80話 幸せ
…授業が終わってバリケード部屋に帰っても目の前にでっかい権力分布図があるんで全然授業が終わった気がしない。今の状況だと睡眠時横になっても視界にでんっ!と入ってくるので場所を貼り直すために剥がそうとしたら強力な接着テープのせいなのか、角が破れそうになる。
「あわわ…」
慌てて元に戻したけど、ちょっとだけ縦に破けた。
「絶対…嫌がらせじゃん…これ」
興味が無くても視界に入るものは見てしまう。だけどあたしが覚えてる名前なんてメルフォスさんの名前ぐらいだし…って結構真ん中にあるなぁ…メルフォス家。さすが侯爵家ですねぇ…って以外に=で結ばれてる家が多い。つまり敵は少ないって事だよね…。
あと…宰相って名字何だっけ?あぁ…この名前の下に(宰)って書いてるレングランド家だな…って敵多すぎっ!!殆どが×で結ばれてるって宰相としてどうなの!?…というか、自分自身でこれを作成してこれだけの敵がいるって悲しくないんでしょうかね…。でもあの人なら「やれるものならやってみなさい!」とか何とか言っちゃって逆に燃えそうな気がするわ…
他には…皇帝のガルフェルド家がきらびやかにしすぎでしょ…。なんなの豪華な金枠って…宰相、そんな所に凝ってる暇あるぐらいならちょっとは敵減らす努力しようよ…と心配になってしまう。
それにしてもこの表、宰相の人となりを知るのに役に立つし面白い。例えばレングランド家と関わりがなくても、宰相が嫌いな家の書き方は粗雑だし、すぐわかる。これからあの宰相と渡りあっていかなくちゃいけないんだから、そういう意味でもちゃんと情報収集しとかないとね。
「ほぅ…わかりやすい権力分布図だな」
色んな情報がたくさんつまった表に夢中になってしまって、また人の気配を感じとれなかった
「…あのさ、リュージュ。一応ここ女の子の部屋なわけよ。ちょっとはノックしようとかって礼儀は「30分前から5分おきにずっと叩いていたが返事が無かった」」
うん?30分前?
「なので着替えなどしてないかナサエラに確認して貰い、真剣に部屋の壁の表を見ているという事だったので邪魔しないようにさっきからそこにいたんだ。さすがに気付くと思ったんだがな…」
リュージュがそう言って指差すのはバリケードの入口。えぇ!?あそこに立ってたの?まさか…そんなのに長い時間気付かない程間抜けじゃないと思いたい
「…ちなみに何分ほど?」
「そこに立っていたのは5分程だ…」
「………」
あたしのバカっ!!おバカっ!!
まんまと宰相の策略に乗せられて何夢中になって権力分布図見ちゃってるのさ!!あぁ…せめて15分前のあたしに戻りたい。だけど、その前に…
「申し訳ありませんでした」
とりあえずベッドの上だけどリュージュに土下座しておく。
「いや、アサミズは夢中になると周りが見えないタイプだな。集中力が高い事は良い事だから気にするな」
苦笑しながらリュージュはそう言ってくれた。そしてその言葉があたしの記憶の中の言葉とリンクする。
『日和ってさ、研究室に入るとほんとに全然出て来ないし、周りも見えなくなるよね〜。話しかけても全く反応しないんだもん』
笑いながら言う大学の友達。……世界は変わっても自分自身は変わってない。
「…アサミズ?」
「え?あ…ごめん。ほんと…周りが見えなくなるのは、昔からだわ」
…言われた側から記憶に夢中になってリュージュの事を置き去りにしてるし、つまりこれに関しては直る見込みが限りなく0に近いと証明されてしまった。
「…昔から…か。それほど夢中になれる時間があるというのはアサミズは幸せだったんだな…」
今度はリュージュが遠い目をして宙を見ていた。そんな彼の言葉から、常に命を狙われるような世界で何かに集中なんてする時間なんてなかったのかも…と少しだけ読み取れる
「…うん、あたしは恵まれてて幸せだった」
「そうか…」
どうしよう…何だか知らない内に空気が重くなった。どうしてこうなった?あたしが原因なの?あ…もしかして「だった」なんて過去形使ったから?今は幸せじゃないみたいに聞こえちゃったのかも…あたしは慌てて言葉を足した。
「もちろん!今でも幸せだしっ!!この国に来て御飯も美味しいし、色んな人と巡り会って殆どがいい人だったし!!」
「ふっ、食事が一番に来る所がアサミズらしいな…」
あたしは色気より食い気ですから、お腹が美味しく膨れればそれだけで幸せなんですよ。うん、今日の晩ご飯も美味しかった。
「そういえばリュージュ、今日はもう夕食も終わってるのに…今頃どうしたの?」
あたしは今更ながらリュージュがここに来た理由を聞いてなかった事を思い出した。朝食に現れた日はそれ以降顔を見せる事が無かったから、今日も朝食に現れたのでてっきり夜は来ないのだとばっかり思ってたのに…
「ああ…さっきコレが届いたんだ」
そう言ってリュージュが上着の内側から何の変哲も無い木の枝のような物を出してくる。
「何それ…?」
「契約している精霊からの連絡だ」
「へぇ…やっぱリュージュも精霊と契約とかってしてるんだ」
確か魔術学院でも精霊の授業があるとかって宰相が言ってた気がするし、こちらの魔法使いにとっては精霊との契約も当たり前のものなのかもしれない。
「で…リュージュの精霊とあたしとどういう関係があるわけ?」
「精霊王達が…アサミズの存在、というよりは黒の加護者の存在を知って会いたいと言っているらしい…」
「はい?」
精霊王達が会いたい?何で?どうして?
「精霊達も全ては黒の支柱によって生かされている存在だ。…黒の加護者はこの世界を支える黒の支柱の加護を受ける者…」
「うん、詳しい話はいいわ…。つまり…ややこしそうな話に間違いなさそうだよね…」
「ああ」
こうなる事がわかってたからきっとコハルもあたしの存在を隠してくれたのね。
「それってあたし自身が黒の加護者だってバレてるって事?」
あたし自身が黒の加護者だとばれてしまってるのならもう対処の仕様が無いし、どうしようもない。だけどコハルが言ってたように今は黒の加護者が存在するって言う事だけがばれてるのであれば何とか誤摩化したい…せめて試験が終わるまではあんまり大事を起こしたくないっていうのが本音なのです。
「いや…私の黒の守護者としての力の発動を感じとっただけだろう。だから私宛に黒の加護者を導くように言ってきている」
「……お断りなんかしちゃっても…だ、大丈夫?」
「わかった。アサミズに会う気が無いのであればそのように伝えよう」
「すみません…。よろしくお願いします」
頭を下げて思う事。
頼らないようにしようとしても、やっぱりあたしはこの世界ではまだまだ弱くてこうやって色んな人やコハルに頼ってしまってるって事。
…うん、やっぱりあたしは幸せだ。