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帝国の地術士  作者: 玉梓
第2章 蠢動
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少年編 23

お待たせしました。

第二章開始です

「――優秀な輝士3名、及び貴重な青銅輝石2個の損失は帝国への損害甚だしく。ここに陛下より賜った輝石の返上と共にいかなる刑にも服し、その罰を持って南天の皇帝陛下への揺ぎ無き忠誠を示されますよう――」

 ダイス大公爵の領主館『茨の聖冠』邸に現れたシャロンはさらに口と目を封じ、領主達の前に膝を突いた。銀の球体を収めた宝石箱を持つ従者が隣に立ち、淡々と陳情を代読する騎士の声だけが彼女の閉ざされた感覚に届く。

 六人の領主達はその姿に何事かと息を呑んだ。本来彼女の招聘は査問ではなくあくまで報告の予定だったからだ。が、その陳情を聞くにつれ納得したと顔を見合わせた。

「随分厳しい教育じゃな。ロンバルディアの」

「ジルは昔から年上の扱いは美味いが、年下の相手は苦手だった」

 カーティス侯爵のしゃがれ声にディオン大公なりの軽口が答え、当のロンバルディア当主ジルオンは渋面で唸る。

「枷を解いてあげなさい」

 大公の言に、若い男爵の二人が安堵の息を吐く。 

 妹のような騎士姫はしかし、二人が見たこともない困惑と苦渋に満ちた顔で頭を垂れる。その表情に顔を見合わせた二人だがここで聞くことではないな、と何も言わずに二人の間の席へとエスコートする。

「不穏分子、いや、もはや逆賊として確定か。火薬の流出ももはやとめる事は出来まい」

「まさか自分達に向けられると、これほど厄介な物だったとは」

 ミオラが腰の短銃をテーブルの上におく。簡単な構造と、決して難しくない配合によって生まれる破壊力。

 その生産力は、輝士の誕生を上回る。そう遠くない将来、戦場は硝煙が支配するであろう事は火を見るより明らかである。

「今、白銀輝士が減っては困るのだ。判るな? シャロン嬢」

「は……」

 席についてからも顔を上げられずにいる彼女は、そこからさらに頭を下げる。

「しかし隠田、とはな。マスティフ卿」

 この南天においての禁忌の一つ。領主達の視線はそれが作られた土地の主に集中する。

「まったく困ったものですなぁ。この南天でその罪の重さを知らん者は居らぬのというのに」

 我が領の者ではない。彼は伯爵に矛先を向けられながら、言葉とは裏腹にさして困っても居ない顔で言ってのけた。

「しかし幸いにも、生き残りがいるとのこと。早急に裏を取りましょうぞ」

 その言葉に、ピクリ、とシャロンが硬直する。

 村へ至った経緯。戦闘とその後の捜査で見つけた、近くの川にあった櫓の形状。遺体の惨状。『ロンバルディアの騎士の来訪を知っていた集団に襲撃され、これを殲滅した』という報告には含まれていないことだった。

 『生き残り』を指すのはマリオンか。あるいはあの銀髪の少年かは定かではない。だが、なぜそれを知る者が居るのか。

(兵の中にオールズの手の者が……)

 マリオンの村が隠田を、という事実は決して軽視出来ない事実だ。口止めしなかったとはいえ、村での戦闘のあと、オールズ領からまっすぐ招聘に応えた彼女よりも早く、そして詳細な情報を誰が伝えたのか。

