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帝国の地術士  作者: 玉梓
第1章 出会い
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少年編 11

 今回はマリオンの話

 玩具は丈夫なほど良い。

 希少性が高く、見た目が良ければ尚良い。

 しかしやはりなにより重要なのは本質を維持する頑強さだろう。

 他人に自慢出来るほど見目麗しく、

 恥ずかしくない教養を秘め、

 ただの言いなり人形ではないその反応が、

 人間の中で生きている事を認識させてくれる。


 しかして目の前にある新たな玩具はどうだ。


 銀の血脈に連なる迷い児などそう手に入るものではない。

 凹凸は丁度手に収まる程度だが全体のバランスが素晴らしい。

 あらゆる曲線が控えめでありながら、故に歪な主張なく調和を織り成し、

 その全身は曲線美の集大成といえよう。


 どんな装飾品もその自然の美しさを引き出すには至らず、

 人工物は不粋なまでに不協和音しか生み出さない。

 

 ならばそれを飾るにふさわしいのは?

 無論、同じく自然の産物たる同族の美のみ。

 そして、自身の生み出す輝きで彩らせよう。


 丁寧に丁寧に恥辱と嫌悪で苛もう。

 決して折れぬように。

 屈さぬように。

 緩やかに締め上げ続けよう。


 抗い続けられるように。


 おぉ……娘よ。

 私が生きている事を実感させてくれ。


 浴室に響くのは粘ついた液の、空気を孕む音。

 四つの肉が絡み合い、轡をかまされたくぐもった声は女のものだ。

 男は浴槽の中で美女に体を任せながらその光景を眺めていた。

 ぎらついた欲望に漲った視線ではなく、まるで美術品を鑑定するかのような真剣な眼差しで、だ。

 対照的に、女達の瞳はどこか暗く、まるで空洞のようで。

 生の光を称えた瞳を持つ者は、そこには二人しかいなかった。


 南天(ダイス)領主マスティフ・ド・オールズ子爵。

 廃村に住み着いた夜盗集団や辺境を荒らす蛮族と戦いこれを制し、いまだまつろわぬ遊牧民と開拓村の諍いを仲裁してはその傘下に組み入れる。

 実績をみればその手腕は決して無能とは程遠く爵位を賜るに相応しいものだ。しかし同時に彼には悪い噂も耐えない。

 鎧も纏えぬほど肥え、贅沢を好む。華燭に包まれる数々の豪奢な美術品と美女を、絢爛なる館に囲っているという。

『気弱なだけに恐ろしいほどに手を回し、追い詰めすぎると人が変わる』

 数少ない側近はそう口を揃える。十数年程前、彼がまだ鎧兜に身を包み戦場に立っていた頃は、今ほど暴食でも好色でも無かったと口揃えるのだが……爵位を継いでからの豹変ぶりから、きっかけはやはり、そこなのだろうと噂されていた。

「あああああああああああああああああっ!」

 遠く林の中にその館を眺める兵舎の一つで、金髪の青年が井戸水をかぶり頭を振って水滴を飛ばしていた。

 街道での襲撃以来、マリオンは子爵領の兵舎の一つで生活をしていた。

 朝は決まった時間に起き、清掃と警邏、午後からは集団演習。夜は座学と決まった毎日。

 領主の館を守る様に周辺に六つの兵舎があり、各々に二十人が寝泊りできる宿舎と訓練場と詰め所が敷地内にあり、待機と教育の場となっている。

 そこで行われているのは単なる市街の巡回や門番程度の雑用ではなく、騎士貴族や有力者を相手にする際の教養教育。

 自由は少なく、憧れの騎士の世界は遠く。

 そして見慣れた銀髪の親友が居ないストレスがマリオンの苦悩をより深いものにしていた。

 簡単な読み書きや算術程度なら村で習っていたマリオンにとって、まるで芸でも仕込まれているような毎日に、鬱憤は貯まる一方であった。

「見てろよ……マイス。姉さん」

 それでも後ろ向きにならないよう、冷水をかぶっては咆哮と共にストレスを振り払うのだ。

「荒れてるなぁマリオン」

「午後の演習で味方になりますように」

 始めの頃は何事かと武装した兵士が出て来た程だが、今は兵役仲間達が眺めるのみのその光景は、時と場合によっては苦笑いが含まれる。

 仲間内でも体格が大きく、戦闘においては抜きん出ている彼が、訓練とは言え荒れたままで敵に回ると目も当てられないからだ。

「聞いたか? 来月の選抜試験官、伯爵家のシャロン様だと!」

「何!?」

 マリオンが戻った教室に舞い込んだ情報は、反応こそ様々だがどちらかと言えば喜色を多く広げた。

 一介の兵士に教養を教える理由は幾つかあるが、それは各領の才能の発掘の為といえる。兵役は武官文官問わず才能の見出す教育機関でもあり、実質民間からは強く支持されている。

 そして帝国で武官といえば騎士。地方騎士の叙勲でも庶民からは羨望のまなざしが向けられるのだ。ゆくゆくは帝都の宮廷騎士へと。

 その地方騎士試験が毎年秋に行われる。その試験官が決まったのだ。

 その中でただ一人、それが何だと言う顔のマリオンに、同僚は興奮気味に語る。


 シャロン・デ・ロンバルディア伯爵令嬢。

 オールズ子爵領の隣――北東――に領地を持つ南天伯爵家の末娘であり、齢二十前にして剣と美貌においては南天屈指と噂されていた。

 十二歳で蛮族との戦闘で初陣を飾り地方(ダイス)騎士叙勲。十四歳で宮廷騎士見習いとして帝都に上がる。十七歳の時、全騎士から選抜された御前試合で二十位に迫る奮戦を見せたという。その功績で銀の輝石を授けられた。最年少で『白銀輝士』となったのが三年前である。

 帝国騎士四千人の中で三十人にも満たない『白銀輝士』は、騎士団の副長や皇室警護騎士という選りすぐりのエリートに匹敵する。当然各方面から引く手数多なのだが、彼女はそのどれもを袖にして、南天で更なる研鑽を積むことを選んだのだった。

 それほどの評価を受けているのだが、教官としては少々問題が噂されている人物でもある。

 終末戦争を戦い抜いた武門の旧家で幼少時代から厳格な教育を受けてきた彼女は、礼節を重んじ弱きを助ける騎士の鏡と称され、そして誰よりも民の先頭に立つ青い血――貴族を体現する者の一人でありるが故に、少々それを他人に押し付けすぎるきらいがある。

いわばカタブツなのだ。

 毎日が叱責の嵐。おまけに規律違反への罰も厳しい。

 曰く、門限は超えた分だけ短くなり、休みすら出歩けなくなった。

 曰く、テーブルマナーでは物音一つで皿を下げられてしまった。

 曰く、待機時の身動ぎ一つで重りを付けられた。

 という話はそこかしこで聞こえるものだ。そのあまりに『熱心な指導』に心を折られてしまう者も少なくない。

 彼女の直接指導を耐え切った騎士は、当時を思い出したくないという者が多いが……。

 そのうちの幾人かは深酒の末にこう語ったという。


「ある一線を越えたらむしろ毎日がご褒美!」


 罪深い話である。

「屈指の武家に教育してもらえるなら、もっと強くなれるか」

 とりあえず、マリオンはそう納得することにした。

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