する攻撃の一手、と言った所だろうか。


立場は違えど、中学の時とそう変わらない。求められるのは得点に結び付く動き。これまでの中間には無かった、富屋先輩との息の合った連係が評価された形だ。


そして。



「フォワード、岡野。……鏑木」


「はい」



一年にして唯一、レギュラー番号である11番を受け取る。


これまでの中間に無かったもう一つの、いや真の新兵器。


富屋先輩が前時代的、クラシカルなゲームメーカーと言うのなら、鏑木は反対に現代型センターフォワードと言える。


高身長を活かしたパワープレーだけで無く足元の技術にも優れ、前線からの守備も積極的に行う。攻撃の際はプレーエリアが限られているが、それは自らの特徴をしっかり把握しているから。


ボールを受ける為の動き出しの質も良く、カウンターやセンタリングの際の当て役として最適だ。


戦術理解度、サッカーIQも高い彼と富屋先輩との関係も良好。今大会が初お披露目とは言え、まず無難以上の結果を残すと思われる。



「……以上だ。現時点での実力を評価した形だが、人によって成長の時期は異なる。一ヶ月後、二ヶ月後にはまた違ったお前達を見せて欲しい」


「はい!」


「ではグラウンドに集合。解散」



十七名の発表が終わり、前澤監督はそう言って締める。


県大会は今のメンバーで行うが、本選はどうなるか分からない。練習内容は皆同じ。今はベンチ外でも、チャンスは幾らでもある。


言われるまでも無い。


此処に居る中で、現状に満足している者は一人もいない。あの富屋先輩や鏑木だってそうなのだから。


それでも、ホッとしたし嬉しい事には変わりないんだけどね。


やったー。

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