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僕の生きる蹴道  作者: 光太郎
第二幕 ひと月
10/33

荷物は届けてやる

中間サッカー部に入ってからの一週間は、あっという間に過ぎていった。


部活についてまず思った事は、ギャラリーの多さ。


中間において積極的に部活動をしていると言う物珍しさからか、ただの放課後練習にも関わらず多くの者が観戦に訪れている。


練習中は声を出さない様にして貰っているらしく、それをある程度は守ってくれている為此方としてはあまり気にならないのは有り難い。そもそもそう言う事態ならあの監督が許さないかもしれないが。


それでもかなりの人数がおり、黙って見られるのもそれはそれで緊張しなくもないが、人目に慣れておく事もある程度は必要だろう。


仮に全国大会、特に注目度の高い冬の選手権の国立競技場ともなると一万を超える人が集まり、その際雰囲気に呑まれると言う話は多分に聞く。


それでなくとも公式試合になれば互いの応援団が集まり歓声が上がるのだから、少しでも慣れておいて損は無い。


もっとも、僕にとって注目されるのは部活中に限った事では無いし、今年になって俄然観戦者が増えた事に少し申し訳ないと思うぐらいなのだけれども。


練習内容については、とにかく走る事とパス回し等の基礎練習が多いのが特徴的と言えば特徴的。


実戦において必要になってくる技術。それは言うまでもなく、日々の積み重ねから来る確かな基礎だ。


ボールを受けて、止めて、蹴る。どれか一つが欠けても意味が無い。たとえ他の二つがどんなに優れていたとしても、だ。


ドリブルだってまず重要になってくるのは、如何に自分の懐へボールをコントロールする事が出来るか。それが出来て初めてフェイントや切り返しが有効になってくる。


シュートにしてもそう。パスを受けたりドリブルからでも、自分が蹴り易い所へ正確にコントロールしなければ、シュートまでに時間が掛かってしまう。ゴール前では特に時間を掛けてしまうと、ディフェンダーやゴールキーパーに止められる可能性が高くなる。


それらは意識しなければ、ついつい疎かにしてしまいがちな事。前澤監督は、それを忘れさせない為にもこの時間を長く取っている様だ。


しかし、それだけではない。



「自分の走れる距離と言うのを把握しておけ。同じペースで走るのは意味が無い。止まる、走るを繰り返すのがサッカーなのだから」


「ボールを止めた時、蹴る時。常に意識を配れ。どの高さならどこで受けた方がいいのか、どこに当てれば上手く蹴れるのか、自分の身体に覚えさせろ」


「一瞬で状況が変わるのがサッカーだ。ボールを見る時間を出来る限り少なくし、周りを見る時間を出来る限り多くする様意識しろ」


「自分が支配出来る円を描け。その位置で常にドリブル出来る様に繰り返し試行するんだ。そうすれば自ずと顔も上がる」


「ヘディングは叩き付けるのが基本。だが何より大切なのはどこに当てるか、だ。首から下だけでなく、上にもボールの感触を馴染ませろ」


「シュートは結果でしかない。止めて蹴る動作が如何に速いか、ドリブルが常に自分の円にあるかどうか。ボレーシュート等は自分の感覚を充分に養ってからだ」



ただの基礎練習でも、前澤監督は事ある毎に声を出す。


いつもより少しだけ声を張り上げ、僕らに程よい緊張感を与えていく。


たかが基礎、されど基礎。その心を、僕らに刷り込んでいく。


共すれば飽き飽きする練習内容だが、その重要性を説き、かつ緊張感を与える事で意識改革をし、かつ自ら考えて練習に取り込ませる事でレベルアップも狙う。


早くも”育成の前澤監督”の本領発揮と言う所だ。


一通りの基礎練習が終わると、二対二、四対四等の連携練習。合間に短い距離を全力で走る、止まるを繰り返したり、時間制限を付けてグラウンドを走らされたりもする。休憩時には皆へとへとだ。


