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帝国の地術士  作者: 玉梓
第1章 出会い
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少年編 10

お久しぶりです。

第1章を開始します

「まだ荒れているのか」

「……他人事みたいにっ!」

 部屋の主は割れた拳を怒りと共に壁にたたきつけた。グチャリという肉と水のぶつかる音が部屋に響く。石室には無数の血痕が飛び散って、乾いたそれは赤い斑点の模様を部屋中に作っていた。

「輝士でもなければ岩盤は砕けんよ。それに高地の冬は長い。雪解けまでに拳を潰したらどうやって森の魔物と戦うつもりだ?」

 帝国と獣王国の国境山脈。帝国側の山の中腹にある廃坑にマイスはいた。

 しかしその入り口は数日前の豪雪のせいで凍った雪に閉ざされてしまった。周囲は春の終わりまでは二階建ての建物が埋もれるほどの雪に包まれるため、当分は地上にも出られないだろう。それからというものマイスは居ても立ってもいられず、限界が近付くとその拳を壁へと向けるようになっていた。

「ついてきたまえ」

 溜息をついてカーロンはマイスを促す。どこか有無を言わさぬ力のこもった言葉に、仕方無しにマイスはそれに従う。

 二人のが並んで余裕のある広さの洞窟は等間隔で炎が灯り、剥き出しの岩肌を浮かび上がらせる。

 時折すれ違う住人は人間と獣人。老若男女問わず、新たな住人に優しく微笑んで声を掛けていく。そこは洞窟の中でありながら一つの村のようだとマイスは思ったが、果たしてその通りであることを知るのはもう暫くしてからになる。

 シュバルツラント大森林にある獣王国。

 国民である獣人は謎多き種族である。帝国との国交から歴史の表舞台に出るようになり、人族の都市でもその姿が見られるようになったが未だ数は少ない。

 そんな獣人達と帝国との間にある数少ない交流の一つである交易において、獣人側が供出するは宝石と貴金属に良質の木材である。

 シュバルツラント地方を囲むようにそびえる山脈は上質な鉱山であった。多くの鉱脈が走り、良質の鉱物が多く眠るこの山脈で、幸か不幸か輝石は発見された。

 もちろん話を聞きつけた商人達が大森林を抜けて山脈に群がり、大発掘が始まろうとした矢先に問題が立ち塞がった。一つが多くの人間に輝石の見分けがつかなかった事。そして大森林の魔物を含む厳しい環境に人は耐えられなかった事だ。

「ここは廃鉱になった人側の鉱山だよ」

 長い廊下の先の扉をカーロンが開く。廊下の暗闇に慣れた目がまぶしさに一瞬細められる。見回したそこは五十人が入って尚十分に余裕があるだろう円形の広場だった。多数の蝋燭の明かりで照らされ、二十本近い丸太が円形に配置されていた。

「訓練場だ。次からはここを使いたまえ」

 今は殆ど誰も使わないしな、とカーロンが短く説明する。

 マイスはその言葉の意味が良く判らなかった。いぶかしむマイスの横へ、小さな影が並び立つ。

 灰色の髪とアイスブルーの瞳。背はマイスより一回り以上小さく、体の背面は髪と同じく灰色の毛で覆われた獣人である。その頭の上には三角形の狼の耳が突き出ていた。彼女は無言のまま近づき、首を伸ばして鼻を鳴らす。

 その接近に気付かなかったマイスは驚きと共に飛び退って身構えてしまうが、意に介せずとカーロンは獣人の少女を紹介する。

「この子はファウ。見ての通り狼の獣人だよ。君をここへ連れて来たのも、この子だ」

「狼ノ血ノ匂い。オマエ。ヤッパリ仲間」

「と、この子は言ってるんだが……実は半信半疑でね」


 獣人との交流の壁。

 幾つかの理由があるが、一つは種としての人生観だろう。

 彼らは生まれて六年程で人族の青年ほどに成長した後、その姿のまま約二十年を生き、そして急速に年老いていく。その人生は野生動物のそれだ。

 外敵に襲われても逃げられるように体の弱い期間を短く。安定した生活を送る為にも最盛期を長く。そして自身を維持出来なったら速やかなる死を。

 刹那主義で暴力的且つ思慮に浅く短絡的。多くの人は獣人をそう評するだろう。……否。そういった思考が特に強いが故に人前に出てしまったのだ。

 そしてもう一つの理由が、混血による不幸にある。獣人の一生は人の半分にも満たないのだ。

 急激な成長期と、ほぼ不変となる安定期。そして急激な老化。それが人の血に混じった時、どう反応するか。

 急激な成長から奇形化した子供。安定期が極端に短く十年を生きずに老衰した者。いずれも珍しいケースではなく、時折人に近い成長を見ることはあっても、残念ながら人親よりも長く生きる子供はいなかった。

 そして人側の親はそれを受け入れられず、人と獣人の混血は不幸を招くとして知られてゆく。同時に獣人そのものもまた、不幸を呼ぶ者として。


「狼族は始祖から授かった鼻で色んな物をかぎ分ける。単なる嗅覚の鋭さでなく物事の真偽やルーツだとかね。だから同族の匂いを嗅ぎ分けられない理由がない以上、間違いはないと思うのだが……以前言った通り人との混血でまともな成長をする固体は非常に稀なんだよ。それに、君は獣人の特徴が体に全く出ていない」

「そんな事で僕はここに連れてこられたのか!」

 カーロンはそこまで一気に喋るとマイスの怒声に肩をすくめて見せた。

 彼をこの洞窟へつれてきたのは、あの街道で彼を襲ったのは、確かにファウだった。だが保護者たるカーロンはそれを謝らない。二人の間での関係を、会話の主導権を握る為に。

「あぁ、確かにそれは君自身にとって些細な事かもしれない。だからこそ気をつけてくれ。知られた時は国中の研究者達に狙われるだろうね」

(本人が知らなければこんな注意も必要なかったかもしれないが……この子が連れてこなければこんな事にならなかっただろうに)

 カーロン自身は内心同情はしていた。だがそれをおくびにも出さずに指を立てる。

「君への贖罪として二つ、選択を用意した。雪が解ける夏になるが、獣王国への商隊に紛れて真偽を確かめに行くか、あるいは……川向こう。麓の村まで送ろう。ただ、我々の事は秘密にしてほしいな。こちらも商売なんだ」

 両親について考えたことが無かったとは言わない。だが、諦めたものを改めて手の届きそうな場所に置かれ、心が揺らぐ。人里に返されれば、恐らくこの獣人達との関係はコレまでということだろう。

「その夏までの間、ここを自由に使うといい。石壁を殴るよりはよっぽど有意義だろう」

 皮肉めいたものを言い残して立ち去ろうとした彼はふと足を止める。

「一応、こちらでもそれとなく調べておくよ。獣人と王侯貴族の関係はそう多くはないはずだ」

 今度こそカーロンは足音を響かせて坑道の暗闇へと消えていった。

(さてさて。どちらに風は吹くか……気まぐれなる風の聖霊の加護があらんことを……)


「オマエ、剣ニギレない。ダカラ獣人ノ戦い教エル」

 マイスの拳を両手で包んだファウは、その赤く爛れた表面をペロリと舐めると挑発的に唇を歪めた。

 それはひどく蠱惑的で、まるで侵すべからざる神聖な地に踏み入れたような寒気をマイスに感じさせた。痛む拳を、少女の舌先がなぞる。その二つの赤色に、マイスはいつしか目を奪われていた。

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