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帝国の地術士  作者: 玉梓
序章
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少年編 2

「まぁたぁ負けたああああ!」」

 負けた少年は手を引かれて立ち上がってから埃を立てて髪をかきむしった。その頭に棒が振り下ろされる。鈍い音を立てた頭を抱える少年が振り向くと審判をしていた銀髪の少女が居た。

「マリオンは力に頼りすぎ!人間じゃ魔物の力には絶対勝てないんだからもう少し後のこと考えなさい!」

 杖を担ぎ、少年を叱り付ける少女はガラテアという。

 子供達の中では最年長で十五歳になる彼女のその銀髪は陽の光を受けて透けるように輝き、切れ長の目に緑に囲まれた泉のような碧眼。それに小ぶりでまっすぐな鼻と薄紅色の唇と整った顔立ちは美しいと表現するに足るものだった。淡い紺碧の瞳を伏せて本を読む彼女に木漏れ日があたる様は、大人達は誰もが嘆息し、子供達ですら目を奪われたものだ。そんな普段なら優しく穏やかな彼らの姉は、今は肩を怒らせて自分の胸元ほどの杖を担ぐ。と、銀髪の少年に向き直る。

「マイスは小手先の技に頼りすぎ!全力で斬らないと魔物の皮は斬れないんだからね!」

 言っている事は正論なのだが、よくよく考えれば理不尽な話しである。力で勝り、フェイントは見切られる。明らかに格上の魔物など逃げるに限るというのに。

 とは言え、肉体的な強さにおいて人は肉食獣に勝てない。

 彼等が有する逃げる事に秀でた自然の獲物を襲う為の能力。それは爪牙の代わりに武器を持ち、厚い皮の代わりに防具を纏っても根本的な筋力と感覚は補う物がないのだ。

 故に『数』と『知恵』という力が人間にはあるのだが、一対一の勝負でどうしろというのか。

 『確実にフェイントで釣って絶対的な一撃で短期決戦を』

 要約するとそうなるのだが頭をひねる二人を置いてガラテアはマリオンの木剣を拾いに行くと、十歩近い距離を開けて対峙する。

「はい。構える。敵は待ってくれないよ?」

 左手に杖の中ほどを持ち、その先をマイスに向ける彼女の右手には、マリオンの木剣。マイスが自分を見るのを確かめ、合図も無しにガラテアは駆け出していた。

 一瞬腰を落として、全力で五歩。体をねじって剣を振りかぶり、最後の一歩は左足で跳ぶ。右足の着地と共に速さと体重とを乗せた剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 不意打ちと言ってもいい打ち込みを、マイスは受け止めた。十二歳の少年の行動は賞賛されるべき反応だった。

 が、彼の目の前で銀の髪が舞う。

「ぐぇっ!?」

 右足を軸にターンするガラテアの死角から突き出された杖の先がマイスの腹に埋もれていた。剣を受け止めて硬直した瞬間を狙った一撃であった。

「フェイントも全力。攻撃も全力。どっちでも倒せるようにしないと駄目よ?」

 見上げる彼らの姉は、杖を担ぎ右手の人差し指を立てて小さく左右に振る。

「あ、ありがとうございます」

「うん。今日はコレまで。私は子供たち集めてくるからねー」

 立ち上がれずにえづく弟分に満足気に頷くと、少女は無邪気な笑みを浮かべて広場を駆け抜けていくのだった。


「やっと俺達も魔物狩りが出来るかぁ」

 秋が近付くにつれ、村では越冬の準備で慌しくなる。畑の収穫も大仕事なのだが同時に行わなければならない行事が越冬用の備蓄の確保だ。

 村の冬は特に厳しい。南の山脈からの冷たい風は川を凍らせ、時に屋根に届くほどの雪に村が隠されることすらある。それ故に、村の越冬の資材確保は死活問題であった。果樹の周りを整地し、囲いを補修したり伐採した木を薪と保存食を作る為に何度も村へ往復して増やしていく。そして魔物の間引きである。

 食用にはならないが野生動物と違って森の恵みを無制限に食い荒らす魔物は嫌われ、討伐の対象として依頼が出るのも珍しくない。

 不幸な事に森の奥には幾つか魔物の集落がある。知性の高い魔物とはある程度交流があるが、ゴブリンやコボルトのような知性が低く攻撃的な魔物も住み着いており、それらは増えすぎる前に間引かなければ越冬以外でも村の存続問題になるのだ。

 特にゴブリンの知性と体格は六歳の子供並で言語はもっているがほぼ本能で生きているため生産や応用という概念が無い。魔物の中では比較的柔らかく普通の刃物が通用する魔物だが、筋肉は大の大人以上だ。掴まれでもしたら引き剥がすには骨折も覚悟しなければならず、繁殖力が旺盛な魔物としても知られている。

 ガラテアとマリオン、マイスは森の奥にあるそんなゴブリンの群れを探していた。目的はゴブリンの討伐なのだが三人は後詰めだ。三十人近い歴戦の大人達が罠と弓で奇襲を繰り返し、四十匹近い群れは残すところ十匹程度らしい。群れを離れて小数になった所を各個撃破。全滅させても良いが、いずれどこからか流れてくる為無理はしないで経験を積んで来いというのだ。

「ウサギより当てやすいからいいけどなぁ」

「五体満足の奴がいるといいな。どうせならちゃんとした奴に勝ちたい」

 鎧に小手と脛あてとほぼ全身を革製の防具で覆い、両手でいつでも撃てるように弓矢を持つマリオンとマイスは腰にロングソードを。ガラテアは短槍を手にして弓矢は腰に下げていた。ガラテアの後ろを歩く二人はどこか遠足気分だ。

「手負いは逆に気をつけなさいよ。逆上して動きが予測できない事があるんだから」

 二人の技量ならまず負けないだろうとわかってはいても、ガラテアは釘を刺す。

「それに数が減るとそれだけ活動距離は短くなるの。拠点に怪我した固体が残ってるしね。それだけ援軍に囲まれる事だってあるんだからね」

 腰ほどの雑草が生い茂る森の中の踏み固められただけの道を歩き、三人は数回の休憩を挟みながら歩き続けた。昼食に少し長めの休憩を取り、ゴブリンの拠点近くで目当ての群れを見つけた。雑草の刈られた小さな広場の果樹に群がり、五つの緑色の肌をした子鬼が遅い昼食を貪っていた。

(五匹、ね。言ったとおり最初に弓で。撃ったらすぐに剣で備えるのよ)

 青い果実を貪るゴブリンの群れを暫く観察して数を確認する。風下に回った三人はゆっくりと距離をつめると、ある程度腹がくちた子鬼が緩慢な動きで地面に降りた頃を狙って弓を静かに引き絞る。

(マイスは右。マリオンは左。私は真ん中ね)

 それぞれの正面に居るゴブリンに狙いをつけさせ、逸る気持ちと呼吸を落ち着ける。ちらりと送った視線で、二人は頷いて返した。

(……1、2、3!)

 カウントと同時に立ち上がる。狙いをつけるまで僅か。三つの風きり音の後、断末魔と悲鳴が上がる。

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