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帝国の地術士  作者: 玉梓
第2章 蠢動
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少年編 29


 南天オールズ子爵領主館『白亜の冠』邸。

 建物自体は百年も経ていないレンガと木造の質素な三階建ての建物なのだが、今代において修復の際に装飾が加えられ、年を追う毎にその派手さを増していた。

 外部の欄干は意匠を凝らした物を好み、内部においては美術品がそこかしこに置かれて、かつての質素な『白亜』の館とはかけ離れていた。

 そんな華美な館の住人達は極めて物静かな人物が多かった。男達は効率を優先に立ち回り、女達も言葉少なく黙々と作業に従事している。

 村の賑やかさや力強さとは正反対の環境にマリオンは戸惑い、特に女性達に対してはどこか瞳に力が無く、人形のようにも思えてしまう。

 そんなメイドの一人に案内された扉の上には執務室と書かれていた。大人数人がかりでやっと、と思わせるほどの執務室の重厚な机は主が座らなくなって久しく、名代として座るのは中年の騎士だった。

「騎士とは戦場において指揮官だが、平時においては主の名代となる。文官達はあくまで知恵袋のようなもので、決定権はない。いいな。決定を下すのはあくまで我々なのだ」

 不在中の屋敷の管理と、領地の管理について一定の裁量を任されている様子なのだが、それ故にその心労は計り知れないものがあるのだろう。

「――と、格好はつけても流石に半年以上も領主が不在ではな……」

 騎士隊長オグマ・デ・エンブラムスは大量の書類を前に溜息をついた。

「コレは全部……」

「あぁ、開発計画やら土地の裁判やら税に対する陳情やら……いくらなんでも俺達では何とも出来ん。それに……」

 他領からの財務官達が記録室に詰めかけ、町の商人や農民達の出納まで調べ上げている。

 確かに無茶な要求などはないが、もともと少人数で仕事を回していた子爵領ではそれに人員が裂かれるだけでも痛手らしい。

 領主が帰って来たら覚悟しろよ、とオグマは自嘲的な笑みを浮かべて書類を数枚取り出す。

「デ・マリオン。騎士にとって領民の信用は絶対だ。シャロン様を後見に先ずは巡回警備の補佐として仕事を覚えて来い」

 そう言われ、マリオンは久しぶりに子爵領の町を歩いていた。

 通り過ぎる光景は、ただの一介の兵士としての時とはどこか違う気がした。向けられる視線も、掛けられる声も期待が込められていた。

 同世代かもう少し年しただろうか。幼さが多分に残る娘達の視線に気付いたマリオンがそれに微笑み、手を振って応える。黄色い声で飛び跳ねるように走り去った彼等の後姿に、マリオンは小さな満足感を感じていた。

(最初は地味に、いや、これでいいんだ)

 騎士の力が求められる。一般人がそれほどの事態に居合わせたらどれほどの不幸だろうか。

 賞賛されるほどの正義の執行は、巨大な悪に虐げられる大多数の弱者の不幸の果てにあり、一握りの勇者に栄光を与える、ともいう。

(穏やかな日々こそを求めよ、か)

 騎士も病院も、求められない程の平穏こそが望ましく、そして領主とはその実現に尽力する者なのだ。

(領主……)

「なんというかお前は……抜けてるよ」

 偶に、少し……いや、大分な。とシャロンはその評価を徐々に吊り上げた。マスティフ・ド・オールズ子爵とは如何な人物か。そう聞かれたせいである。

 昼は子爵領の騎士としての役目があり、マリオンへの指導は主に夜に集中する。

 マリオンを推薦したロンバルディア家の後見人として教育係も兼ねているシャロンは、同じく『白亜の冠』邸の一室に移り住んでいた。

 手には薄い青と銀のカード。二十枚近いそれを配る途中の手を止めて、小さなテーブルに向かい合って座るマリオンの顔を呆れ顔で眺めた後、彼女は再びカードを配り始めた。

「普通、仕える主はそこが一番重要なんだぞ?」

 仕えてから聞く奴があるかと呆れられたマリオンだがその返事は気の抜けたものだった。

 ロンバルディアへの招待を断り、オールズ個人に特別思うところもなく。しかし彼がこの地に拘り続ける理由は、シャロンが思うところ一つしかない。

(あの銀髪の幼馴染か……)

