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帝国の地術士  作者: 玉梓
第1章 出会い
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少年編 19

「盾を構えい!!」


 人間の脳は最低でも三つの段階を踏んで体を動かすという。

 第一に『状況を把握』し、第二に『対処法を考え』、そして第三に『体を動かす』。戦闘で剣を避けたとすると、振り下ろされる剣に対しまずこれを認識し、次に避ける事を決定し、そして体が実際に体が避けるように動く、となる。

 ある実験が行われた。通行人に樹上から木の枝を落し、横から『危ない』『あ!』『走れ』いずれかの言葉を通行人に叫ぶ。結果、この『走れ』という言葉を掛けられた被験者だけが、枝を避ける事が出来た。それも全員が全員、『走って』避けたのである。

 つまり、『指示』というのは『第二の対処法を考え』る工程を省き、把握した瞬間行動へ移す事を可能にする物である。


 歴戦の老騎士の号令は、それにさらに強制力と言う力でもって部下を動かした。屋根から放たれた矢は決して多くなかったものの、正確にシャロン達を狙っていた。それ故に悉くを盾によって防がれる。

「成程の。人を食い物にするオーガとはよく言ったものよ。女子供を斬ったな! お前達の体と剣は血の匂いがこびりついておるわ! 姫様!」

 交差する白刃の横でカインの顔は怒りに満ちていた。老騎士の鼻はこの村にそよぐ風の中のかすかな腐臭。そして血の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。

 倒れ伏すマリオンをチラリと見、シャロンは剣を抜く。

(……すまんな)

 その剣は半円に包囲する村人達の長に向けられた。その体を、白銀の光が覆っていく。

 一人の重傷者を助ける為に、多数の重犯罪者を解き放つか。

 ――否。逃した犯罪者が作る更なる被害を抑える事を騎士姫は選択した。

「シャロン・ヴァン・ロンバルディアが命ずる。断罪の騎士達よ! 斬り捨てよ!」

「弱者を斬った剣に温情は無い! 法の裁きでも死罪じゃ!」

 主の怒りを代弁するかのごとく、老兵は叫ぶ。それに呼応するように青銅の盾は彼の鎧を包むように広がっていく。両手で持ったバスタードソードが水平に払われ、首が舞った。

「下がれ新兵! フィズ! マリオンを引っ張って来い!」

 乱戦に、グランは新人の前に立ち、フィズはシャロンの片翼を担うべく青銅を纏って切り込んだ。マリオンと彼の間に久々の獲物に狂喜する男たちが殺到した。

 村人の戦士としての練度は異常と言ってもいい。筋力だけでなく、組織的な連携。そして剣の腕。全員が並の戦士を上回る集団であった。それに対し五倍以上の数に挑むのはたった三人である。

 だがその数の暴力を、輝士の力はねじ伏せる。

 輝石が人間の限界を超えた力を引き出す。鎧は羽根の様に軽く、重い剣はまるで小枝のようにしなり。一歩は普段の数倍の距離を跨がせ。剣の一振りは鎧、剣ごと命を刈り取っていく。襲われながらも、その剣が届く前に彼等は敵の首を落としていた。

 その様は一方的で――数の暴力を圧倒的な力がなぎ払っていた。

「化け物共め!」

 蹴り転がされて回るマリオンの世界に吐き捨てるられる声は、物心ついたときから剣を教えてくれた父親代わりの聞きなれた声。ぼやける視線の先で、真下を向く剣先が夕日に染まっていた。

「マイスは生かされたってのに、お前は殺せとさ。勿体ねえが、仕方ねえ」

 マリオンの色を失った顔に、赤が散った。


「援護するぞ! 屋根の弓手を狙え!」

 グランの指示の元、新人達が一斉に矢を放つ。完全には狙いが定まらないが、それでも一度に十本もの矢で狙われれば相手に十分恐怖を与えられる。

「矢を恐れるな! 右の奥だ!」

 新人達の先頭に立つグランは指示を出しながら空間を握る。その手の中には一本の矢が掴まれていた。青銅位とはいえ輝士にはよほど強弓か死角からでもなければ弓は通じない。放たれた矢を掴み、逆に射ち返す。

