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帝国の地術士  作者: 玉梓
序章
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少年編 4

少年編折り返し地点まで来れました

「親父さん達がどうかしたって?」

「いや、リリさんがすごく具合悪そうなのがなかなか治らないだろ」

「長旅で疲れてるだけだって言ってたじゃないか」

「それでも何もしないってのはおかしくないか?」

 森の中、大きな羆をソリに載せながら話題になったのは十数年ぶりに帰ってきた一家の事だった。

ガラテアが村を出て二年。成長期の二人は当時より背が伸び、マリオンはマイスよりさらに頭半分ほど伸びていた。顔に幼さは残るものの、その体は日々の訓練と生活の中で精悍さを増し、大人達に比べて遜色無い程成長している。

 二人でなら、そう遠くない範囲で森への自由な出入りまで認められ、かつて自分の身長の七割ほどの長さだったロングソードは腕ほどの長さとなって軽々と扱えるようになっている。

「精のつくものとって来てやれって言われただろ。だから狩りに来てるんだぜ」

「俺達がもっと子供の時は何かあれば薬を持ってすっ飛んできただろ?その時とは大違いじゃないか」

「そりゃぁ……大人だからかな?」

 一週間前に行商に来た馬車にはリリと六歳になる娘のミューリが乗っていた。

 揃いの栗色の髪と瞳の母娘は村の同世代の女達よりも細く、日に焼けていない肌は病人のようだと二人が思ってしまったほどだ。それでも細く端整な顔立ちは穏やかで知性的な印象を与える親子だった。

 物心着く前のマイスとマリオンを良く覚えている、と喜ぶリリは奉公先で結婚して子供にも恵まれ、幸せな毎日を送っていた。が、突如悪夢に襲われる。娘と共に友人宅を訪ね、帰った自宅はそこに詰まった思い出の品々を奪われ、そして、最愛の夫は血の海で息絶えていた。

 傷心と長旅によって蓄積した疲労はなかなか消えず、大人達は何かと彼女の元を訪れている。

 せめてミューリを村の子供達の輪に入れようと村外れの母娘を毎日のように迎えにいっていたマイスだけに、その様子を思い出すととても気楽になれないでいた。そして、俺達も何か出来る事はないか、と言い出した二人に言い渡されたのがこの仕事である。

 結局、判らないという結論に至って、二人は羆を乗せたそりを引いて村へと戻っていった。

 羆と、帰り道で仕留めた鹿を囲んで、村は久しぶりの賑やかな夜を迎えた。久しぶりの大物に酒樽が開けられ、その日の英雄二人はまだ早いんだぞと念を押されながらも少しばかりの飲酒を許されていた。

 解体された羆と鹿の毛皮は広場に広げて吊られ、そこは文字通りマリオンの独壇場となっていた。

「それで俺達は羆を挟み込むように二手に別れて、奴が向いてない方が奴の急所を狙って襲う作戦に出た!」

 木のコップを掲げて、何度目かの狩りの様子を声高に語っていた。焚き火や酒の勢いもあってか、彼は興奮は次第に高まっていき、子供達も見た事の無い大物に興奮して狩りの話しをもっともっととせがむのだ。

 次第に気が大きくなった彼の武勇伝は、吟遊詩人が子供向けに話す英雄譚のように大仰で、しかし聞く者を熱くさせるものになっていった。

「マイスが木の枝を踏みつけて大きな音を立て!奴が振り向いた瞬間、彼は指先で柄の先を持って遠くから奴の右目を切り裂いた!それがこの傷だ!」

 干された羆の毛皮の顔の部分には確かに右目を縦に裂いた傷があり、おおお!と子供達が身を乗り出して話しにのめりこむのを、マイスは苦笑いしながら見ていた。

「怒り狂った奴は立ち上がり!木の葉が落ちるほどの雄叫びを上げて今にもマイスを襲おうとした俺に背中を向けた瞬間!俺は奴の首を一突きで貫いた!」

 子供達に向って両手を挙げて羆の真似をしたと思えば次は毛皮に向って剣を突き出すポーズを取る。見ようによっては滑稽な姿かもしれないが、本人も観客達も大興奮で大人達も喝采を上げ始めていた。

