9話 ウソも方便
暖かいお茶がテーブルの上で湯気を立ててる。だけどそれはあたしのじゃなくて皇帝の分。あたしの前に置かれているのはグラスに入った果実ジュース…。えぇ…12歳の扱いだから当然だとは思うんですけどね…。
さっきから目の前の皇帝は黙ったままでお茶に手をつける訳でもないし、ただじっとこっちを見つめるって何ワザ?
…逃げないように見張ってるの?
それならもうちょっと扱い方を変えて頂きたいと望むというか…空になったグラスにすぐジュースを注いでくれたり、お茶菓子を薦めてくれたり、丁寧なお客様扱いをされるとお互いの思考のチグハグさに空気が気ますぎる。
注がれると飲まなくちゃいけない気がして頑張って飲んだけど、何杯もジュースを飲み続けるのもお腹の限界があるし…すでにもう胃がタプタプ状態なので、もうそろそろさっきの話の続きをしたいんだけど、皇帝に対してこっちから話し出すって礼儀作法的にはどうなのよって感じだし…
ただ…あたしの全てが限界です。
「あの~…」
とりあえず、視線を合わせる勇気はないので手に持ったグラスを見ながら皇帝に話しかけてみる。
「…喉は潤ったか?」
思いがけず優しい声に視線を皇帝に向けてしまって、すぐ後悔した。だってそこには信じられないぐらいに眩しい神々スマイルが存在していたからで
ぎゃ~っ!!眩しい!眩しすぎる!!
めったにいない美形男に微笑まれると、顔がムズムズして溶けそうで…これはもう凡人には毒でしかないわ。偉い人に平民が気軽に会えない理由ってこういう事もあるんじゃないかな?って思う。
メルフォスさんも半端ない美しさだけど…この人にはそれプラス神々しさがあるというか…権力者の威圧感というか…とにかく全然落ち着かない。
「………」
「?どうした?」
いや…話そうとした事が貴方の笑顔でぶっとびました…何て口には出来ません。
…というか、無理だわ。美形とは遠く離れたところから見て楽しむもんでしょう!があたしの持論なので、美形の目に自分が映っているなんて状況が耐えられない。
「うぅ…」
「喉が潤ったなら、自分の分かる範囲で答えられる事を答えてほしいのだが…」
この拷問のような状況から早く開放して欲しいので、目線を合わせずにあたしはコクコクと頷いた。
「そうだな…まずさっきも聞いたが、3年前…私の寝室に突如現れたのは?」
待ってました!その質問!!
出来れば年齢なんかよりもまずそれを聞いて頂きたかった!
「あの~、あたしの国はニホンという地図にも載らないとても小さな島国だったんですけど…、そこが魔法でも防ぐ事の出来ない天災に襲われまして、その時に大きな転送魔法を発動したんですけど…それが暴走したらしくて…気がついたらここに居ました」
ニホンが存在しているのはホントで、地図にも載らない小さな国というのはウソ。
国が天災に襲われたのはウソだけど、あたし自身が魔法で防ぐ事の出来ない天災に襲われたのはホント。
大きな転送魔法が発動したのはホントで、それが暴走したのはウソ。
半分のウソと半分のホント。そして異世界の存在は微塵も感じさせない。
すらすらとこんな話が出来たのは、実は3年前のあの日。テリサン村で最初に出会ったメルフォス夫婦と話した時に自分が異世界トリップをしたと分かり、その時にメルフォス夫婦に自分に起こった全てを話し、そして異世界の話は隠しておいたほうがいいと判断した上で、この自分の身の上話を作り上げたのだ。つまりあたしが異世界人だと知っているのはメルフォス夫婦だけで、ミレーヌもこの事は知らない。
身の上を全部ウソにすると、どこで襤褸が出るかわからないので、現実と隠す事実の辻褄が合うように作った今の話。皇帝の寝室に初めに転送した事は夫婦にも言ってないが、この世界でこの身の上話が通用する事はメルフォス夫婦のお墨付きなので多分この美形男にも通じるだろう…と思う。
「…ニホン。確かに聞いた事の無い国だな」
「…はい」
そりゃ異世界ですから…とは言えない。
「天災に遭ったと言ったが…その他の国の者や、両親はどうした?」
「両親や皆とは…その転送された時点で離されちゃって…今どこでどうしてるのかも…わかりません」
両親の話をされるとほんとに元の世界での両親を思い出して思わず目に涙が浮かぶのを止められなかった。
「……すまない」
いやいや…あたしが異世界に飛ばされたのは皇帝のせいではないし、謝られても困るんですけどね。とにかく多少は脚色してるけどあの日の事情は説明したし、
あとは…
「3年前のあの日はそんな状態で、気付いたら知らない寝室だったので慌ててしまって…ほんとにすみませんでした。許して頂けますか?」
言葉と一緒に頭を下げたあたしに皇帝がさっきまでと同じ優しい声で答えてくれる。
「別に「あさみず、ひより」は罪を犯したわけじゃないのだから許すも何もない。手配書もそんなつもりで配ったのではないさ」
よしっ!口頭でも謝った!!
