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帝国の地術士  作者: 玉梓
序章
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少年編 7

 敵襲!

 護衛はその短い単語一つ言えぬまま人生を終えた。

三日目の夕方。目的の子爵領内に入る目前で商隊は襲撃を受けた。

「動くんじゃないよ」

 セルビアは馬車のソファに寝たまま銜えたキセルを離すと気だるげに告げる。その言葉は外へ届く声量ではなく、馬車に招かれていたマリオンとマイスに向けたものだ。短い悲鳴が数回と馬の嘶き。ガタンと音を立てて大きく馬車が揺れるのを最後に、周囲が静まりかえる。

 どう動いていいか判らない少年達に比べ、セルビアはまるでいつもの事だと言わんばかりに眉一つ動かしていなかった。その姿がマイスには、何があっても力強く大丈夫だと笑うガラテアの姿が彼女に重なって見えていた。

(斉射が三回……護衛御者生き残りの順かね。十人かそこらか、と)

「車は弓矢じゃぁ傷一つつかないから、中に居な。外から扉を開けたら、来た道を戻るんだ。いいね? 関所で合流しようか」

 キセルを叩いて灰を落とすセルビアはドレスを引き摺って扉に手を掛ける。

 彼女が出て行くまでの間に、扉の隙間から僅かに話し声が聞こえたが、再び密室になった車内には窓から手の届きそうなセルビアの声すら届かなかった。

(おやおや……これじゃぁ望み薄かな)

 馬車を降りて隊列の前方を向くセルビアの前には地溜まりが五つ。

 二台の荷馬車には御者が一人ずつと見張りを一人。その前には護衛を二騎つけていた。その五人全員が数本の矢を生やして地面に横たわっている。振り返って確認しなくても、後方の荷馬車と護衛も同じ姿になっているだろう。惨状を前に随分と念入りなものだと心の中で舌打ちしていた。

 そして、前方に男が三人。機動性を重視したのか革鎧に弓と剣といういでたちである。先頭の男は剣を片手にゆっくりと距離を詰めていた。

「お兄さん方……出来たらお店に来て欲しかったねぇ。近頃激しい男ってのが減っちゃってね?」

 彼女はそれを気にも留めず首を傾げて緊張の欠片もなく。まるで井戸端会議に加わるような気軽さで話し出した。

「何者だ」

「セルビア。ダイスのローズガーデン『銅花』のセルビアさ。見逃してくれるなら何日でもサービスするよ?」

 馬車の扉に付けられた装飾の造花を一輪手に取ると、青銅の花冠を唇に当てて蠱惑的にその体を強調する。

 囃すような口笛が背後から聞こえる。背後には二人、と。セルビアの鳥観図に次々に情報が書き込まれていく。

「『銀花』なら悩んだがな。『銅花』ふぜいが随分と自惚れる」

「冷たいね。攫いに来てくれたんじゃないの?連れ出してくれるならなんでもしてあげるのに」

 売られた娘を取り戻すべく現れる騎士。在り来たりな話だが、夢物語にするには少しばかり血の匂いが鼻につく。

 肩をすくめるセルビアは木の軋む僅かな音を捉えていた。左手林の中に弓兵が一人。あと数人は居るはずだがどこに?少しでも話を長引かせようとするセルビアに

「代わりに中の子供を助けろとでも?」

 それまでどんな状況でも平静であったセルビアは初めてそれを欠いた。

(目的はあの子達? 意外ではあるけど……それだけの価値がある?)

「子供を見捨てると寝覚めが悪いのよ。駄目?」

「助けてくれといいながら『してあげる』など随分と上からものを言う。生意気な女は嫌いなんだよ」

 残念ながら色香は通じないらしい。屋号でもつれないということは金も役にたたないという事で、セルビアの手札は次々に減っていく。

 仕方ない。余裕のあった顔から一転。落胆の表情で肩を落とす。

「交渉決裂、ね。残念ねぇ……ホント」

 面白くなさそうな顔で造花を左右に振る。一際大きなため息をついて手を広げる。その仕草は諦めた、と誰もが思うだろう。

 広げた手に持つ造花の先が、馬車に触れるかどうかの距離で彼女はもう一度

「残念だわ」

 そのつぶやきは決裂の証明。もたげた顔に諦めの欠片もない微笑を浮かべて、青銅の薔薇を真横に一振り。

 彼女の開戦宣言と共に、青い幕が両者を別つ。その幕は馬車を覆い飾る青銅である。

「まさか!?」

 森に向かって振り下ろす最中、彼女の持つ青銅の薔薇は淡い光を帯びてしなり、伸びて木立の中に消える。青銅の鞭の先は、そこに潜む敵の胸の中心を貫いていた。

 確かな感触を証明にセルビアは再び右手を振りかぶる。彼女の意のままに鞭は次の標的へと振り下ろされた。

 お読み頂きありがとうございます。

次回、本作花形が満を持して登場。

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