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帝国の地術士  作者: 玉梓
第1章 出会い
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少年編 14

 ガルクバスト統一帝国摂政。

 彼女の館は王宮の隅にひっそりと佇んでいる。

 古く、歴史を思わせる屋敷は緑の蔓が茂り、庭は草花が自然のままに彩り、小さな池が静かにその屋敷を映してた。

 フォーリア・ヴァン・ティアリスローザ。

 整った顔と女性らしさを強調する体。かつて、騎士として主の傍に控え、仕えるその姿は主従というよりも夫婦のようにも見えたという。それ故騎士よりも『女性の鏡』と称された騎士である。

 庭の草花の一つ一つを愛で、池の辺に座って過去に思いを馳せる。屋敷内には年代物の武具が飾られ、それらを磨き、眺めて一日を過ごす生活。

 およそ一国の最高権力者に相応しくない生活だが、それは帝国との契約でもある。

「独り立ち出来ぬ子ならば支えはしましょう。しかし、大人が道過てば、その時は私の責で以って正しましょう」

 彼女は進んで表舞台に立とうとしない。唯一、騎士の叙勲式典においてその姿を人前に表すことはあっても、深く国家の運営にかかわることは無かった。

 彼女はいるだけで、そこには大きな意味を持つ。

 それだけ彼女は大陸において稀有な存在であった。

 若く美しい姿のまま老いぬ体。異性のみならず同性をも魅了する美貌。およそ世の女性の大半が望んでやまないモノを二つも与えられた彼女。


 彼女はそのままの姿で――五百年の時を生きている。


 春の風が素肌を冷たく撫でる。堅苦しい正装でも汗をかかないほど心地よい。

 特に、騎士の装いは鎧まで含むと大変な事になる。しかし彼が流す汗は暑さからではない。額はうっすらと汗ばみ、その背中ははっきりと濡れていた。

「――い、以上。道程は北天(ジェノア)騎士団より白銀輝士一名、青銅輝士じっ……十名、南天(ダイス)騎士団より白銀輝士二名、青銅輝士六名が護衛にあたらせていただきます!」

「心遣いに感謝します。ですがくれぐれも領地の運営に支障のないように」

 応接間は館と同じく古く、歴史の重みを感じさせる重厚な調度品が並ぶ。まるで小さな玉座の間のようなそこには、普段と変わらず騎士服を纏い、モノクルをかけて静かに座す銀髪の館の主が居た。

 対面には白のコートを纏う騎士――天領の騎士――が三人。フォーリアは静かにその読み上げられる文書を聞き終えると、労いの言葉と共に了解を告げる。

「皆に掛ける心労、心苦しく思いますが何卒、宜しくお願いします」

「――は、はっありがたきお言葉!」

 若い騎士は言葉を詰まらせながらも大役を果したと胸を撫で下ろす。公務が無ければ会うことすら出来ない国母と、数年ぶりに拝顔叶ったその姿は記憶のまま。二人の騎士はどことなく恍惚とした顔でしばしその顔に見とれていた。

(相変わらず、お美しい……って殿下?)

 入れ替わり、金髪の大柄な騎士がその広い胸甲を叩いて進み出た。

「なんの国母殿への恩返し! ジェノア騎士団全力であたらせて頂く!」 

「……ルデリック。何度も言いますが貴方はもう少し落ち着きというものをですね――」

 溜息一つついてフォーリアはその澄んだ声でこんこんと説教を始めた。

 金髪の騎士は小言を受けながらもどこか嬉しげであった。それに反して彼に控えた騎士達は額に汗を浮かべて気も漫ろである。

 ルデリック・ネル・ジェノア。

 南天領主ジェノア大公爵を父に持つ彼はフォーリアは母代わりのようなものだった。

 彼に限らずだが、皇族と大公爵家は彼女の元で幼少期を過ごす。終末戦争の渦中を生き抜いた騎士の教えをその人生の根幹にすべく。そして道誤った種の末路を知り、為政者の務めと騎士の精神を宿す為に。

 それが暴君や圧制を招こうものなら弾劾されるだろうが、大陸統一以降、貴族の統治に大きな不平不満は見られない。

「『騎士が求められるは治世の乱れ。その不徳を恥じよ』ですな」

「『力ではなく法と秩序の元に平和を』その断罪の剣が振るわれることの無いように……」

「重々、承知しております」

「宜しい。下がりなさい」

 短く謁見の終了を告げる。名残惜しそうに敬礼する騎士達が退室し、一人になった部屋でフォーリアはゆっくりと瞳を閉じた。

 窓は開いているものの、外はほぼ無風。にもかかわらず、室内は小さな風が幾つも渦巻き、絨毯に幾つもの旋毛をつくっていた。

 小さな風がカーテンを揺らし、キィキィと小さく窓を軋ませる。その揺れが次第に大きくなり、突如一陣の風が部屋が部屋に吹き込んだ。窓とカーテンがそれを追う様に勝手に閉まり、光と外からの目を遮った。

 完全な暗室になった部屋には、気配が二つ。

 口付けを待つ貴婦人のように、フォーリアは片腕を上げる。指先に小さな灯火が一つ、二つ……と増え、それはふわふわと室内を漂い、密室を優しく照らした。素質あるものなら、その炎の揺らめきに小さな子供の姿を見るだろう。

「はぁい。久しぶり、リア」

 聞くものが居たら卒倒するか激昂するか。気さくに国母を愛称で呼ぶ人間が居るなど信じる騎士はいないだろう。その彼女に、国母は笑顔で答える。

「元気そうね。アリス」

「これ。やめなさい?」

 炎が舞う部屋の中央にはローブ姿の女性がいた。目元口元に小さな皺が出来ているが、落ち着いた雰囲気の上品な女性にみえる。竪琴を片手にローブのフードを下ろすと、長い亜麻色の髪がこぼれた。部屋を舞う小さな風がその長い髪を弄ぶ。引っ張られる髪を、彼女は楽しそうに引き戻した。そこにもやはり、見えない小さな子供の姿があった。