「生命線を断たれた奴は俺の事を判らないまま!剣に貫かれた奴は前のめりに倒れ、首から出ていた俺の剣は地面に押し付けられてこの通りだ」

 そういって抜いた剣は確かに、中ほどから折れて半分ほどの長さになっていた。 

「少しでもずれたら奴の一撃で俺は逆に殺されていた!しかし!俺達にはマイスがいる!俺がもし失敗したとっしても!マイスなら必ず奴をしとめる!だからこそ俺は奴を仕留める事が出来た!」

 興奮が最高潮に達し、彼は焚き火の近くで遠巻きに自分を見ている親友へと盃を掲げて見せた。思わず口に含んでいた薄めた果物の絞り汁を噴出しそうになりながら、マイスはコップを掲げて応える。

「俺は帝都の!騎士になるぞおお! 」

 一際大きな宣誓に、再び喝采がおき、子供達にとり巻かれた親友を眺めるマイスの横へ件の親子が腰を下ろした。

「お兄ちゃん。お肉、ありがとう」

「二人とも、お強いのですね」

「あ、いや、自分は全然……飲むとすぐ顔に出てしまうし」

 言いながら、何を言ってるんだと自分に呆れる。一瞬顔が疑問に固まったが、リリがくすくすと笑い出してマイスの顔はさらに赤みを増すのだった。

「いつもミューリの面倒を見てくれてありがとうございます。なかなかお礼も言えなくてごめんなさいね」

 村へ来てから満足に動けなかった彼女は、毎日のようにミューリを村に馴染ませようと迎えに来る少年にやっと感謝を伝えることが出来たと満足した笑みを向けられて、一瞬目を奪われたマイスは赤い顔を背ける。

 実のところ、マイスはこの親子が苦手だった。

 村の大人達とは違う、逞しさを感じさせない細い体や柔らかな物腰。穏やかな口調。どれもがガラテアを思い出させ、彼の胸を締め付けるのだ。

 ミューリに至っては無理に触らなくても壊れてしまいそうな人形のようで、手を繋いで歩くのも緊張で汗かいてしまう。もっとミューリからすれば、自分を壊れ物かなにかのように丁寧に扱おうとするこの新しい兄を嫌う理由は無く、むしろお嬢様になったような気がして人一倍懐いていたりするのだが。

 膝の上で舟をこぎ始めたミューリは村に来たばかりの色白さが消え、肌は赤みを増して村の景色に馴染み始めていた。

「それにしてもここの子供達はみんなしっかりしてるわね。こんな村は珍しいわ」

 焚き火の近くで大の字で寝ているマリオンを見てクスリと笑うリリは、町の子供の様子を語って聞かせていた。遊びや習い事、職業や身分による格差。親の居ない子供の生活。そのどれもがマイスにとって初めての外の知識であり、聞けば聞くほどに、村の現状に疑問が膨らむものだった。

「この村は、おかしいのでしょうか?」

 周りに人気の居なくなった頃、ミューリは膝の上から半分ずり落ちて、マイスの胡坐に頭だけ乗せて寝ているような状態だ。

 娘の髪を撫でるリリの顔が近づいたのを期に、たっぷりの時間をかけてマイスは疑問を口にした。知り合って間もない外から来た相手に、という感覚はなくなっていた。逆に、だからこそ聞くべきだ、と思い至った末にである。

 だがその答えに彼女がとった行動は彼の求めるものとは大きく違っていた。

「なぁに?親の居ない子供なんて幾らでもいるのよ?貴方もお母さんが欲しくなったのぉ?」

「うわ!?」

 娘の髪を撫でる優しい母の顔が一変し、見せた事も無い明るい顔で人並みよりやや豊満な胸に少年の頭を抱きこんだのだ。

 突然の艶声と悲鳴に一瞬広場に静寂が走ったかと思うと、寝入った大人達まで起きだして二人を囃し立て、広場は再び喧騒の場へと変わって行った。

 その騒ぎにミューリが起きてしまった為、程なくしてお開きとなった宴会場から、マイスは親友を引きずるように帰路についていた。その耳には冷たい石のような声。


『昼に、うちを覗いて』


お読み頂きありがとうございます。

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