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帝国の地術士  作者: 玉梓
序章
5/36

少年編 5

「もはや騎士団だけではどうにもなりませんな」

 広大な帝国領は諸侯がその領地を臣下に分割して統治させる封建制によって管理されている。

 初代ガルクバスト帝は最も優れた子供に帝都の四方を護るよう領地を与えた。四天領と言われる東領チェス、西領シャノン、南領ダイス、北領ジェノアはその四人の名前がそのまま名付けられたもので、それぞれを治める大公爵家は帝国で最も古い血統を誇りとしていた。

 それはつまり現皇帝の血筋を引いていない事であるが、統一帝アデスは大公爵家の時期当主を養子として迎えることで彼等の誇りを守り、帝国への忠誠を得たのだった。

 南領ダイスは他領と違い先の大戦において最前線とならなかった為、兵站と国内の守護を担った。それゆえ直接的、物理的な被害が少なく復興はどこよりも早く完了した。他領への支援を続けながらも領土の拡張に復帰したダイス領だが、新たな問題に苦しめられていた。

「とはいえ各家の従士や自警団では損害が大きすぎよう」

 卓上を埋め尽くすほどの紙に、南領ダイスの領主達は一様に顔をしかめている。

 長身痩躯の穏やかな壮年と背の低い初老の男性。麗人にも見間違えそうな美丈夫と対照的な小太りの他、二十代後半の短髪の偉丈夫が二人。

 順にダイス大公とダイス家に次ぐ領地を持つ旧家ファンズベルク侯爵、武勇の誉れ高いロンバルディア伯爵と功績目覚しいオールズ子爵に若手のアンドランデ男爵とギュネー男爵である。

 彼らが囲む卓上にあるのが、ここ数年にわたってダイス領を荒らす賊の報告書である。

 街道の警備に騎士団を派遣し、関所以外にも駐屯地を建設。兵を常駐させているにも関わらず、税や支援物資を載せた馬車が強奪されている。物資だけが消え、随伴する人馬諸共の全滅。

「しかしこれほどの物資が一体何処に消えているのだ?」

「あくまで」

 それほどの被害が出ているにも関わらず、そして一切の足取りが掴めないのだ。ファンズベルクの自問のようなつぶやきにダイス家当主ディオン・ウル・ダイスは重い口を開いた。

「あくまで、確証にいたっていない話しなのだが」

 強奪された物資が不正規に市場に流れた形跡はない。不自然に財を肥やす商家や貴族もない。この数年物流は厳重に監視され、それらは帝国内には流れていない事は確かであった。

 では国外か?シュバルツラントはダイス以上に肥沃な土地であり、それらを必要としない上に、道は限られている。故に必ず露見する。

 北の八咫国では運ぶのに遠すぎるし、何よりダイス領からでなくとも、もっと近場に良い場所がある。となれば一つの可能性が浮かび上がる。

「我等が帝国に弓引く勢力が現れたようだ」

 ディオンは元々口数の少ない寡黙な男であった。四十歳近い長身痩躯の物静かな人物であるが、決して脆弱な印象は与えない。帝国貴族の例にもれず彼は騎士であることを誇りとしていた。

 だが帝国の財務を担い、多くの官僚を輩出するダイスの統治者として確証の無いことは口にできず、思案熟考の果てに出した結論のみを口にするようにならざるを得ないのだ。

 他人が口にしようものなら一笑に付されるであろうその発言を受け、五人の領主はその顔をさらに険しいものへと変えた。


「ありえると思うかね? ギリアン」

 六頭引きの馬車の中で、ミオラ・ド・アンドランデ男爵が幼馴染である隣領主ギリアン・ド・ギュネイに問うているのは一刻ほど前に告げられた『賊軍』の真相についてである。

「難しいな。大戦時ならともかく、今はすでに帝国は安定期だ。露見すれば南領のみならず帝都の騎士団が動く。その道理が判らないはずがない」

 二十代後半であろう二人は整えた髭を摩りながら思案する。今やほぼ大陸全土を支配下に置く帝国を、新興勢力がいかに立ち回れば叩けるか。

「抗うだけの武力を持つ領主かあるいは……」

「未知の力を手に入れたか、か」

 いずれにせよ在り得ない事ではない。が、万が一存在すれば厄介な事だ。二人の騎士はお互いの発言に苦笑いを浮かべるのだった。

 幾重にも興った文明の遺産が、彼らの馬車の遥か下に眠っている。故に見つけ出して解明さえすれば一晩で歴史を変えることすら可能。彼等はそれを理解していた。

 しかし。体格にも恵まれ、日々訓練を欠かさない二人が馬車で向かい合うと四人が余裕を持って座れるはずの空間が異様に狭く感じる。と、ミオラは違和感を口にする。

「ところで、まだ背が伸びたかね? ギリアン」

「うむ……妹君に『いい加減ナナフシみたいでキモイ』といわれて少々傷ついている」

「ああ。アレは虫が好きでな……好きなものを虫に例えるのだ」

「……嫌われてるわけではないだろうな?」

「さてさて。そうであれば君との結婚を待ち侘びたりはしないと思うがね。義弟殿」

 渋面で考え込む幼馴染にああ、とミオラは苦笑いした。このロンバルディア家と並ぶ武家の嫡男は戦場では無双を誇るが虫だけは苦手だったな、と。


「反逆者共め…調子に乗りおって!」

 豪奢な馬車の中、オールズ子爵は苦虫を噛み潰した顔でグラスを煽っていた。壮年に差し掛かった彼は他の貴族達とは対照的に小太りで逞しさを感じさせない。

 二十年前に両親の急逝で彼が継いだ家督は準男爵であった。五年後には男爵に。そして今では子爵位である。廃村の発見やまつろわぬ民との戦闘など彼の領地では問題は山済みであったが為に、異例の昇格を果たしたのだった。

 空いたグラスにすぐに給仕がワインを注ぐが、払われた手にグラスとボトルが飛び、膝立ちの給仕は頭からそれを浴びてしまう。

「次の荷は必ず死守せい! お前達。なんとしても篭絡しろ」

「……はい」

 同僚が気遣って髪を解いて拭ってくれるが、赤色を纏った少女は身じろぎする事無く暗く答える。その髪は床にまで届く長い銀髪だった。

※4/28ミオラとギリアンの称号を修正。

あと義兄→義弟でした。

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