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帝国の地術士  作者: 玉梓
第1章 出会い
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少年編 13

「街道はどこも厳しくなるなぁ……」

 石室に置かれた机。そこに膝をつき、組んだ指に顎を乗せて男は思案する。

 ここを拠点に、活動を始めて十年近く。

 宝石は活動資金として申し分ないが、これ以上国内に流通すれば流石に足がつきそうだ。

 獣王国の商人とのパイプは手に入れた。南天への布石は済んだ。貴族の結束と忠誠は直に崩れはじめるだろう。

「そろそろ潮時か。だが手土産に騎士の首くらいは……いや。欲張るのはまずいか」

 あの『金』はやがて衆目に晒され、その影響は四天領へと広がる。そして始まるのは国内最大権力者達の内乱。

「南天にあってはじめてあの金は意味がある……ジェノアの悲劇の再来とは、面白い。面白い、が」

 だがここに来て一つ気がかりが出来た。

 出所不明の『銀』。アレが生き残ったのは予想外だ。全く以って予定外だ。そして実に興味深い。

「質を見極める必要があるな」

 そう結論付けて、彼は立ち上がった。

 探究心を刺激する存在に気をとられながらも、彼は本来の目的へと思考を戻す。思案始めてから一体どれだけ経ったか。胃が激しい空腹を訴え、彼は壷の干し肉を取り出すとゆっくりと噛み締める。

(良質なら使えもするが、クズ石程度なら……金を磨いてもらおうか。いや、余す事無く調べつくしたいものだが)

 単なるメッキか。あるいは本当に原石か。一体どれだけの質の含有量なのか。

 グチャリ。歪んだ唇の隙間から、醜い音が漏れた。それと同じくらい、その顔は醜悪な笑みを浮かべていた。


 視界が回る。つかまれている右手首以外の触覚が失われて。

 大の男が小さな少女に文字通り、物理的に振り回されている。少女は大きく動かず。男の手首だけを持ち僅かに力を入れるだけだ。それだけで、男の体が軽々と転がる。

(天地万物の流れに身を任せよ。流れの中にいることを知り、流れを操れ)

 全身の関節を、たった一つの接点から操られる。

(言う……は、簡単……だけ、ど!)

「何ヲ操らレテルか気ヅケ。話、ソレから」

 無理に力に逆らうと強かに石の床に叩きつけられる。そのためマイスはされるがままに振り回されるしかなかった。

 時折不用意に踏ん張ってしまうと、それまでの流れから一変して全く別方向の濁流に飲み込まれてしまう。腕が引きちぎられるかのような痛みに文句を言ったりもしたが

「ドコガ折れてもイイなら、ソノママ投ゲル」

 獣人の子供は皆そうやって覚える。悪びれも無く、ファウは言ってのけた。

 敷物を敷くと滑るから、と、石の床で二人は回る。

 時に離れ、倒れ、絡み合い、回る。それはダンスのようでいて、歳の離れた兄弟の獣がじゃれ付いているようでもあった。

 その終わりはいつも唐突だ。

「疲レタ」

 突然手を離されて、マイスは床に放り捨てられるように転がる。

 それがわざとか、休憩用に広げた絨毯と毛皮の上に放りだされた彼はなんとか自力で仰向けになると、顔にかかった髪をはらう。全身の痛みでぼんやりと滲んだ視界を、炎の色を映した銀髪がさらに悪くしていたからだ。

 ドスリ。

 柔らかい、しかし重いものが腹の上に追い討ちを掛ける。

 すぐにそれが少女だと判った。が、腹から無理やり吐き出させられた空気のせいで文句もままならない。

(怒る気にもなれないや)

 溜息をつく。

 彼が呼吸を取り戻した時には、腹を枕に小さな顔が寝息を立てており、視線を横にずらすと、すらりとした脚が自分に向かって伸びていた。

 短いトーガを纏う彼女はその太腿まであらわに、あまりにも無防備だった。

 ドクン。心臓が大きく、早鐘を打つように鳴り始める。

 小さな足の裏。折れそうなほどに細い足首は産毛ひとつなく。雪のように白い足には、獣人族特有の体毛が脹脛から尻まで覆い、トーガの白と薄灰色のコントラストの向うには、暗い三角の影が――

「随分と気に入られたようだね」

 突然の声にマイスは飛び上がらんばかりだった。息を呑んでそのまま硬直してしまうほど驚かせてしまったか、と、彼の視界に入ってきたカーロンは苦笑いを浮かべていた。

「狼族は鼻が利きすぎる。少しでも自分に敵意や悪意があるものとは無意識に距離をとるから、どうしても気を許す相手が少なくなるものだ」

 まるでどこか成長を見守る親のような顔で、彼は言う。

「彼女も人間なら立派な大人。それに、離れないという事は許すということだよ」

「許すって何を!?」

「勿論。そういうことをだよ」

 見られていたと顔が赤くなると同時。ゴクリ、と再び息を呑む。

 あの日、リリに言われて覗いた部屋。空腹の獣が餌を貪る様に。暴力と欲望で入り混じった裸体。あまりの未知に訳がわからぬまま考えるのをやめた光景が彼の頭をよぎる。

「獣人に人の血が1/4。君同様、実に興味深い子供が生まれるだろうしね」

 抑揚の無い声だった。びくりと開いた手が、傍にあった毛皮で少女を覆い隠し、別の毛皮で自分をも隠す。

 それは彼の心が見せた幻覚。食い縛る歯が軋む音と、離れていく足音だけが暗い視界に響く。少年には、あの部屋にいた大人達と同じ顔がカーロンに重なって見えていた。

「姉さん……僕は……どうしたらいい……!」

 顔の上に置いた腕が、その力に震える。 

 ――顔を上げてなさい。

 それは親友におくられた言葉だったが、彼は今いない。その間は決して顎を引くまいと固めた決心で、彼はただ歯をかみ締めていた。

「……バカ」

 暗い視界で、震える腹に顎を乗せた少女が誰にも聞こえぬ声でつぶやいていた。

 獣人の闘法のイメージは合気道+打撃です。

少しかじっただけですが、投げられる側は本当に何が起こったかわからないんですよね。どうしても使ってみたかったので、採用。

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