少年編 34
季節が春に移っても間もなく、未だ街には細雪が舞い散り、窓の明かりに照らされて煌く小さな白に、マリオンは溜息をついた。
その脳裏では、あっという間に終ってしまった帝都での謁見を思い出。
石造りの宮殿は白を基調にしつつも、赤い絨毯が目に鮮やかに。天井は高く、窓から柱一本、部屋一つにいたるまで巨大で、荘厳であった。
玉座の間には白銀の輝士を従えた黄金の輝士達が並び、玉座に座す皇帝の傍らに立つ国母からの祝詞を賜る。
四天領主主催の晩餐会は、ダイス公爵邸のそれよりも更に絢爛豪華な物だった。
一年前まで全く見知らぬ世界にいたマリオンはあらゆるものに驚き、新鮮で圧倒されながらも、シャロンとの別れが刻一刻と近付く焦燥感が何より大きかった。
楽団が奏でる音楽が賑やかな空気を作っても、マリオンの木は晴れなかった。
「なんて顔をしている」
騎士でないガラテアは会場に入れない。離れていたシャロンが戻った時の表情は息を呑む程だった。
高く結い上げた銀髪に真珠の白が輝き、小さな宝石が散りばめられた肩の開いた薄紫のドレスにショールを掛けた彼女の姿に、マリオンは言葉を失う。
曲が変わる。
穏やかな曲に、シャロンは微笑を浮かべると手を差し出し、一瞬困惑を浮かべたマリオンだが、周りで始まった輪舞に意味を解し、その手をとった。
言葉は無く。
緩やかに回る視界の中央にいた彼女は、曲の終了と共に姿を消し、二度とは戻ってこなかった。
夜景を見下ろす。
南天へ戻ったマリオンの部屋に、シャロンが訪れる事は無い。
青銅の輝石も、シャロンと共にロンバルディアへと帰っていってしまった。
背中の傷はもう意識する事が無いほど回復したが、マリオンは心細さと、何かが抜け落ちてしまったような感覚を覚えていた。
「そろそろ休みなさい? 夜更かしは毒よ。マリオン」
いつもと変わらぬ姉の淹れる紅茶の香りが鼻をくすぐる。
「ありがとう」
いつもと同じ味。
いつもと同じであったはずだった。
(あ……れ……?)
視界が回る。
指先が痺れる。
視界に映るものが急速に上っていく。
マリオンは顔に触れる絨毯を感じて、それが倒れている間の視覚だと言う事に気付いた。
目の前で、床でカップが割れ、紅茶がの染みが絨毯に広がっていた。
「姉……さん?」
見上げる姉は、まるで何かを待っているかのように瞼を閉じていた。
その後ろで扉が開き、現れたのは二人のメイド。
彼女達が弟を寝台に上げるのを見ながら。
ガラテアは汚れた床に何の反応も示さず、ドレスを床に落とした。
蝋燭の炎が家具の豪奢な装飾を浮き上がらせるそこで、悩ましげな息遣いと汗ばんだ肌が艶かしく踊っていた。
男の呻くような制止にも、彼に纏わりつく誰もが動きを止めない。
一糸纏わぬ姿。
薄紅色の口唇で。
桜色を頂く双丘で。
全身に刻み込まれた快楽を齎す術で男を翻弄する。
銀の髪が舞い、寝具が悲鳴をあげ、男が呻く。
点々と、雪原の様な敷布に落ちていた赤い滴は、やがて透明な物へとかわっていた。
金の髪が、懐かしい秋の畑を心の中に映す。
そこには銀髪の少年がいた。
苦しげな顔はより少女の心を締め上げ。
パタリ、パタリと、緑の泉から湧き立つように、止め処なく流れ落ちる滴が男の腹で小さな瞬き程の結晶と化す。
初めて男を受け入れた体よりも、晶女の心は引き裂かれていた。
結晶は一つずつ、傍に侍る女達の唇で丁寧に男の口へと運ばれていった。
汗が密着させる異性の肌が、柔らかい肉が肌を滑り、男の性感を刺激していく。
男の口に唇が被さり、熱を帯びた吐息と共に結晶が女の唇から男の口腔に消える。
瞬きほどの煌きが脳裏にパチパチと弾け、男は頭を振った。
目の前の現実すら否定し、振り払うように。
「一緒にいるからね……私も、一緒に……るから、ね?」
疲れ果て、動きが鈍くなった晶女の小さな体は、女達によって道具のように容赦なく動かされ続けた。
第二章 終
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第三章再会まで暫く時間がかかります。