で、これだけは忘れちゃいけない件がある
「あのぉ…その手配書の件なんですけど…」
「あぁ、もぅ「あさみず、ひより」が見つかったのだから取り下げる」
ふぅ…これで手配書も無くなって、堂々とテリサン村に帰れる。
それじゃ…と言おうとして皇帝の発言に顎が落ちた。
「謝礼金は「あさみず、ひより」に払おう」
「……はぃ?」
謝礼金って…あの手配書の莫大なお金の事!?
あたしの頭に手配書に並んだ莫大な数字が羅列される。
…あれってあたしがこの3年で稼いだ金額より多いですけど。
「そ、そんなのいりません!」
「「あさみず、ひより」が自ら名乗り出てくれたのだから「あさみず、ひより」に支払うのが当然だろう」
そんな宝くじみたいなお金、身の丈にあったお金じゃなけりゃ身につかないし…逆に不幸を呼びそうで怖いわ。
「いりませんっ!!!」
出来ればこの皇帝と関わるのも今回で終わりにしたいし、お金なんて貰っちゃったら縁が出来そうなのも嫌だ。
でも…それよりもさっきからずぅ~っと気になってるんですけど……
「あの…」
「…何だ?」
「あの…名前『あさみず』か『ひより』かどっちかで呼んでいただけませんか?」
そう、さっきからこの人はずっとあたしの事を『あさみず、ひより』とフルネームで呼び続けていて、それがすごく居心地が悪いのだ。
「しかし…『あさみず、ひより』が名前なのだろう?」
「…貴方はお名前なんと言われるんですか?」
相手はあたしが名前を知らない事に驚いてたようだけど知らないんだから仕方ない。皇帝かどうかも名乗ってくれないし……え……皇帝だよね?
「私は皇帝、リュージニアス・クロムレス・レイ・ジェイライト・ローダスタ・ガルフェルドだ」
はい、リュージニアスまでしか覚えられませんでした。
紙に書いてもらっても読めないだろうし……皇帝なので皇帝って呼べばいいだろうけど…
「私にとって『あさみず、ひより』っていうのは陛下のその長~いお名前を全部呼ばれているのと一緒なんです」
「…そうだったのか。私はてっきり『あさみず、ひより』は変わった愛称だと…」
どんな愛称なんだよ…と突っ込みたかったけど、相手の立場がよりはっきりわかったのでやめとく
「…どちらで呼ぶのが普通なのだ?」
「あ~…」
友達とかだったら迷わず「ひより」って呼んでもらうけど…、皇帝は友達じゃないし…男の人だし、何となく上司っぽいんで…
「『あさみず』が普通だと思います」
「そうか…ならば『あさみず』と呼ぼう」
「ありがとうございます。陛下…」
あたしがそう言うと…皇帝は機嫌よく先程の話題に話を戻した。
「…どうしても『あさみず』は謝礼金を受け取らないのか?」
「受け取りません」
そこは譲れない。
皇帝は何か納得がいかないみたいで眉間に皺を寄せて何か考えてる様子だったけど、その顔が一瞬でにっこり笑顔に変わった。
…嫌な予感がする
「…それならば『あさみず』を我が国で保護しよう」
………はぃ?
…何だかとんでもない方向に話が向かってない?