 時折シャロンは村の光景を思い出し、夢に見る事もあった。

『輝士でなくてもいい。また四人で静かに暮らせる所を探しても良い――』

(……『四人』……か)

 マリオン、銀髪の少年、腱を切られた少女……と、獣人の娘。本当に彼女がそうなのだろうか? その四人目にいつも違和感を覚える。報告では、村人は全員人族だった。だとしたらマリオンとあの獣人の関係はなんだ? シャロンの中の疑問は尽きない。流石にまだ半年も経っていないのだ。直接聞くのは憚れる内容だけにシャロンは疑問を口に出来ずにいた。

 結局はいつも通り溜息と共に頭の中から吐き出すと、カードを配りきり、テーブルの上の黒と白のチェック柄をしたボードの上に二色の厚めのコインを並べていく。

「輝士達が練習にするゲームだよ。青銅と銀だけのルールだ」

 そういって彼女は八×八のチェックボードの手前の一列に銀、二列目に青銅のコインを並べ、ボードの左右に二人の輝石を置いた。

 シャロンが銀の輝石に手を翳す。彼女の側の銀のコインは波打つと騎兵と弓兵の人形に変えた。続いて青銅の輝石で同じ様に銅のコインを剣と槍の歩兵へと変える。

「兵種はこの紙を見ろ。それぞれ特徴があって兵種がわかればどんな形でもいい。剣でも馬だけでもいい。やってみろ」

 駒を使った一般的なボードゲームの一種である。兵種ごとに移動域と相性が違い、交互に駒を動かして相手の大将を奪う戦略戦術ゲームなのだが、輝士達にとっては指揮だけでなく輝石を用いた良い練習になると好評な遊戯の一つである。複数の駒を同時に動かす、あるいは連結させる上級ルールや、同じ輝石を持つ者同士の場合において兵種の有利不利は無くなり人形同士が一騎打ちを始める特殊ルールがあったりと多彩な進化を遂げている。

「さっきの質問だが」

 青銅のコインが人型を取ろうとして歪な筍が生えた盤面のむこうで、シャロンが難しい顔をしていた。

「マスティフ卿は能力面では非常に優秀だ。町を回って、不幸な顔をした領民がいたか? 五百人規模といっても多種多様な人間がいてそれぞれ要望も悩みも違う。それが表に出ない程にうまく調整されている」

 人型は諦めて剣と槍を並べて前線を作ると、マリオンは銀の輝石に手を伸ばす。

「輝士として前線にも立つし、彼の指揮で蛮族を追いやったのも五回や六回ではない。交渉事も、得意だな」 

 優れた騎士である師は、主となる人物を高く評価していた。嘘や必要以上の賛辞を嫌う彼女が太鼓判を押すほどの人物ならきっと立派な騎士に違いない、とマリオンは期待に胸を躍らせる。

 そのせいか銀の輝石がうまく動かず、シャロンの側の駒まで形を変えてしまった。

「マスティフ卿の祖父は元はロンバルディア家の騎士でな。領地の開拓に爵位と土地を分譲したんだ。む……それは私の駒だぞ」

 騎兵が筍に代わり、シャロンは苦笑いを浮かべていた。

 本来、素質さえあれば全ての輝石が認めるわけではない。輝石一個ごとに条件が違うのか複数の銅の輝石の内、その幾つかにしか選ばれない事も多々あるのだ。

 しかし選ばれなかったからといって輝石が全く反応しない訳ではなく、魔力の操作さえ出来れば多少なりとも反応はあるものだ。が、それは直接触れているものに限られる。

(やはり素質有、か)

