少年編 16
廃坑――訓練の後、座り込む二人の前にカーロンが顔を出した。
相変わらず、マイスは毎日ファウにいいように投げられてはいるが、長く彼女の動きに合わせられるようになり、ごく偶にだが彼女を自分の流れに巻き込むこともあった。ほんの少し、彼女の言う獣人の戦い方というのがわかり、マイスは少しずつその技術の魅力に引かれ始めていた。楽しいと思い始める程度にだが。
「これは?」
「路銀代わりだ。人は生きるのにお金が要る。長旅だからとお金を大量に持ち歩くよりは、換金できる物を少し持ち歩く方が楽でいい」
カーロンが渡した皮袋には色とりどりの半透明な石が入っていた。
爪の大きさ程もない小さな石が掌で転がる。大きさも色もマチマチで装飾品としては使えない粗雑な石達。しかしマイスは初めて見る宝石に目を輝かせた。初めての輝きに、掌の石達を転がして、顔の角度を変えて、色んな角度からその光を見つめた。
「見せテ」
ファウが覗き込もうとして身長が足りず、手を掛ける。不意に動かされてあっ、とマイスの手と袋から輝きが床に散った。
「キレイ」
「あぁ……すまないな。ファウ、そう言う事をするんじゃないと言ってるだろう」
暗がりの床に、沢山の蝋燭からの光を反射する宝石はまるで夜空にいるかのように。座り込むファウと一緒にマイスは立ったままその光景に目を奪われた。
無言を怒りと取ったのか、ファウはマイスを見上げた。カーロンの小言などまるで聞く耳持たずだが、彼に対しては多少なりとも罪悪感はあるのか。見上げたそこに予想した怒りは無かったが、銀の双眸は床の一点だけを見つめており、彼はそれを拾い上げた。
「光っ……てる?」
小指の爪ほどもない小さな石が放つのは、光を反射する輝きではない。石自体が発する内側からの光。指の間で淡く明滅する白い光には、言い知れない美しさがあった。だが同じ様にその石を見るファウは小首を傾げ、散った宝石を拾い集めていたカーロンは無言で驚きに口を開いたまま固まっていた。
「……着いて、来なさい」
時に零しそうになりながら震える手で宝石を拾い集め、言葉少なくカーロンは二人を連れ立った。
輝石は人を選ぶ。
選んだ人間の前で以外、石は輝かない。
つまりは彼は選ばれたのだ。何の訓練も無く。
世の騎士達が望んで止まぬ、試練の果てに手に入れる資格を、何の修練も無く、産まれ持った才能だけで。
「すごい…………まるで星空だ」
長く坑道を歩き、壁にかかった絨毯をくぐり、秘密の部屋へカーロンは少年達を招いた。
四面の壁には幾つもの段差が設けられ、高価な純白のシルクの上に並べられた宝石達が静かに光っていた。先ほどマイスに渡した小さな石ではなく、もっと大きな、目ほどもある大きな石達。
赤。青。黄色。緑。紫。黒。透明。
鮮やかな光を放ち、宝石達は来訪者を歓迎する。まるで子供が大好きな子の前ではしゃぐように。
『私を選んで』
そう言わんばかりに、石達はその存在をアピールする。
「これは全部……輝石……なのか?」
ありえない光景であった。
大陸に知らぬものは無い帝国輝士。彼等が纏う輝石は青銅と、銀と、金のみ。だがその部屋にはそれらは一つとしてなく、あるのは半透明の美しい宝石のみであった。大量の聞いた事も無い輝石は二重の意味でマイスを混乱させた。
ズズ……と、何かが擦れる音がした。振り返った先でカーロンが扉にもたれ、座り込んでいた。
彼はここで長く坑道に篭り、輝石を掘らせていた。人が掘り、獣人が選別する。ここにあるのは輝石と思われる、あるいはその可能性がある石を集めた部屋だった。
「まさか……ありえない……こんな、これだけの石が全部反応するなんて……」
驚愕に目を見開き、頭を振る。そこには明確な怯えがありありと見て取れた。
(危険だ。引き込むなんて考えるな。この少年は危険すぎる!しかし……っ)
好奇心が抑えられない。
甘く美味しい果実を絶対に食べてはならない、と目の前に山と置かれた気分。
「はは……ははははは」
知らずうちに、口からは笑みが漏れていた。目は血走り掻き毟った頭もそのままに。
(『金』など知ったことか。こちらのほうがよっぽど面白いではないか――!)