基礎練習の際にも一緒に行動はしていたが、連携練習からはペアとの意識共有も始まる。


ペア。前澤監督に組まされた同士の事を部内ではこう言っているが、実際には上司と部下の関係と言った方がいいのかもしれない。特に僕と富屋先輩の関係に至っては。


富屋先輩は、普段殆ど喋らない。なのに、プレーでは誰よりも訴えてくるものがある。


僕がボールをロスしてしまった時もそうだが、それよりも富屋先輩のパスに反応出来なかった時。と言うより富屋先輩との意識の共有、つまりは発想を僕が分からなかった時。


こうなると不味く、物凄い不機嫌オーラを出しながら、無言で僕を弄ってくる。頬を抓る、背中を叩く、膝浦を膝で押して崩れさせる。それに対し僕は為すがまま。


反対に僕が思い通りの動きをすると、何もして来ない。僕は何とか一日に一回も弄られない日を作ろうと密かに誓った。


幸いにも感覚が合うのか、そこまで弄られる事はない。それに対し、この一週間で僕に放った唯一の言葉が「もっとミスしろ」。嫌ですと答えたら足を掛けられた。どうしろと。


この様に会話こそないものの、それなりに良好な関係を築いている。これは僕だけが感じている事では無く、先輩方も同じの様だ。


先輩方からはこの一週間でやり易くなったと何度も聞いた。それだけ富屋先輩は今以上に練習中不機嫌オーラをばら撒いていたんだろう。


事実、先日行われたプリンスリーグ第二節では、観ていても分かるぐらいに機嫌が悪かった。ボールを持ってもパスの出し所が無く、シュートコースも限られている。試合結果は0ー1で敗戦。


試合後、真っ先に僕が呼ばれて富屋先輩の傍に居させられ、そこからはしばらく玩具にさせられた。


愛玩具、と伊藤が言った。後で殴っておいた。


それはともかく、僕は入部時に思われていた程の出来では無いらしい。


影響力が大きい富屋先輩の下で良くやっている。それ位には思われている。


それでも。


まだ、足りない。


この位はやれると思っていた。コミュニケーション能力には少なからず自信があったし、伊達に”止めて蹴る”だけをやって来た訳では無い。


蹴る側の意識が分かれば、貰う側の意識もある程度は分かる。


加えて、フットサルを通じて足元の技術もそれなりには付いたし、一年間行ってきた走り込みもあって練習中にそこまでバテると言う様な事も起きない。


ただ、それだけ。


良くはやっているけれど、かと言って富屋先輩の横に立つ事が出来ているかと言われればノー。


富屋先輩の為に、延いては中間の為に求められるのはそのレベルの話なのだ。


全くもって足りていない。今はまだいいが、今後も周りの思っている以上にレベルアップしないと、すぐに失望されてしまう。


それは学校生活においても同じ。


一週間が経ち、僕の周りは幾分静かになった。


自己紹介以来クラスにおいては僕の扱いというものが浸透し、それが他のクラスにも伝播し、今では少なくとも檻の中に居る様な気持ちは沸かなくなっていた。


遠巻きに見る目は未だにあるが、ある程度は仕方が無い。同級生達も遠慮なく話してくれる様になったし上々だろう。


更に恐らくの発症源は安生さんであろう、僕のサッカーへの情熱についても知られる事となった。お陰で知らない人に「応援してます」「頑張って下さい」と声を掛けられる事多々。