 射ち合いで不利を悟ったのか、敵の弓の狙いが変わった。炎を纏った矢が畑に、建物に落ちていく、

 村が、炎に包まれ始めた。


 あっという間に半数を斬り伏せられたというのに、彼等の不敵な笑みが消えない。

「姫!」

 不意に老騎士が叫んだかと思うと、その身をシャロンに被せた。

 一瞬遅れて、空気を振るわせる銃声が二つ。

「カイン!」

 見上げる老兵は目を見開き、唇を真一文字に引いて震えていた。

「むおおおあああああああ!」

 咆哮と主に口からは鮮血が零れる。身を翻した老兵の手から剣が放たれた。剣は赤い円を描いて男達をなぎ払い、端から硝煙を上げる布に包まれた杖を構える男に突き刺さる。同時に響いた三つ目の銃声は、彼の胸に赤い花を咲かせた。

 彼の青銅からその輝きがゆっくりと失われ、ひび割れてパラパラと剥がれ落ちてゆく。背中には、二つの赤い花。

 シャロンが老騎士の名を叫ぶ。

 忠実な騎士はそれに答える事無く膝を突いて天を仰ぎ、動かなかった。

 その停滞する視界に黒い影が禍々しく映る。輝石によって鋭敏化した感覚がその危険性を知らせている。飛び退き、急速に後退する視界を銃弾が横切って行った。

 それは銀の輝石に選ばれたからこその知覚。青銅と銀の絶対的な力の差であった。

(あと四丁! 四発!)

 悲しむ暇も許されず、意識が戦場へと引き戻される。砂煙を立てて地面を滑り、地面を掴んで減速をかける彼女の頬を銃弾が掠めた。白い肌を鮮血が細く流れ落ちる。

(あと三! 避けてなどいられん……私は――私は、騎士だろう!)

 誰よりも先頭に立つ貴族であり、この力は守る為であったはずではないのか?

 軋むほど歯を噛み締め、シャロンは敵を見据える。

(私は弱きを守る騎士――守られる彼等の為に……我が盾となれ!)

 精霊と人の関係は決して主従でも、一方的な従属でもない。

 人は願い、精霊がその願いの輝きに惹かれ、その力を分け与えるのだ。

 彼女のその願いは、聞き遂げられるだけの力強さと、純粋な心に輝いていた。

 突き出す左手の前に、小さく、しかし厚い銀色の盾を生み出す。

 姿勢は低く。表面積を小さく。小さな盾に隠れられるように。

「は……ぁぁぁあああああ!」

 巨大な猫のように、白い軌跡を残してシャロンが駆ける。踏み蹴られた地面は爆ぜたように砂の柱を立ち昇らせた。

 銃声が響く。銀盾は鉛の玉を火花を散らして弾き、初めて恐怖に顔を引きつらせた男達の首が三つ。彼女の一振りで宙を待った。


 ボタボタと赤い雫が降っていた。

「この……アマァ!」

「アンタ達が……あの人の本当の仇だよ!」

 ボロボロの、申し訳程度の布にしか見えない服の女が、男の腹に短剣を突き立てていた。憎悪に染まった瞳で、彼女は握った柄を円を描くように。あるいは鋸を挽くようにして、体の内側を切り刻む。

「があああああ!」

 男が身の毛のよだつような絶叫をあげて倒れ、それでも女は手を止めない。その体に

「マリオンから離れろ!」

 ローラン達の放った矢が突き立つ。病的なほどに細く薄汚れた体はアザと傷が無数にあり、本来の女性特有の美しい曲線が歪に歪んでいた。崩れ往くその体の主は、マリオンの知る数少ない女性。

「!……リリさん! リリさん!!」

 マリオンはやっとの思いで起こした体で、リリの体を抱き止める。激痛は感じなかった。目の前で起こるあまりの事態に彼の感覚はすでに麻痺し始めていた。

「ありが、と…………を……村を……燃やし、て……」

「大丈夫……もう、皆燃えるよ……」

「ありが……と……」

 数本の矢を受け、それでも彼女は笑っていた。それは諦めの笑顔か、待ち焦がれた相手に会えた喜びにも似た笑顔だったか。


「お母さん!」

 愛しい娘と、


「リリさん!」

「リリさん!」

 懐かしい少年の声が二つ。彼女は最期に聞いた声に笑顔を浮かべたまま息を引き取った。


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