カーロンはその体に流れる研究者の血に抗えず、禁断の果実に手を伸ばす。
「輝石について教えてあげよう」
不自然に見開いた目に、口の引きつった笑顔で。
一面の壁から一つずつ。四つの輝石を選んだマイスはカーロンの部屋へ戻った。ファウは四面の壁のうち一面の壁の石しか光っておらず、それが不満ながらも緑色の宝石を手にした。
「輝石は本来、精霊の核とも言うべき物だ」
喉を潤して一息ついたカーロンだが、まだ興奮冷め遣らずといった雰囲気で。時折整理するように息を吐きながらその知識を言葉にしていく。
輝士が纏う鎧も、核となる輝石を介して周囲にある同じ素材を操ってるのだという。
そして大きな核ほど、より多くを操る事が出来る。つまり、大きく、強固な鎧を纏うにはそれだけ大きな核かあるいは複数の核。それに大量の素材が必要になるということだ。
確かに、とマイスはかつて一人だけ見た輝士を思い出した。馬車を飾る大量の青銅の薔薇。セルビアは一見ただの装飾に見せる事で馬車に大量の青銅を持っていた。
そしてどれだけの量の素材を操れるかは、輝士の輝石との親和性――相性のような物らしい――が重要で、輝石が輝士を選ぶのもそれが条件ではないかと予想しているらしい。
「この親和性には一つ仮説を立てた」
かつて人を守護した精霊達。輝士の多くはその先祖に精霊魔法の使い手がいたというのだ。
「貴族は戦場で誰よりも先頭に立つ者だ。だから強力な魔法の使い手が多かった。そして『徳』の高い人物に精霊達は好んで力を貸した」
無言の二人を前に、カーロンは喋り続ける。
貴族の血統はかつての優れた術士達であり、守護精霊と深く交信した。
その精霊魔法を使う度に、術者は内部――精神やあるいは遺伝子レベル――で精霊の一部と融合し、それが現代の子孫達の輝石との相性を高めているのではないか。と。
「僕はそう思っている」
そう締めくくって一旦口を閉ざすと、カーロンは二人を凝視した。さぁどう反応する。何を知っていると言わんばかりに。
「ヨク判ラン」
「ごめん。僕も」
一度顔を見合わせた二人はファウが小首を傾げ、マイスは片手を中途半端に上げて応えた。
「そんなことより!」
バン!と机を叩くカーロンが立ち上がると二人は手を上げたまま椅子で身を縮める。言って、いやどうでもよくは無いだろう、と自分でも思いながらもその衝動は止められない。
「過去、守護精霊は四属性の精霊から一体のみだった。輝石だってそうだ。同属性の複数の石から選ばれるのは判るとしても! なぜ複数の属性から選ばれる!?」
長い沈黙の後、申し訳なさそうに眉を歪めてマイスは首を傾げた。
「君が現れてから、僕の研究は殆ど白紙に近いんだぞ」
やる気の無い学生のように深い溜息をついて、椅子から手足を投げ出して暗い天井を仰いだ。
「はぁ、こうなったら早い所シュバルツラントへ行くか……あそこは宝石の産地だ」
(鎧にするだけの宝石なんて幾らかかるんだ?)
禁断の果実を口にした彼の好奇心は、もはや自分自身の財産すら投げ出させようとしていた。