少年編 12
今回もマリオンの周辺。
かくして南天屈指の騎士姫シャロン・デ・ロンバルディアはオールズ子爵領を訪れた。
貴族の姫となれば危険な街道は馬車の中が当たり前なのだが、彼女は鉄の鎧をまとって愛馬に跨り、引き連れた部下と共に雄々しくその姿を晒して門をくぐった。
切れ長の目は薄紫の強い光を湛え、小高い鼻は形良く前を指し、紅を差していない唇は瑞々しく桜色に潤う。その細面は女性特有の線の細さがありながら、弱々しさを感じさせない空気を纏っていた。
邪魔にならない程度に伸ばした銀髪を高く纏めた彼女は、ついと顎を上げて、領主の館を見据える。
(相変わらず、悪趣味な館だ。その割りに、領内の不満と治安には問題無いのも変わらず、か)
その館を見る限り、多額の税を搾取し圧制で黙らせる私腹を肥やす悪徳貴族と見られてもおかしくない。
だが市場では威勢の良い声が客を引き、活気に満ちている。子供は笑いながら駆け、暗い顔を探す方が難しいだろう。
市街の中心を走る大通りを十の騎兵が進む。彼女の後ろには同じく鎧姿の騎士が四騎。長銃を背負う軽装の銃士が三騎。荷馬車を二人の重装騎兵が護衛するように従っていた。
統一された薄紫のマントは南天領を示す物で、これが赤なら北天、青色なら東天の騎士ということになる。
地方騎士とはいえ帝国の象徴。同郷の仲間を称え、歓声が上がる。彼らもそれに手を振って応えていた。
シャロンもまた馬上から目のあった若い男に微笑むと、彼は周囲の友人達と飛び上がらんばかりに喜び始めた。
「志願兵の訓練は何処でしているか調べてきてくれ」
笑顔を崩さぬまま、彼女は隣の騎士へ告げる。
「宜しいのですかな?」
「なに。これから訓練に割り込んで全員を叩き伏せる事くらいは出来るさ」
側近の老騎士カインが心配したのは領主への挨拶もせずに、という点であったが彼女は旅の疲れの心配と取ったようだ。思わず苦笑いを浮かべる彼に、騎士姫は判っている、と笑った。
「子爵殿は父上ともども大公閣下との会議から戻られておらぬ。そして私はあの館に泊まるつもりも無い。挨拶には代理を遣わせばよかろう」
騎士選抜試験の内容調整。それに伴う要人の歓待。帝都からは南天の入口である大公爵領は今、各地の領主が集い、都市を上げてにぎやかな事になっているだろう。そこには当然シャロンの父親であるロンバルディア伯爵も含まれる。
これで堂々と宿が取れる。彼女は嬉しそうに一人ごちた。
幼少時から彼女の教育を任されてきた老騎士はこれに眉をひそめた。
「これも公費ですぞ」
「税を私腹に入れるのではなく、返すのだから民は反対せんさ」
教育の方向性を間違ったか、と老騎士は天を仰いだ。
「右翼! 下がるな! 崩れる!」
「押し続けて攻勢に出すな!」
郊外の平地で対峙する二つの部隊は正面からぶつかり合い、最初の突撃に耐えられなかった一方の片翼が崩れかけた。
新兵同士の訓練だ。甘いのも仕方あるまいとシャロンはそれを眺める。
三十対三十の模擬戦だが、中にはいくらか良質の兵も混ざっている。おそらく教官や従軍経験のある者が指揮官なり隊長となり混じっているのだろう。
その中に一人、荒削りだが目を引く兵士がいた。
「下がって左翼をださせろ! 横から切り崩す!」
「ははは。言いよるわ」
小高い丘に届いた声に、一行は軽く頬を緩ませた。だが眼下の状況はその通りに動く。
中央から飛び出した一兵卒は、瞬く間に突出してきた敵に横合いから食いつき、敵陣を散り散りに崩した。
「ほぉ。言うだけありますな。姫ならいかがされます?」
「敵は士気を取り戻し、陣形を再編した。今アレを討つのが最良だろう。そうすれば二度と立ち直れん」
だから。どうして。そう全て敵対関係で物事を考えるのですか。長く彼女と行動を共にする騎士達ですら、溜息をつくところであった。
「冗談だ。最初からアレを指揮官にしておくかな」
もっとも、それを見極める為の模擬戦なのだろうが。
「よおし! 続けえ!」
崩れかけた片翼を引き連れて各個撃破。敵の背後へとまわり、耐える味方と挟撃の形を取ると、模擬戦は終了した。
一行から騎兵が一騎、その集団へ駆ける。
巣を突かれた蜂のように慌しく整列を始める群衆の中に、シャロンは先の働きを見せた長身の兵士を見つけ出した。
(貴族か名家の者かと思ったが……この才能は惜しいな)
兜を脱いだ彼の外見は確かにそうなのだが、その動作は多少礼儀を知っている程度。あまり洗練されていない動きは兵役についてから覚えたものだろう。町民よりももっと田舎の出か、と彼女は予想した。
引き抜くのもありか、と結論に達する。
ゆっくりと丘を降はじめる姫騎士の前には、馬を下りた騎兵達が剣を掲げ、その道を作っていた。
陽光の下、白銀の剣の間を彼女は乱れる事無く歩を進める。その姿に、子爵領の兵士達が跪き、頭を垂れた。
「今期、騎士選抜試験官を勤めるロンバルディア伯爵家のシャロンである」
凛と鈴のような声音が響く。紡がれるその言葉は、体は自然に力があふれるような力強さを持っていた。
「『国母』殿がこの冬、獣王国にてご静養あそばされる。それまでに国道に溢れる賊共の討伐を徹底し、その安全を確保する役目を仰せつかった!」
国母――フォーリア・ヴァン・ティアリスローザ。
大陸に、少なくとも帝国にその名を知らぬ者は居ない。
大陸に遍く全ての騎士は、彼女よりその叙勲を受ける。騎士の証を手ずから授け、騎士の誕生を祝福する。それは騎士社会を中心とする帝国そのものの母である、と騎士達は言う。
――故に、『国母』。
親しみと畏敬を込めて、彼女をそう呼ぶ。それは皇帝ですら例外ではない。
「名誉あるこの任に卿らを同行させる。今期試験は以上の内容とする!」
老兵ってカッコイイですよね。
お姫様と老騎士。鉄板。絵になりますなぁ