 ――精霊である。

 火水風土。人にはいずれかの精霊が守護精霊としてその生を見守り、時に助力に応えてその力を貸していた。

 現代において人は精霊の加護を失ったが、精霊自体が消えたわけでも、彼等の糧であるマナが無くなったわけでもない。精霊は確かに自然界に存在しているし、その精霊に魔力を分ければそれは姿を持ち、力を借りる事も可能となる。

 だが人に自然界の精霊を見ることは出来ず、唯一姿を現すとしたら守護精霊のみ。それ故、一人の人間が扱える属性は一種に限定されていた。

 それが五百年前に失った、守護精霊の力を借りて自然を操る精霊魔法である。そして現代において彼女達がそれを扱えるのは、当時から生きているが故だ。

「銃の図面が漏れましたか」

「それも最新式短銃のが。でも何より問題は火薬でしょう? 鉄筒の図面程度は問題ないのだけど……私の『銅花』も傷ついてしまって暫く動けないわ」

 マナの希薄に伴い魔法は失われはしたものの、大陸は統一された。小さく局地的な争いしかなくなったが、最大勢力である帝国を脅やかすものがあるとすれば、それは帝国の有する『火薬兵器』であろう。

 魔法に替わる戦争の主役となるとしたら、それは間違いなく火器だと確信し、フォーリアはその技術を徹底的に秘匿させていた。

「漏洩ルートはつかめましたか?」

「トリスタン、でしょうね。帝都も四天領の管理も徹底されていたわ」

 やはり、とフォーリアは瞳を閉じる。

 大陸西部。『隠者の地』トリスタンという国があった。風の聖霊の聖地近くにひっそりと居を構え、研究に没頭した学者達を中心に栄えていた。

 地下から出土した遺物を研究し、記録を編纂し続ける事を生業にしていた彼等の元に、大量の遺物がもちこまれ、解明された技術は新たな技術へ発展する。『試作品』を求める好事家が集まり、国家を為すほどに栄えていた。

 が。

 五百年前、彼等はその研究成果を『帝国で試した』。人の悪を断つという名目で終末軍に加わって。

 結果として彼等は帝国に破れた。

 現在は帝国の地方都市となったのだが、それは大戦当時の魔法が彼等の過去の遺物とその研究成果を凌駕していたが為だろう。

 体外に魔力を放出する聖術は触れる物を削り取り消滅させたし、逆に物質内部で操作する魔術は人間を超人化させた。さらに精霊の助力を得た前者は天変地異を起こし、後者は火や水そのものになった。

 それら超常なる力が失われ、人が個人の身体能力のみで争う時代へ変わった。

 容易に人を長距離から襲えるそれは、新たな帝国の象徴に傷をつけた。一般的且つ広く普及できる鉄を貫き、帝国の象徴を脅かす存在。

 あの地には魔法さえなければ、あるいは何かの拍子に解明されれば、大陸の戦力バランスを軽々と覆すほどの遺物が大量にある。火薬などその一部に過ぎない。

「それと、カンバーランド」

 フォーリアは溜息と共に天を仰いだ。

「あそこはまだ認めていない。負けたことも、他者の下につくことも。過去の栄光にすがり、最盛期の力を過大に誇り……それ故に今を認められない。不幸不遇の全てが、他者のせいだと信じて疑わない。過去から現在まで。もはや何を恨んでいるかもわからなくなってる」

「ままならないものですね……」

「手のかかる子供がかわいいのは判るけどね? リア。貴方はもう少し帝国から離れるべきだわ。私達は歴史の傍観者であるべきだと私は思うのよねぇ」

 古い友人に、アリスはもう何度目かもわからない勧めを。フォーリアは変わらぬ拒否を。

「まぁいいわ。あの子がそろそろ交代の時期だから当分顔を出せないからね」

 この話は終わり、とアリスは話題を変える。フォーリアは前髪を整えると懐かしさに目を細めた。

「あぁ、マリアはもうそんな時期ですか」

「えぇ。楽しい子育てに没頭するから当分手伝えないわよ」

「五百年も相手のいない私の前でなんという惚気を」

「作りなさいな。若い妻がいつまでも夜泣きしてるのを喜ぶ人ではないでしょうに」

「嘆いてませんし、彼は関係ありませんし、嘆いてません」

「二回言ったわよカタブツ」

「何を今更」

 どちらとも無く笑みがこぼれ、部屋に笑い声が溢れた。二人に感化された風と炎が、激しくその影を揺れさせた。

「じゃ、またね」

 短い、長の別れを告げると、独りでに窓が開かれ、部屋に光が差し込む。現れた時と同じく、彼女はその姿を風と共に消した。静かな風に窓が揺れる金属音が、白昼夢のような錯覚を起こさせるが、明るい部屋の中に赤い灯火が揺らめき、確かにさっきの時間が合ったことを知らせていた。

(やはり……隠し続けれることではありませんか……とはいえどう説明したものか……)

 風のような気まぐれな友人が次に訪れるのは何年後か、数十年後か。

 次に訪ねてきたときは、と思うが、フォーリアは言えるだろうか、とその時の様子を想像してみる。

(……無理かもしれない。とてもじゃないけど言えない……)

 いやいや決断は早すぎる。最低でも数年はあるのだからじっくり備えよう。そういう決意で立ち向かってみることにする。

 かくして十年規模の長期的な消耗戦という、生まれて始めての未知の戦場に彼女は挑む事になった。


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