 言葉を失うシャロンの代わりに応えたのは、ほかならぬ彼女の父であった。

「その生き残りは歳若く、仔細を知らないそうだが」

「いやいや、わからぬものですぞ? 集落ぐるみで罪を犯しておきながら一部だけ知らないなどありえましょうか」

「女子供は見世物のように殺されていた。これはどう説明する」

「さて。それはこれから調べることでありましょう」

 睨み付けるような視線に臆す事無く。マスティフは退くどころかむしろどこか愉しんでいるようですらあった。

「拷問は許されんぞオールズ卿!」

 堪らずにミオラが叫んだ。元来大人しい彼はことさら暴力を嫌い、自領においてもそれは徹底されていた。睨みつける彼を伯爵は手を上げてそれを制した。

「害を加えるようであれば、我が領で保護する準備がある」

「何を仰る。ほぼ唯一の生き残りを、殲滅を指揮した者が引き取ってはあらぬ疑いをかけられるというもの」

「隠匿という意味ではそちらも同じであろう」

「家族を失った我が領民であれば、私の元で保護しましょうぞ。まして、『才能』あるものならば尚の事。何かおかしいですかな?」

 流石にこれにはジルオンも黙った。少なくとも、才能を条件に出すのであれば危害を加えないだろうと判断したのだ。

(やはり、輝石を使った事まで知られているのか)

 出来る事なら、あの純朴な少年はこんな世界とは無縁であって欲しいというのがシャロンのせめてもの願いだった。

 しかし、実情を知られていたのならそれは裏目に出るのではないか。自分の思慮の浅さに悔しさがこみ上げてくる。こんな姿を教育係はどう思うか。

「それまでじゃジルオン。とはいえマスティフ卿への疑いは拭えぬ。調査団は受け入れるじゃろうな?」

「勿論ですぞ。ここ十年の帳簿と領内の調査協力もお約束しましょう」

「ではこの件は夜にでも。至急、帝都への報告をなさねばならん」

 ディオンが中断を宣言すると、侯爵を連れて退室し、遅れてジルオンとマスティフも席を立つ。

「儂は調査団と共に戻りますのでな。それまで館は自由に使ってくださって構いませんぞ。何より試験官としてしっかり、鍛えてやって下され」

 人の良さそうな笑みを浮かべ、太った体を揺らして立ち去るマスティフの背中に、ギリアンは腹立たしく顔を歪めていた。

「タヌキめっ」

 ミオラはそれを顔だけで咎めたが、止めようとはしなかった。彼も同じく、子爵への憎悪を募らせていたからだ。

「私は……どこかで思い上がっていたのかもしれません。でなければ、あんな、犠牲を……」

 それまで俯いたままだった彼女の独白はかつてないほどに弱弱しく、これがあの勇ましかったシャロンかと耳を疑った。どんな苦行にも耐え、不利な戦況すら乗り越えてきた。その過程で失った友人や仲間は少なからずいたのだ。一体、此度の遠征で何があったのか。戸惑いと疑問が怒りを急速に沈静化していく。

「僕自身、銃を持ってはいてもそれを相手に戦った事はない。君は誇るべきを為したんだ」

「……ランズベルク候やミオラ様のように、剣以外の道を選んでいれば――」

「それは彼等への侮辱というものだぞ」

 シャロンの誇りを守るべく、優しく諭すミオラとは逆に、ギリアンはシャロンの弱気をばっさりと断ち切る。

「俺達は戦の最前線で命を懸けている。だが彼等は平時であろうと戦時に備えて多くの民の生活を背負っているんだ。それは決して安易に比べて良い物ではない」

 ギリアンはシャロンと同じく武人であり、文官としての手腕を認められたミオラを親友に持つ。それは彼らしい武人の矜持であり、ミオラへの敬意だった。

「僕は銀の輝石には選ばれなかったが、幸い青銅の輝石に選ばれた。時代は安寧を迎えたと思っていたがそうではなかったらしい。五百年間くすぶっていた火が、ここに来て帝国を焼き尽くさんばかりに燃え上がるかもしれない。それを防げるのは君のように力のある輝士なんだ」

「顔を上げて、胸を張れ。手の届く限りの全てを守るならば、だ」

 ミオラは優しく手をとって道を諭し、ギリアンは雄雄しくそのあるべき姿を体現する。

 二人の兄のその姿にシャロンは騎士となってはじめて涙を零した。憧れ続けた二人に少しでも近づけるように。その為に、泣くのはこれが最初で最後、と心に誓うのだった。


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