少年編 6
前話から約一年。
十五歳になった二人が村を出ます
「子爵ってどれくらい偉いんだ?」
「一緒に育った僕が知る訳無いじゃないか」
村を出て二日。十五歳を迎えたマイスとマリオンは奉公先への旅路で関所の夜営にかり出されていた。理由は二つ。眠れない事と、その技量を買われて、である。
馬車は確かに歩くより速い。しかし、景色を見ているだけの時間に二人は早々に飽きてしまった。村中を走り回って育った二人だけに、何もせず動けない事が耐え難いという事を初めて学んだのだった。
ここ数年の賊の襲撃は噂になり、商人が単独で街道を往く姿は殆ど見られなくなった。乗合馬車や街道警備隊の後についていく者。護衛を雇った個人や商隊についていく者と様々だ。そんなご時勢である。二人の荷馬車も一つの商隊に合流した。
四頭引きの青銅を貼った馬車一台に荷馬車三台。護衛の騎兵を含めて十人からなり、青銅の馬車の主は意外にも女性だった。
薔薇をあしらった車の装飾は咲き乱れる薔薇の花で覆われていたが、それでも一輪一輪が控えめで主共々あくまで上品であるように、とのことだ。
「あんた達そんなので奉公なんて本気かい?」
焚き火を前に丸太椅子に座る二人の反対側には、商隊の主である妙齢の女性。
防寒用の厚手のドレスを夜着に、車と同じ薔薇の装飾を胸に飾り。重厚な絨毯と夜空が今日の彼女の寝具だという。
関所には収入源として貸し部屋があるのに、わざわざ絨毯を火の傍まで持ってきた彼女は、大侯爵お膝元の商人だと名乗った。二人の話しを聞いているうちに興味がわいた彼女は、わざと知らないであろう話題を振っては二人の掛け合いを心底愉しそうに眺めては小さく笑うのだ。
「南領じゃぁ四番目かねぇ。まぁ、偉いってのは金があるってことさね。だから人を使える。で、数は力になる。より人を沢山動かせる領主様貴族様には逆らっちゃ駄目ってことさ」
女商人セルビア・ゼノファリスは久しぶりに自分を愉しませてくれる若者達の反応を見ながらその価値を値踏みしていた。
昼の食後の運動と称して見せた二人の剣技は目を見張るものがあった。護衛としては申し分なく、見栄えも悪くない。聞けばまだ十五歳。成長もまだまだ見込める。機転や発想も悪くない。ものを教えればちゃんと吸収するようだし、経験は十分彼らを成長させるだろう。おまけに、時折わざとうなじや胸元を強調して見せ付けてみれば、一瞬目を釘付けにしながらも目を逸らす仕草がこの上なく可愛いらしく思える。
「騎士も同じさ。強ければそれだけ位階があがって、より沢山の部下を持てる。騎士は強さ。貴族は金儲けの旨さって役割分担さね」
銜えた長煙管を離して紫煙を吐くセルビアに、二人は唸って考え込んでいるようだった。俗物的な欲望はあまり持ってないようで、どこか毛嫌いすらしているようだ。いや。
(金の価値や力を知らない、か)
まったく何処まで純粋なのだ。と呆れを通り越して微笑ましく、そして苦笑いを浮かべる。自分にはこんな時期があっただろうか、と。
「沢山人を使えば、それだけ多くの人を護れる。だから強くなる。金を得る。そして結果を出した人間を信用して、爵位や『輝石』を与えるのさ」
輝石、という言葉に金髪の少年が反応する。
精霊の宿る石。守護精霊が自然の中に消えていくなか、地の精霊は地中の鉱石に宿った。鉱脈の中で時折見つかる淡い光を放つ鉱石の原石がそれだ。
精霊を宿す鉱物は三種。金、銀、銅。輝石の強度は最も弱い銅ですら鉄を上回り、その形は輝士の意思で自在に姿を変える。
戦場において輝く鎧を纏い、変幻自在の武器を操り、戦場を支配する。それこそがマリオンの夢みる騎士の姿だった。
「とはいえ輝士だけは、なりたいからってなれるもんじゃないけどねぇ」
地方騎士には諸侯の推薦があり大公の認可叙勲を受ければ各領所属の騎士にはなれる。だがあくまでそれは領内のみでしか認められない地方騎士に過ぎない。正規の騎士である宮廷騎士になるには帝都での騎士叙勲を受けねばならないが、そこまでなら才能さえあれば決して不可能ではない。
しかしさらにその上『輝士』になるには、『輝石に選ばれる』必要がある。こればかりは、本人の努力などではどうしようもない。故に、輝士の試験に限っては生涯に一度という規則になっている。
「試験を受ける前から諦めたりするもんか。俺は輝士になる!」
若いねぇ。セルビアがくっくと笑うと本気だ、とマリオンは目を見つめてくる。悪くない、とセルビアは思った。
「ま、なれたらうちの客になっておくれよ。輝士様がひいきしてくれれば、箔がつくってもんさ」
「そういえば、聞いていませんでしたがなんという店です?」
「ローズガーデン。世俗の毒を吐いて夢を見て、見させて産まれ変わる場所さ」
あんた達にはまだ早いかね。そういってくつくつと笑う。それが大陸中にある娼館の屋号だと二人が知るのはまだ先の事である。