 盤上の駒を動かしたマリオンには紛れもなく銀の輝石に認められる資格がある。あとは、相性のよい石があれば、だが。

「まぁ今日の所は練習だ。造形に必要なのはイメージだな。鎧にせよ剣にせよ実物を参考に頭の中にイメージできなければな」

 青銅は柔らかい故に形の変化に優れている。造形の練習には丁度良い。と付け加えるとそれぞれの輝石について説明を始める。

「騎士としてはあまり好ましくないが、青銅の強さは柔らかさによる形状の変化だと私は思う。剣から槍、斧と瞬時に武器を変える相手は正直やりにくい。銀は青銅より少し硬いが、青銅よりはるかに速く、強力な力が得られる。だから青銅のようなトリッキーな操作よりは直接斬りに行く方が手っ取り早いな。最後に金だが、これは変化に難い。どの輝石より重くて強固。しかも体の強化が銀とほぼ同等以上だ。正直、私など幾ら束になっても敵わんよ」

 相対したらどうしたら良いか判らん、とシャロンは肩をすくめて見せる。

 金そのものの産出量が少ないのもあるが、輝石自体殆ど見つかっていない。強大な力を得られるが、同時に選ばれる者は万人に一人とまで言われ、皇帝と大公爵達を除けば十人の聖騎士にしか行き渡っていない現実がそれを裏付けている。

「話は戻るが、卿は輝士としても優秀だ。銀の輝石を持っていながらそれを使わず青銅輝士として戦場に立っていたらしいが、その操作量が桁外れだ」

 彼の最後の戦場は七年ほど前に蛮族が開拓村を襲った時だったが、並の青銅輝士五人分の青銅を一人で動かしてさながら阿修羅の如く戦場を蹂躙したらしい。

「評価についてはこれくらいか……個人の性格はまぁ、そのうち判るだろう」

 珍しく歯切れが悪い師に、マリオンは首を傾げる。話を聞く限り為政者としても輝士としても立派だと思ったが、シャロンが何の理由もなく嫌うような相手なのだろうか。

「何、じきにマスティフ卿も戻ってくる。忙しくなる前に、輝石に慣れておけ」


 戦闘指揮と輝石の使い方を学ぶ夜が半月ほど過ぎた頃、珍しくシャロン以外の来客があった。

「どうぞ」 

 いつもと違う扉を叩く音に、マリオンは輝石を胸元にしまうと扉へ顔を向ける。

 小さく軋みをあげて姿を見せたのは、三人のメイドだった。二人はあまり話をする機会が無かったが何度も見た顔だ。その二人を従えるように前に立っていた人物は昨日まではこの館にいなかった小柄な女性。

「子爵様よりデ・マリオン様の侍従を申しつけられました。本日より身辺のお世話をさせて頂きます」

 顔を合わせるまもなく早々に深く下げた頭からはさらりと光沢のある髪が流れ、館では聞いた事の無い流暢で張りのあるの声で挨拶を述べる。

 マリオンの胸元までしかない身長。長く艶やかな銀髪。そして、森の緑を映す泉のような碧玉の瞳。

「……姉さん?」

 驚いたように目を見開いた女中はそのまま形の良い眉を歪め、小さな唇を戦慄かせた。涙を溜めて一文字に結んだ唇で小さく首を振る姿は否定しているようにも見える。だがマリオンにはそれが見た事も無いほど弱弱しく儚く見え、思わず駆け寄りその体を抱きしめていた。

「姉さん! あぁっやっぱりガラテア姉さんだ!」

 三年ぶりの再会で抱き上げられ、ガラテアの足が宙に浮く。成長の喜びと、何故か苦悩の入り混じったくしゃくしゃの顔でガラテアは逞しくなった弟の顔に手を添えて見つめると、涙を隠すように頬ずり、その髪に顔をうずめた。

「良かった……! やっぱり貴方だったのねマリオン……マリオンっ」 

(あぁ……居たんだな……)

 部屋に消えたメイドと弟子の声を聞き、シャロンはその日、マリオンに会う事無く自室へと戻っていった。

読んで頂きありがとうございます。

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