それに対し伊藤は羨ましがっているが、実際の所そんなに甘いものでも無い。


期待は、いつしか失望に変わる。だから僕は、期待に応え続けなければならない。


たとえ、そのハードルが際限なく高くなろうとも。





「今日から一人一年が入る。自己紹介をしろ」



放課後、そろそろ慣れつつある部室に集合した僕らに待っていたのは、新しい仲間との出会いだった。


前に立つ前澤監督の横に居る少年。身長は高く、180cmを優に超えているだろう。190cm近くはあるのかもしれない。


男にしては長めの髪に、鋭い目つき。その顔に見覚えのあるのは僕だけじゃない。


噂には聞いていた。この一週間で一度も登校していない生徒。その名前を、



「鏑木籐一郎です。ポジションはフォワードで、中学は磐田に居ました。宜しくお願いします」



プロのクラブチーム傘下の中学の部、磐田ジュニアユースの鏑木籐一郎。


日本人離れした体格と得点感覚から将来を有望視された、十五歳以下日本代表のフォワード。


飛び級で原則高校生からのユースにも昇格し、これからのサッカー界を担うとまで言われている程の逸材。


僕らに見覚えがあったのは、彼が既にメディアにも取り上げられる程の有名人だからだ。


”ダイヤの四人”に代表される僕らの世代はしばしば”ダイヤ世代”とも言われるが、彼らが台頭し始めたのはここ一年程。


それまで僕らの世代を引っ張ってきたのは紛れも無く鏑木の存在で、彼らが現れて以降話題に上がる事は減っても評価が下がるという事は無い。



「鏑木はUー16の遠征で入学及び入部が遅れていたが、今日から中間の一員だ。私からも宜しく頼むぞ」



初め名前を聞いてもしやと思ったが、理由を聞いて核心した。あの鏑木籐一郎本人である事と、その彼が何故此処に来たのかを。


言うまでもなく、前澤監督の手腕によるものだろう。


どう言葉巧みに誘ったのかは分からない。だが、彼もまた心揺さぶる何かがあった事は推測出来る。


僕も、そうだから。


全てを見透かす様な、前澤監督に言わせれば”視えている”と言うその眼で読み取ったのだろう。


あるいは苦悩を。


あるいは本能を。


その辺の事情は後に聞くとして、これでまた僕のハードルが上がった訳だ。


世代別日本代表フォワードであり、中間でも即レギュラーが約束されていると言ってもいい鏑木。そしてその彼を操るのが富屋先輩。


彼らの融和が中間の未来を左右すると言っても過言では無いし、その為に必要なものは、時間。


互いに触れ、互いを理解し、互いの価値観を共有する。そうする事でプレーの幅は何倍にも広がるし、思い切ったプレーをする事だって出来る。


その為に必要な時間を、伴すれば削る事に成り兼ねない存在が、僕だ。


富屋先輩と共に過ごす事になる一年間。それを僕ではなく鏑木だったのなら、より早くお互いが分かり合えるだろう。


前澤監督が、あえて僕を選んだ理由は未だ分からない。分からない、けれど。


やってやる。


その気持ちは、この一週間が経ってむしろ強くなった。


鏑木も入り、益々強くなるプレッシャー。それに耐え、乗り越えて初めて此処へ来た意味を果たせる気がする。


そして、彼女にも。


周りの期待に応え続ける事で、少しでも彼女に近付けるのなら。


僕はより一層精進すると誓い、また一つ気合を入れて練習に挑むのであった。


男って単純だよね。





「圭、ちょっといい?」


「僕?」



その日の練習後。


グラウンド整備が終わり、一旦は解散となる。そこからは帰る者も居れば居残り練習を行う者もおり、僕は大抵後者。余力が残っている訳では無いが、富屋先輩も毎日残っているし、余力は無くても余裕も無い。


今日も何をしようかと思っていると、マネージャーの瀬能さんに声を掛けられた。


瀬能叶恵。伊藤や佐倉さんと同じ日野中学出身で、その頃からサッカー部のマネージャー。


女性にしては背が高く、程良く引き締まっている俗に言うモデル体型。少し口は悪く、キツめな目元をしているが充分に美人と言える。


その印象に似合わず良く気配りをしてくれていて、細かな雑務に加え怪我の処置やマッサージも自ら進んで行ってくれている。その手際も含めて評判が良い。


相当サッカーに詳しいらしく、事実何度か技術的な事を聞くとスラスラ答えられた。データ管理もお手の物で、ある有用な特技も持ち合わせているらしい。


だが、接点はそれ位。下の名前で呼ぶのは僕に対してだけじゃなく部員全員だし、用があれば話すが用が無くても話す程の仲でも無い。なので、今回も何かの用と言う事は分かった。



