少年編 27
――汝
主君を裏切るなかれ
民を飢えより守り、
友の為に耐え、友と共に立ち続けよ
弱者を護り
分け隔つ事無く
慈愛を注ぎ
正義を掲げ
不正を許さず
真実を追い求めよ
今日より汝等を我がダイスの騎士とする――
黄金の全身鎧を纏った輝士が、新たな騎士達の誕生を宣言する。
彼の前に跪く若者は八名。いずれも才気に溢れた若者達だった。
その一人一人に、剣を乗せて問う。
「汝の名を。その忠誠を捧げる相手を誓いなさい」
名と、その捧げる剣の主とを若者が答える。
騎士を志した少年は、今その願いが叶う寸前にいた。
苦楽を共にした親友は行方が知れず、故郷も今や廃墟でしかない。欲して得た力を果して何の為に振るうのか。
カツン。石床だけの視界に金色の具足が現れた。
「汝の名を。その忠誠を捧げる相手を誓いなさい」
年季の入った深い皺に威厳を纏った顔で、黄金の輝士が見下ろす顔は、同じく金髪金眼。
物怖じしない瞳ははっきりと自分を捉えていた。
「――私の忠誠は全ての友と、無辜なる魂に捧げます」
「新たな騎士に女神の加護を」
ディオン・ウル・ダイスは辺境には珍しい瞳に込められた覚悟に、唇の端を持ち上げた。
「感想はどうだね? 新米騎士殿」
「感無量……だと思う」
『茨の聖冠』邸の庭園を二人の騎士が歩いていた。秋晴れの空の下を揃いの板金鎧に南天の薄紫のマントが靡く。長剣を佩いた長身の美男美女、といっても過言ではない。二人を見るなり溜息を漏らす使用人も居る程だ。
騎士。追い求めた夢が叶った。だが、そこに当然のようにあると思っていたものが、ない。隣に立っているはずの親友は、いつの間にか消え、代わりに師というべき者に代わっていた。
「友と魂に、か」
シャロンの呟きは揶揄や嘲笑ではないが、どこか責めているようにも聞こえた。
往々にして、叙勲の儀において応えるのは剣を捧げる主と、最も尊守する徳目であった。マリオンのように『友と魂に』と応えるような例は少ない。
(何か間違っただろうか)
マリオンはそう思ったが、それでもやはり騎士とは護る者であり、その為に戦う者なのだ。
護る物を失い減ってしまったのなら、残った物は取りこぼさぬ様に。今度は決して手放さないようにと。
「それで? 私はそれに含まれるのか?」
「え?」
決意を固めるマリオンを、薄紫の瞳が見つめていた。
「私はお前の友人を斬ろうとした。斬る筈だった。そうでなくともお前の育ての親たちを斬った。なら私は無辜でも友人でもない事になる。さぁ君の騎士道はそれを許すか?」
「友人じゃないから護らないなんて事はないし、無実の罪の人を斬ったわけじゃない」
マリオンは迷う事無く答えた。それが詭弁だと言うのなら、主の為にどんな事でもすると誓った他の騎士はどんな罪でも犯すのかと。
「宜しい。いいか。罪を犯さない人間なんていないし、目の前にある護れる者を護らないのは罪だ」
師はそう言って弟子の胸に拳をぶつけた。
「お前のは理想論だ。英雄譚に夢見る子供の戯言だ。だが、中身の無い宮廷貴族や目先の利益に踊らされる馬鹿な騎士達よりよっぽど良い。これからお前が出会うそんな貴族とその狗共こそ最大の敵だと心得よ」
そよぐ風が、そこだけ真夏に舞い戻ったかのように熱気を帯びているようだった。
「ロンバルディアに来い。私達が、お前を一介の騎士で終わらせない」
シャロンの力強い誘いは、かつて無い以上にマリオンを驚かせた。
彼女をはじめロンバルディアの騎士達は正しく自分の理想に近い姿だったからだ。その一員に加わり、肩を並べる事はどれほど栄誉な事だろうか。何度も想像した自分の姿になれる。これほど魅力的な話は無かった。
「まだ、諦められない相手が居るんだな?」
だが、マリオンはそれに答えることが出来なかった。唯一手の届く場所にいるだろうガラテアの姿を、未だ見ていないのだ。
「すいません」
「謝るんじゃない。お前にはお前の騎士道があるんだろう? ならそれを貫き通せ。例えどんなに馬鹿にされようと、己を曲げるな。騎士の生き様を、見せ付けてやれ」
残念だが仕方ない、と胸に宛てた手を離して彼女はくるりと踵を返す。
「そろそろ戻るか。夜の舞踏会は、魑魅魍魎共の巣窟だ。嘗められない様にな?」
(あの方はどちらのご子息?)
(隣に居るのはロンバルディアのシャロン嬢では無いのか?)
(オールズ卿の許で修行中らしい)
(いずれ輝士になられるのかしら)
(なんでもすでにその片鱗を見せたらしいぞ)
夜。領主館の広間は昼間の荘厳な式典とはうってかわり華やかな宴の場となっていた。
装飾をあしらった鎧姿の騎士。着飾った婦人。集まった南天中の有力者、著名人の視線を集めるのは金眼の若い騎士である。
「市民ならいざしらず、貴族やそこに出入りする者にとっては有名無実な話だからな」
「皆、君の出自を知りたくて仕方が無いんだよ」
領主達への挨拶の最後、二人の男爵を前にマリオンは自分に向けられる好奇の目に初めて気付かされた。二人とも騎士の鎧を着ずに礼服にマントだけだが、その存在感は凄まじい。マリオンにとって自分より背が高い人間は珍しく、しかもギリアンと名乗った領主は頭一つ高いのだ。隣の小さな令嬢と会話しながらも、打ち込めるような隙が無い。そして、それすらも見透かされているようだった。
「自分は親を知りません。それに、親が誰であろうと自分は自分です」
「だからそういう事を公衆の面前で言うなと……」
溜息をつくシャロンを見て、二人は顔を見合わせて頷きあう。
「見たかねミオラ。我等が妹はすっかり大人になってしまっているようだ」
「そんな事は無いよギリアン。これはまだ保護者のようなものだ。乙女であればもう少し困った顔をするものだよ」
「お二人は何を言っているのですかっ」
「そう。そうその顔だ。我々にはしっかり怒るというのに彼には随分優しいではないか」
「まぁ。ギリアン様ったら」
シャロンは二人の男爵を前に感情豊かに言いしていた。
彼女がそんな顔を見せるのは、マリオンの記憶では村での戦闘以来の事だ。それだけこの三人は仲がいいのだろうと思うと、マリオンは自分の中に言い表せないモヤモヤとしたもの湧き上がるのを感じた。だがそれをどう処理して良いか判らずに、彼はその光景を眺めているしか出来なかった。
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