「そう。監督が後でトレーニングルームに来いって」


「了解。ありがとう」



伝令を聞き、礼を言ってそのまま向かう。


入学する前なら直接言われても逃げていた所だが、今は違う。僕は中間サッカー部の一員で、彼はその監督。監督の命には従わなければならない。それがとてもとても気に食わない事でも。


向かった先はトレーニングルームと呼ばれているが、実際はプレハブ作りのトレーニング小屋。


中にはそれなりの資機材が揃っているが、この施設を活用する者は少ない。部活動が盛んでない中間においては仕方が無い事だろう。


態々そこに呼び出されたと言う事は。



「……これは?」



扉を開き、端にあるベンチに腰掛ける前澤監督を確認して中に入る。


目の前に行くと、喋るより先にある物が手渡された。


それは、紙。A4の用紙が何枚にも渡り、左上で止めてある。



「順を追って説明しよう」



前澤監督は、厚さから言って同じ物であろう用紙を開きながら口を開く。



「まず初めに、身体及び体力測定の結果。無論真面目にやったのだろうな?」


「そう言われていましたからね」


「宜しい」



学校の授業の一環として行われる体力測定。これが始まる前に前澤監督は全員を集め、真面目にやる様にと厳命した。


授業ではあるが、身体能力は重要なステータス。そのデータを今後の参考にすると。


参考。つまりはレギュラーやベンチ入りを決める要素の一つとすると言う事だ。


練習で分かる事もあるが、やはり数値で見ると分かり易い。それに二年や三年は前年と比べどう成長したかも分かる。


そう言われて手を抜く者はいない。僕だって元から手を抜く気は無かったから尚の事本気でやった、その結果が一枚目にあった。



「前屈は優秀、持久力や敏捷力、短距離は特筆する程では無い」


「柔軟だけはずっとやっていましたからね」



運動は出来なくても、いつか出来る事があればと思い、柔軟だけは欠かさずやって来た。


身体が堅いと怪我に繋がる。特に関節は癖になり易い為、入念に解していた。前屈もその結果だ。


その他については、此処一年でかなり頑張った甲斐もあり、人並み程度の自力は付いた。


だが。



「しかし上体起こしについては少ない。握力もさほど関係ないとは言え、何より筋力が圧倒的に足りないのは身体を見ても明らかだ。体重も軽過ぎる」



とにかく体力を付ける事を優先して、他にやった事と言えばフットサルぐらい。これでは筋力が付く訳が無い。


それに、筋力の付け方も分からないし道具も無い。勉強しようにも受験があり、今までの事を熟すので精一杯だった。


だからと言って、自らの境遇を悔やむと言う事はしない。持って生まれたものを否定しても意味が無い。それを否定するのは、今まで根気良く育ててくれた両親を否定する事と同じだからだ。


これ以上両親を貶める事はしたくない。僕は此処に居るだけで、大切な家族を蔑ろにし続けているのだから。



「なので、次を捲れ」



言われるがままに捲る。



「……! こ、これは……」



数々のトレーニング方法に、ご丁寧に回数まで記されている。果てには食事法まで。


この場所で、この内容。そこから導かれる事は一つ。



「その内容を、練習が終わってから毎日行え」



そう言う事だった。



「……」



改めて読み返す。


サッカーは足を使うスポーツ。ならば下半身だけ筋力が付いていれば良いかと言えば、そうではない。


身体の競り合い。ぶつかりぶつかられもまたサッカーの一つであり、ヘディングなど跳躍力や腹筋、背筋等、言うなれば全身の筋力が必要なのだ。


それらを鍛える為の資機材は此処に有り、やる内容も全て記されている。これら全てが終わるのは、果たして何時間後だろうか。


食事については、バランスもそうだが何より見るからに摂るべき量が多い。今の僕が摂っている量の二倍……もしかしたら三倍まであるかもしれない。


筋力を付けるには、まず体重を増加させる事が必要不可欠。そして、最後に気になる一文があった。



「あのー、走って帰ると言うのは……?」


「此処に来る時は、帰りの荷物を纏めて来い。何、荷物は届けてやる」


「……」


「家に帰ったらしっかり身体を解しておけよ」



地獄が、始まった。

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